第35話 勇者


 森へ素材採取に行かせていたゴーレム達の身に異変が起きた。

 それに対し俺は一匹の目玉コウモリ、通称メダマンを向かわせていた。



「そろそろ到着した頃かな?」



 俺は現場より遠く離れた場所でコンソールを開き、メダマンから送られてくる映像を追っていた。



 だが、さっきからウィンドウ上には雑草しか映ってない。

 目玉コウモリは滅多なことでは飛ばないらしが……、



 こんな時も飛ばないのかよ!

 何の為の羽なのか……。



 しかしながら、その割りに結構足が速いので、すぐに現場へ到着した。

 これでちゃんと仕事は出来るんだから文句は言えない。



 近くの木の幹に登ったと思われるメダマンは、死霊の森の外に広がる草原の映像を送ってくる。



 そこには一人の青年の後ろ姿が映っていた。

 一揃えの白銀の装備を身に付けた彼が、もの凄い速さで地平線の彼方へ走り去って行くのが見える。



「ん? 誰だ、あれ」



 画面に映る見知らぬ青年の姿を不審に思っていると、俺の背後から突如声が上がる。



「勇者だよ?」



 そう言ってきたのは、さっきまで一緒に食材探しをしていたシャルだ。

 彼女は俺の肩越しに、メダマンから送られてくる映像を覗き見ていた。



「これってどういう仕組みなの? 魔法? 不思議ーっ」



 そういえば目玉コウモリからの映像は、配下の者なら閲覧出来るんだったな。

 こういったものを見るのは初めてなのだろう。シャルは興味津々といった様子だ。



「って……今、勇者って言った!?」

「うん、言ったけど?」



 彼女は当たり前というような顔をしていた。



「本当に……?」

「多分……というか、聖剣と装備の感じから見て、ほぼ確実に勇者だと思う」



「えぇ……」



 不意を突いた勇者の登場に吐息のような声が漏れる。



 というか、勇者がやって来るには最短で一ヶ月はかかるって話だったと思うけどな……。

 まだそんなには経ってないぞ? どういう事?



 考えられる理由は、あの映像に映っていた勇者の足の速さだ。

 俺が映像を目にした時、勇者が人間の身体能力とは思えないスピードで地平線の彼方へと消えて行く姿が映っていた。



 あの速さなら、かなり遠い場所でも短い時間で走破することは可能だろう。

 問題はそれが勇者の能力として普通なのかどうかってこと。



 過去の勇者には無い能力なら、この早い登場はイレギュラーってことになる。



「ねえ、勇者ってあんな感じで足が速いものなの?」



 シャルに尋ねてみた。



「そんなことないよ。多分、瞬足のスキル持ちなんだと思う」



 そうだよね、うん。

 それで勇者が予定より早く現れた理由は納得出来た。



 しかし、今のシャルの発言で気になる所がある。

 彼女は〝あの勇者は〟という言い方をした。



 それは過去の勇者と比較したような言い方とはちょっと違った。

 どちらかというと――、



 まるで、他にも勇者がいるような言い方だ。



「あの勇者は……ってことは、もしかして他にも勇者がいるの?」

「うん、いるよ。たくさん」



「たくさん……?」



 俺の頭の中はすっかりゲームが基準になってたから、てっきり勇者は一人だけだと思い込んでた。



「たくさんって……どれくらい?」

「うーん、国ごとに勇者がいるんだけど、一つの国に一人の勇者って訳じゃないから、はっきりとした数は言えないかな。でも数百はくだらないと思うよ」



「……」



 予想以上の多さだった!



 でもそうなってくると、今までのものに加えて、複数の勇者に対応出来る対策を施していかないといけないな。



 それにしても、映像に映っていた勇者はどうして走り去ったんだ?

 攻め込んで来るどころか、まるで逃げているようにしか見えない。



 そもそも俺は、ゴーレムが戦闘中であるとのステータス表示を受けてメダマンを送ったのだ。

 現に今も画面の端にゴーレム達が映っているのが見える。



 ということは普通に考えたら、勇者と戦闘を行ったとするのが妥当だろう。

 その末に勇者は敗走……。



 いや、でもゴーレムだよ? 土と岩でしか出来ていないゴーレム。

 とても勇者を退散させる力なんてあるとは思えないんだけど。



「それにしても魔王様のゴーレムはすごいね。勇者が慌てて逃げていったよ」



 シャルは嬉しそうに言った。

 やっぱり彼女から見ても、そういう顛末に映るらしい。



 そういえばキャスパーは、俺の作るゴーレムは普通のゴーレムとはどこか違うと言ってたけど……実際の所どうなんだろ?



 ゴーレムには作業的なものしかやらせていないから、純粋な戦闘力みたいなものは測ったことなかったしな。



 真実、どれくらい強いのか?

 あとで確かめてみる必要がありそうだな。



 ともかく、さっきの勇者が逃げ去ったままそれまでってことはないだろう。

 対策を練って近いうちにまた現れると思う。



 その件も含めて今後のことを考えないと。



「シャル」

「なあに? 魔王様」



 シャルは未だカメラ映像に興味津々。

 楽しそうに見詰めている。



 そんな彼女に俺は告げた。



「みんなを集めてくれないか。緊急会議をする」


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