第49話 炎のエスカルゴ


 魔王城の北側にそびえる火山。



 その山頂に俺とイリスはやって来ていた。



 ここに来るのは二度目。

 魔紅石を取りに来て以来だ。



 今回の俺達の目的はマグマシェルという貝。

 それがゴーレムに着せる服の素材と関係があるのかどうか? ということを確かめに来たのだ。



 さて、さっそくそのマグマシェルとやらを探したい所だが……。



「あわわわ……」



 さっきから火口を覗き込んでいたイリスが、ガクブルと震えていた。



 そういや彼女、熱いのが苦手だったな……。



 俺は熱風に顔を背けながらイリスの側に近付く。



「もしかして、マグマシェルというのはそこに?」

「そう……」



 彼女が言うにはマグマシェルというのは、その名の通り、マグマの中に生息している貝なんだとか。



 よくそんな所で生きてられるなあとは思うが、この世界にはそういう生き物が普通にいるらしい。

 硬い貝殻で熱から身を守るどころか、貝自体が燃えているらしいので前世の常識など通用はしない。



「でも……見当たらない」



 火口の縁でイリスが悲しそうに肩を落とす。



「よく火口の縁に張り付いてるんだけど……」



 まるでタニシみたいだな……。



 そんなことを思っていると、



「あ……いた!」

「ど、どこ?」

「あそこ……」

「んん??」



 彼女が火口の縁を指差すが、何も見つからない。

 あるのは線香の火よりも小さな火がチラチラと瞬いているくらい。



「って……もしかして、あの小っちゃいのがそうなのか?」

「うん……」



 彼女がそう言うのだから、そうなのだろう。



 それは火口から飛んでくる火の粉と見間違えてしまうほどの小ささだった。



「取ってみる……」

「え……大丈夫なのか?」



 言うや否や、イリスは体を地面につけると、マグマシェルに向かって手を伸ばす。

 なんとか届きそうな距離ではある。



 彼女は思い切って体を乗り出すと、



「んっ……取った」



 結構あっさり捕まえることが出来た。



「はい……これ」



 イリスは手の平の上に乗ったそれを俺に見せてくれた。



 マグマシェルは、まるで小さめのカタツムリのような見た目だった。

 カタツムリとの違いは、その貝殻がオレンジ色に燃えていたことだ。



 今も煌々と線香のような小さな火を灯している。



 それを眺めていると、ふと何かを感じて、その明かりからイリスの顔に視線を移した。

 すると、



「うう……」



 彼女は涙目だった。

 どうやら熱いらしい。



「って、早く地面に置いて!」



 それで彼女はようやくマグマシェルを手放した。



 フーフーと手の平に向かって息を吹いているけど、竜の皮膚じゃなかったらとっくに大火傷だよ?



 俺は改めて地面でのそのそと動くマグマシェルに目を向ける。



「これが……美味しいの?」

「うん……とても」



 俄に信じがたいが、前世にもエスカルゴとかあるから、似た雰囲気ではあるけれど……。



「だとして、どうやって調理を? 茹でたりするわけ?」

「ううん、それは無理……。お湯に入れた途端、お湯の方が先に蒸発してなくなっちゃうから……」



「……」



 この貝は小さくても、それだけ高熱ってことか。



「じゃあ一体どうやって?」

「その熱以上の熱で焼く……」



「以上って……」



 不安が頭を過ぎった直後だった。



 ブワッ



 目の前の地面から真っ赤な火柱が上がる。



 見ればイリスが地面に向けて手をかざしていた。

 彼女が魔力で現出させたのだ。



 だが、その火柱は一瞬で消える。

 そのあとに残されたのは、消し炭のようになったマグマシェル。



 ほんとに、これで食えるのか……?



 心配になる焦げっぷりである。

 だが、さっきまで煌々と光っていたオレンジ色の光はそこには無く、高熱を発さなくなったようだった。



「魔王様……どうぞ」



 彼女はそいつを拾って俺に手渡してくれる。



 受け取る時、ちょっと戸惑ったが確かに熱くない。

 ほんのり温かいくらいだ。



 しかし、見た目はあんまり宜しくない。

 焦げの塊というか……食べたら体に悪そうな感じがする。



 でも、イリスがせっかく取ってくれたものだし、断るのもどうかと思う。

 それに、この小ささなら、まあなんとか……という感じだ。



 食べ方としては、貝殻から身と思しきものをチュチューと直接口で吸い上げて食べるらしい。



 なので、教わったとおりにしてみた。



 チュチュー……。



「なにこれ!? うまい!」


 途端にイリスの顔が綻ぶ。



 例えるなら干した海産物のように旨味が凝縮した味がする。



 惜しむべきはその小ささ。

 もっと食べたい!



 こんな米粒みたいな小ささでは満足できるはずもなく……俺は手に残った貝殻を物欲しそうに見詰めていた。



 ん……そういえば、これも素材になったりするのかな?

 バナーネの皮の例もあるし、ちょっと試してみるか。



 そう思って早速、強欲の牙グリーディファングで取り込む。




[シェルビーズ]

 マグマシェルから身を取った残りの貝殻。

 ビーズのように小さく、磨くと七色の輝きを放つことから手芸や装飾品などの素材として広く使われる。手芸屋さんで良く見るやつ。




「な……」



 まさかの……これがシェルビーズだった!



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