第42話 珍獣


「な、なんだ? この生き物は……」



 唐突に俺の前に飛び出してきた不思議な動物。



 中型犬くらいの大きさで、見た目は狐と猫を足して割ったような姿をしている。

 手足は元より体も細く、脆弱な感じがするが、顔立ちは凛としており、特に子供という訳でもなさそう。



 尻尾は太くてふさふさ。体長と同程度の長さがある。

 毛色は何色と言っていいのか分からない色合いで、日の光を浴びると虹色に輝いていた。



 そして一番の特徴は、額に赤い宝石のようなものが埋め込まれていること。

 それは後から貼り付けたという訳ではなく、そこから生えているというか、そういう生き物のようだ。



 まあ、とにもかくにも俺が言いたいことは、その動物が、



 とても可愛い! ということだった。



「やっべー……もふもふじゃん」



 触りたい!

 撫でたい!

 モフモフしたいっ!



 そんな欲求を掻き立てる罪な容姿。



 向こうは俺のそうした気持ちなど露知らずといった感じで、警戒する様子も無く、黒くて丸い目でこちらを見ている。



 あーっ、とにかくモフモフしたい!



 ちょっと触るくらいなら大丈夫だろうか?

 いや、駄目駄目。

 この森に棲んでいる野生動物だろうから、変な病原体とか持ってたら大変だし。



 それにしても、どうしてこのタイミングで俺の前に出て来たんだろう?

 全くこっちを警戒している様子が見えないが……。



 そうだ、プゥルゥなら何か知ってるかもしれない。



 側にいた彼女に聞いてみることにした。



「ねえ、これって……」



 そんなふうに尋ねながらプゥルゥの方へ振り向いた時だった。



 普段の彼女はぷるぷると柔らかそうな体をしているのに、そこにいた彼女は緊張でカチコチに固まっていた。



 その理由は彼女の視線の先にある。



 プゥルゥは俺の背後に視線を向けながら叫んだ。



「マオウさま!」

「え?」



 反射的に振り返ると、いつの間にか眼前に酷く凶悪な面立ちの獣が立ちはだかっていたのだ。



 その体長は優に三メートルを超え、鋭い牙を剥き出しにしている。

 しかもその凶悪そうな獣の額には見覚えのある赤色の宝石が。



 あれ? もしかして、さっきの可愛らしい獣が一瞬にしてこんな酷い姿に??



 その出来事をはっきりと確かめる猶予は無かった。

 涎の滴る牙が、俺の頭を食い千切ろうと覆い被さる。



「アブない!」



 そんなプゥルゥの声が聞こえた瞬間、俺の体は彼女の体当たりによって突き飛ばされていた。



「っ……!?」



 突き飛ばされる中、視界に入ってきたのは、俺の代わりに体を噛み千切られるプゥルゥの姿だった。



「え……」



 無残に飛び散る透明な液体。



 一瞬、目の前で何が起きているのか理解出来なかった。

 というよりも、理解したくなかったのかもしれない。



 状況を認識した途端――、



 俺の中に今まで意識したことも無い、熱く滾るものを感じた。



「おまえ……!」



 両足で地面をしっかりと掴み、醜悪な獣を睨み上げる。



 そこからは自然と手が動いていた。



 俺の右手から白骨を剥き出しにした大顎が現れる。

 それは強欲の牙グリーディファングよりも数倍大きいもの。



 これまで使ってこなかった、もう一つの特殊スキル――飢狼罰殺牙グラトニーハウンド



「食らえ」



 全てを喰らい尽くす、飢えた牙が醜悪な獣を一飲みにする。



「グゴ……」



 それで獣は断末魔の声すら上げることなく、目の前から完全に消失していた。



 再び森の道に穏やかさが戻る。



 だが、そこにはさっきまで一緒にいたプゥルゥの姿は無――、



「いやービックリしたねー、マオウさま」

「へ??」



 聞き覚えのある声がしてその方向へ振り向くと、今までとなんら変わりないプゥルゥが元気そうに跳ねていた。



「え……あ、あれ? プゥルゥ……お前……さっき、あの獣に食われたんじゃ……」



「うん、たしかにガブリとやられちゃったよ。でも、ボクこんなカラダだから、とびちったハヘンさえあれば、いくらでもサイセイできるよ」



「あー……そうなんだ……」



 なんだか気が抜けてしまった。



 生きてたのだから喜ぶべきことなんだけど、さっきまでの俺の気持ちはなんだったんだ……と考えると、どうしてもそんな感じになってしまう。



 まあ、それはともかくとして、



「さっきはありがとう」

「え?」

「俺のことを身を張って助けてくれただろ? プゥルゥが体当たりしてくれなかったら俺がガブリとやられてた」



「べつにおれいをいわれるようなことじゃないよ。マオウさまにつかえるモノとしてアタリマエのことをしただけだし。それよりマオウさまに、おもいきりブツかっちゃったけど、ダイジョウブ?」



「そのことなら全然、問題無い。それに、もし大丈夫じゃなかったとしても、プゥルゥの方がずっと大変なことしてる訳だし」



「マオウさまは、やさしいなー……」



 プゥルゥは何かに陶酔するようにゆっくりと体を傾ける。



 と、そこで彼女は何かを思い立ったようだ。



「そうだ、ボクからもおれいをいわないと」

「ん?」



「その……さっきはボクのために……たたかってくれてありがとう。うれしかったよ……」



 彼女は照れ臭そうに透明の体をくねらせる。



 そんなプゥルゥの頭上からは、★が飛び出していた。


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