第63話 正義って美味しいの?
突如現れた、クマの着ぐるみに勇者達は戸惑っていた。
この着ぐるみ、今更説明するまでもないと思うが、俺が設置した例の偽四天王である。
しかしながら、着ぐるみは着ぐるみ。
怪しまれるのは必至。
でも、この世界には着ぐるみなんてものは存在していないだろうし、こんな現代キャラクター的な見た目のものは初めて見るに違い無い。
だからこそ、彼らが困惑している今がチャンス。
こちらから先に名乗って先入観を付けてしまえばいいのだ。
そうすれば、ただの着ぐるみは、その時から正式な四天王になる。
なので俺は、クマの着ぐるみことプゥルゥ・ゴーレムに自己紹介の指示を出した。
ズシン
と、クマの着ぐるみが一歩前へ進み出る。
勇者達は警戒するように後退った。
『ボクのなまえはプゥルゥ。ゲンセイマダンチョウにして、マオウしてんのうのひとりだよ。プゥさんってよんでね』
着ぐるみからプゥルゥの声が発せられる。
この声が見た目と合ってるのがなんとも。
これに対し勇者達は、
「四天王だと? こいつが?」
「なんか、かわいいかも……」
「ティアナ殿、見た目に騙されてはいけません。あれこそ憎むべき魔王のしもべ。穏やかそうな外面で油断させ、多くの人間の生き血を啜ってきたに違いありません」
という反応。
特にクルツについては過剰に敵意を露わにしている。
これは面白い。
彼のように盲信的な正義感を持っている人間に丁度良い対応策がある。
それをやってみよう。
「プゥルゥ・ゴーレム、俺が今から伝える台詞を言ってくれるかい?
『ボクはクマのゾンビ。キミタチのチとニクをたべちゃうよ』
ってな感じで」
すると側にいた本物のプゥルゥが慌てたように言ってくる。
「ちょっとまって! ボク、ゾンビじゃないよ? それじゃ、シャルみたいになっちゃう」
「いいんだよ、嘘だから」
「嘘?」
「そう言った方が都合が良いってこと。それに本物と必ず同じ設定にしなくちゃいけないって訳でもないでしょ」
「そういえば、そうだね……。じゃあシャルみたいなのでいっか」
「ちょっと、私のこと『ま、いっか』みたいな感じで言わないでよ」
シャルが不服そうにイスから立ち上がって、頬をぷくーっと膨らませた。
「まあまあ、プゥルゥも悪気があって言ってるわけじゃないんだ。とにかく今は、勇者達の様子を見て行こうよ」
するとシャルは、
「あ……うん」
と言って、膨らんだ頬を引っ込め、素直にイスに座った。
俺はその後の筋書きをプゥルゥ・ゴーレムにレクチャーすると、再びスクリーンに映し出された勇者達に目を向ける。
丁度、クマの着ぐるみが俺の伝えた台詞を口にしたところだった。
『ボクはクマのゾンビ。キミタチのチとニクをたべちゃうよ』
「!?」
勇者達は身構えた。
だが、中でもクルツだけは違った反応を示していた。
「ふふふふ……」
急にクルツはフードの下で不気味に笑い始める。
「クルツ……?」
勇者とティアナ、そして魔法騎士達はその姿を唖然とした様子で見守っていた。
「そうですか……あなたはゾンビ。アンデッドの類いでしたか」
クルツはクマの着ぐるみに対して鋭い視線を送る。
これまでの穏やかな表情は微塵も無くなっていた。
「神の加護を授かった私の前に現れたことが運の尽き。その不浄な体が一欠片も残らないよう無に帰して差し上げましょう」
クルツは十字架の据えられた杖を胸の前にかざし、呪文を唱え始める。
彼がマウントを取りにくるのは当然の流れだ。
そして今、長い呪文が終わる。
「……不浄なる者を貫け!
