第50話 ボーン


 イリスが取ってくれたマグマシェル。



 それを美味しく食べた残りの貝殻が、まさしく求めていたシェルビーズだった。



「なるほど、これがねー……」



 俺は小っちゃな貝殻を空にかざして見る。



 一度、アイテムボックスに入れたことで煤や焦げまで取れたのか、表面が綺麗に磨かれ虹色に輝いていた。



 こいつを繋ぎ合わせたものが踊り子服になるって訳か……。



 でも、レシピだとこのシェルビーズが百個必要ってなってたぞ?



 確かにこの小ささだと、服にするには相当な数が必要なのは分かるけど……。

 あと九十九個……見つかるだろうか?



 火山の火口を見る限り、マグマシェルの姿は見当たらない。

 居たとしても探すのは困難なくらい小さい。

 この一個だって、なかなか目に付かなかったのだから。



 そんな環境でそれだけの数を集めるとなると……結構大変そうだ。



「イリス、どうやらこれが俺の探していたシェルビーズらしいんだ」

「わわ……それは良かった……」



 イリスは淡いながらも心底嬉しそうに笑った。



「それで、せっかく取ってもらってなんなんだけど……もっとたくさん必要なんだ」

「え……」



 さっきまでの笑顔が固まる。



 そうなる気持ちも分かる。

 それに彼女、熱いの苦手だし。



 まあ、地味に探して行くしかないか。



 そんなふうに思っていた所だった。



 山頂に突然、突風が吹く。

 と、同時に巨大な影が舞い降りた。



 それは赤い鱗を持つ邪炎竜――イフドラだ。



 しかも、今回は彼の後ろにもう一匹、ドラゴンがいた。

 イフドラよりはやや小さい体だが、同じように赤い鱗を持っている。



 姿形はイフドラとそっくりだが、丸くて金色の瞳に、やや穏やかさを感じる。

 奥さんだろうか?



「おや? 魔王様、そして姐さんじゃないですか。またこんな殺風景な場所に何か用ですかい?」



 イフドラは以前と変わらず、気っ風の良いしゃべり方で問いかけてきた。



「イフドラこそ大丈夫なの? 子供が生まれるって聞いたけど」



 すると彼は、ハッとなる。



「おっと、申し訳無い。紹介するのを忘れてやしたね。こっちはあっしの嫁でメルドラと申しやす」



 言うと、彼の後ろにいたメルドラがその長い首を下げた。



「それで赤ん坊ですが、お陰様で無事産まれやした」



「おお、それは良かった」



「ありがとうございやす。あっしがいない間、周囲の警戒が不十分になってしまったようで、魔王様にはご迷惑をお掛けしやした」



「いや、大丈夫さ。赤ちゃんも大切だからね」

「魔王様……そう言ってもらえると……あっしは……」



 イフドラは大きな瞳に涙を浮かべ、ウルウルとさせ始める。



 しゃべり方同様、人情に弱い性格!?



「それで今、赤ちゃんは?」



 それが気になる所。

 二人がここに居ては、赤ん坊が一人になっちゃうのでは?



 そんな心配をしていると、



「赤ん坊はここにいやす」

「え?」



 イフドラが言うと、彼の背中から小さなドラゴンがひょこっと顔を出した。



 あ、かわいい。



 瞬間的にそう思った。

 人間の背の高さとそう変わらないけれど、しっかりとドラゴンの形をしている。



 産まれてすぐに、もうここまで歩けるんだな……。

 人間の赤ちゃんとは大違いだ。



 赤ん坊ドラゴンは俺達の姿を目にすると、



「きゃうぅ」



 と可愛らしい声で鳴いた。



「この子は名前なんていうの?」

「いえ、まだ決まっておりやせん。あ、そうだ! よかったら、魔王様が名付け親になってもらえやしやせんか?」



「えっ、俺!?」



 思ってもみなかった提案をされて戸惑った。



「そんな大事な役目、俺がやってもいいの?」

「何言ってるんですかい、魔王様に名付けてもらえること以上に光栄なことはありやせんぜ?」



「そ、そう? じゃあ……」



 俺は改めて赤ん坊に目を向ける。



 やっぱ名前の下は~ドラで揃えなきゃいけないのかな?

 でも、いいのが思い付かないし……。



 その両親譲りの滾るマグマのような赤い鱗を見ていると、ある単語が思い付いた。



「ビート……っていうのどうかな?」



「ビート! いい名でございやすね。おい、お前の名は今日からビートだ。よかったな」



 イフドラは大喜び。

 ビートもメルドラと睦み合いながら喜んでいた。



 ちなみにビートはオスらしい。

 性別のこと全然気にしないで決めちゃったけど、結果喜んでもらえてるので良しとしよう。



「それで、だいぶ話がそれてしまいやしたが、魔王様達は何か用事があってここへ来なすったのでは?」



「ああ、これを探しにきたんだ」



 俺は持っていたマグマシェルの貝殻をイフドラに見せた。



「ほう、マグマシェルでやすね」

「これをたくさん欲しいんだけど、なかなか見つからなくてね」



「なんだ、そんなことですかい。それでしたら私共にお任せ下せえ。それはもっとマグマに近い場所に多く生息してやす。行って取って参りやすので、お待ちになって下せえ」



 そうなんだ。それはありがたい。



「お前ら、行くぞ」

「きゃうぅ」



 イフドラの掛け声で、一家総出で火口に潜って行く。



 ――数分後。



「こんなもんで足りやすかい?」



 ドチャ



 俺達の目の前に山のようなマグマシェルが積まれていた。



「えー……」



 百どころか万はありそうだぞ……。

 たくさんとは言ったけど多すぎ!



 そのあと皆で、腹が破裂しそうになるまでマグマシェルを食べたのは言うまでも無い。



 もっと食べたいと思った願望が一瞬で叶った訳だが……。



 イフドラ達に手伝ってもらわなければ、恐らく食べ過ぎで死んでた。


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