第62話 ワナワナパニック


 死霊の森、その南側に大きく口を開けた森の道。



 勇者達は、その道の入り口で立ち止まっていた。



 俺は付近の木に設置したメダマンを使って彼らの様子を観察する。

 ほどなくして、彼らの遣り取りが聞こえてきた。



「なにこれ? 森の奥まで繋がってるみたいだけど……」



 ティアナは、遙か彼方まで真っ直ぐに伸びる道を見ながら呟いた。

 するとクルツは、怪訝な表情で道の先にある魔王城の影を見詰める。



「勇者殿……これは」

「通って下さいと言わんばかりの開けた道……罠だろうな。非常に分かり易くて助かるが、逆に言えば挑戦とも取れる」



 勇者アレクは道だけではなく、両端の森や周囲にも注意を払いながら答える。

 これに対しクルツは、



「もしや、あのゴーレムは私達をここに誘い込む為の……?」

「追ってこないところをみると、その可能性が高いな」



 二人は顔を見合わせる。



「しかもこれ、何か強い力で抉ったみたいな……。それも極最近出来た道のようにも見えるわよ」



 薙ぎ倒された木々と荒れた地面を見比べながらティアナが言った。



 あの魔法使いウィザード、言動が軽い割りに、意外と細かい所まで見てるよなー。

 その辺のところは頭に入れておいた方がいいだろう。



「で、どうすんのよ」



 ティアナがアレクに尋ねた。

 魔法騎士達も判断を待っているようだ。



「ここを行くしかないだろうな。森の中を通ったところで何が潜んでいるか分からない。罠だとしても視界が良好な方が対処し易いだろう」



「私もその案に賛成です」

「やっぱ、そうなるわよね」



 彼らが同意を示したところで、映像を見ていた俺はニヤリと笑った。



 よし、予想通りの思考をしてくれたようだ。

 その調子で、どんどん進んで行って欲しい。



「では何人か、前方の警戒を頼む」



 アレクが魔法騎士隊に告げると、二名の兵士が彼らの前に就く。



 なんとなくさらりと依頼したような感じだが、先陣を切る役割を彼らに任せたのだ。



 要は何かあった時の人柱だ。



 あの勇者、爽やかな顔をしていて結構酷いぞ?



 そんな訳で勇者達は前進を開始した。



 彼らの歩調に合わせて、付近に無数に設置してあるメダマンのカメラに随時切り替え、常に見やすい角度で視聴する。



 勇者達が森の道を歩き出してすぐのことだった。



「ん……」



 先を行っていた魔法騎士の一人が、はたと足を止めた。

 足元の地面が崩れ、深い穴が現れたのだ。



「落とし穴か……姑息な罠だ」



 古典的な罠に対して鼻で笑うと、その穴を避けるようにして進む。

 と――、



「なっ!?」



 避けたそこにも落とし穴があって足を取られた。

 だが、それも、



「こんなことでっ!」



 寸前の所で落下を免れ、斜め前へ飛ぶ。

 しかし、そこにも落とし穴があることは、さすがの彼も予測出来なかった。



「へっ……? う、うあっ…………ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」



 落下した彼は穴の底に仕掛けられていたトゲ罠に刺さり、絶命していた。



 先行していた、もう一人の魔法騎士は青ざめた顔で立ち竦み、勇者達はその様子を呆然と見詰めていた。



「落ちたね……」

「落ちましたね」



 映像を見ていた俺とアイルはそんな会話を交わした。



 落ちた彼には何の恨みもないけど仕方が無い。

 彼らは俺を殺しに来ているのだから。



「それにしても見事に嵌まりましたね。ぐふ……ぐふふ……」



 アイルは嬉しそうに含み笑っていた。

 彼女のサディスティックな部分を刺激してしまったようだ。



 勇者達はというと、最初こそ棒立ちだったが、すぐに我に返ったようで対応策を模索し始めていた。



「こんなんじゃ迂闊に進めないわよ?」

「分かってる。こんな古典的な罠、罠ごと一掃すればいいだけのこと」



 アレクはそういうと、聖剣を抜き、腰の横で構え、力を溜める。



 刀身に光が宿った瞬間、



 シュバッ



 横一閃、薙いだ。



 それだけで辺り一帯の地表が砂を払うように吹き飛び、落とし穴の場所が露わになる。



「おお、さすがは勇者殿。これで安心して歩けます」



 クルツが感心していると、ティアナが何か思い当たったようだった。



「まさか、ちょっと進む度にこれをやっていくの?」

「罠に掛かりたくないのなら、そうするより他は無いだろ? それともお前が代わりに魔法で吹き飛ばしてくれるのか?」



「嫌よ、そんなことで魔力を消費したくないわ」



 そんなことを言う彼女にアレクは呆れたような顔をしていた。



「マオウさま、なんかバレちゃったみたいだけど、ダイジョウブなの?」



 プゥルゥが俺の側までやってきて心配したように言ってくる。



「まあ、あれは足止め程度だから想定内だよ。それより、そろそろアレが出番だと思うよ」

「え?」



 きょとんとする彼女と一緒にスクリーンに目を向ける。



 すると画面内の勇者達は驚愕の表情で立ち尽くしていた。



「な……なんだあれは……」



 アレクは目が点になりながら呟いた。



 ティアナとクルツ、そして魔法騎士達は言葉も出ない様子。



 茶色くてふわふわの毛。

 もっさりとした手足。

 体と不釣り合いな大きな頭と、

 そこにある円らな瞳。



 そんな彼らの前に立ちはだかったのは、



 一体のクマの着ぐるみだった。


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