杖の先から目映い光の矢が放たれる。
その矢は、クマの着ぐるみを四方八方から串刺しにした。
が、実際には何も起きなかった。
着ぐるみの大きな腹の上で、光が燃えカスのようにジュッと音を立てて消える。
対アンデッド系の魔法がゴーレムに効かないのは当然のこと。
「え……」
クルツは瞠目していたが、ここからが本番だ。
僅かな間の後――、
『ぐわぁぁぁぁっ!』
クマの着ぐるみが突然、頭を抱えて苦しみだしたのだ。
「!?」
これには魔法を放った本人も驚いた様子だったが、すぐに効果があったのだと勘違いし始めた。
「ふ……ふははははっ! どうです? 苦しいでしょう? あなたのような魔物は生きているだけで罪なのです。苦しさは、その罪の重さと知りなさい!」
調子に乗って罵詈雑言を吐いてるけど、それはここまで。
さあ、今度は己の罪の深さに溺れ死ぬがいい。
先程レクチャーした通り、プゥルゥ・ゴーレムが演技を開始する。
『うぅぅ……ひどい……ひどいよ! ボクはニンゲンなのに……!』
「えっ……」
狂気に染まっていたクルツの表情が一瞬で真顔に戻る。
『このすがたは……シリョウに……とりつかれていただけ……。ほんとうはニンゲンなのに……ひどい。たすけて……くるしいよ……たすけて……』
クマの着ぐるみはその場にうずくまりながら、身を震わせる。
体は大きいが、声があれなので少年が泣いているようにも聞こえる。
「そ、そんな……私は……なんてことを…………う、うわあああぁっ!!」
クルツは自分がしでかしたことを受け入れられず、頭を抱えてその場にしゃがみ込んでしまった。
魔物を悪とし、その悪に対して盲進的であるが故に、自らが不意にそちらの側に立たされると、途端に精神を掻き乱す。
非常に薄っぺらい信念である。
でも、俺にとっては非常に扱い易くて助かった。
これで一人、脱落したに等しい。
「私は……私は……」
虚空を見詰め呟くクルツには、もう誰の声も聞こえていないようだ。
現にアレクが、
「おい、何やってんだ! 騙されるな! 演技の可能性だってあるだろ!」
そんなふうに叫んでも全く耳に入っていない様子。
だからアレクは諦めたように舌打ちした。
「それじゃ、この辺で仕上げといきますか」
仕上げとは何か?
それは彼に、やられたフリをしてもらうことだ。
最終的には偽魔王を倒して満足して帰ってもらう。
そのやられ役の一人目なわけだ。
「そろそろ、もういいよ」
俺はプゥルゥ・ゴーレムにそう伝えた。
するとクマの着ぐるみは、ムクッと身を起こし、大きく体を震わせる。
そして――、
『ばーんっ』
そんな気の抜けた声と共に体が破裂した。
中身のゴーレムが小石となって弾け飛んだのだ。
以前、プゥルゥの分裂の物真似をしていたことがあったが、それをちょっと派手にしたバージョンって感じ。
これで魔法を食らって普通にやられた感は出たかな?
と思っていたのだが……。
「そ、そんな……」
「え、え……」
どういう訳だかアレクとティアナが、辺りを見回しながら呆然としていた。
「?」
不審に思った俺はカメラを切り替えて、周辺の様子を探る。
するとすぐに事態が露わになった。
魔法騎士隊が全滅していたのだ。
身に付けていた鎧の凹みや、致命傷になった傷の様子から、どうやら弾け飛んだゴーレムの破片が散弾銃の弾のようになって彼らを襲ったっぽい。
当然、呆然自失としていて無防備だったクルツも同様にやられていた。
その中でもアレクとティアナが生き残っていたのは、反射的に魔法と聖剣で盾を作っていたからだ。
「えー……」
予想だにしてなかった結果に俺は開いた口が塞がらなかった。
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