第34話 侵入者


CAUTION!警戒




 そんな赤文字がコンソール上に表示され、警告音が鳴り続けている。



「なんだ??」



 どうやら原因は所有魔物リストっぽい。

 丁度開いていたリストの中で、とあるゴーレムの名前が赤く点滅していることに気が付く。



 これは森の中に先行させて素材採取を命じていたオスカーリーダーの部隊だな。

 しかもリスト横にある、状態を示すステータス表示は、



【戦闘中】



 と表示されていた。



 戦闘だって?

 一体、何と戦ってるんだ……??



 正体が分からない以上、やっぱり確認しない訳にはいかないよな……。

 でも、用心に越したことは無い。



 俺はすぐに思い当たる。



 目玉コウモリに先行させよう。




          ◇




〈視点変更〉



 死霊の森の西。

 その外縁に一人の青年が佇んでいた。



 彼の名はアレクシス・ファーレンハイト。



 人は彼のことを疾風のアレクと呼ぶ。

 そして、彼にはもう一つの名があった。



 魔王を滅する力を持った選ばれし者。



 その名を〝勇者〟という。



 ここより西方にあるリゼル王国。

 その国王、バルトロメウス四世の命により、魔王討伐にやってきたのだ。



「瞬足スキルのお陰で予定より大分早く辿り着けたな」



 彼は鮮やかな金髪を掻き上げると、フゥーと一息吐く。



 整った甘いマスク。

 細いながらも引き締まった肉体。

 一揃えの白銀の装備は、いかにも勇者らしい出で立ちだ。



 彼は目の前に広がる死霊の森に目を向ける。



「これが魔王城の周囲を取り巻いているという死霊の森か。なるほど、酷い瘴気だ……」



 顔を顰めながらマントで口元を覆う。



「かなり深い森のようだが……この疾風のあざなを持つ俺の足ならば踏破も容易いだろう。さっさと終わらせようじゃないか」



 自信に満ちた足取りで、森の中へと足を踏み入れようとした時だ。



「グォォ……」

「ん? 何の声だ?」



 地を震わせるような低い声に気付いて森の奥に目を向ける。

 するとそこには、数十体にも及ぶゴーレムが森の中を徘徊している姿が窺えた。



「なんだ、ただのゴーレムか」



 こんな場所にいるゴーレムなのだから、恐らく主人は魔王だろう。

 しかし、これが魔王城を守る為の兵のつもりだとしたら、魔王の力もたかが知れている。



 数だけは多いが、所詮はただの泥人形。

 勇者の前では壁の代わりにもならない。



 そんな弱い魔物を森の外周の警備に就かせているくらいなのだから、魔王の強さもおおよそ見当が付く。



 だが、それにしても何だか様子が変だ。



 アレクはゴーレム達が手にしている物に注目する。



 あるゴーレムの手にはリゴルの実やジルジルの実のような果物。

 別のゴーレムに手は引っこ抜いた木や、野草。

 他にもキノコや芋を持ったゴーレムもいる。



「こいつらキャンプでもする気か?」



 冗談はさておき、気になるのはゴーレム達が手にしていた物の行方。

 彼らが森の中からそれらの物を採取する度に、その物自体がゴーレムの手から霧のようにフッとどこかへ消えて無くなるのだ。



 まるで手品を見ているようだった。



「ゴーレムが手品をするなんて聞いたことないぞ。まあ、今はそんなことはいい。こんな所で時間を潰している場合じゃないしな」



 魔王はまだ勇者が来るとは思っていないはず。

 不意を突くには絶好のチャンスなのだ。

 泥人形がやることを、いちいち気に留めている場合ではない。



「悪いが通らせてもらう」



 アレクは腰にある聖剣を抜いた。

 神々しい退魔の光が刀身に宿る。



 これに対し、ゴーレム達は一斉に反応を示し、アレクに注目する。



「全部を相手にしている暇は無いんでな」



 ゴーレム達が動き出す前に、アレクは疾風の速さで巨体の合間を駆け抜けた。

 その際に進路上にいた一体のゴーレムの腹を聖剣で斬り付ける。



 それで泥人形は、ただの泥に戻る――――はずだった。



 そうならなかったのは、ガキンッという音と共に聖剣が弾かれたからだ。



「!?」



 アレクは弾かれた反動で元の位置に戻される。



「な……なんだ?? ゴーレムごときに聖剣が弾かれただと!?」



 ゴーレムとは思えない硬さ。

 いや、硬さだけの問題ではない。

 魔を浄化出来るはずの聖剣が微塵も通らないことに戸惑いを覚えたのだ。



 アレクが困惑していると、一体のゴーレムが彼の前へと進み出て来た。



 それは数十体いるゴーレムの中で一体だけ形の違う個体。

 腕や肩などに金色の装具が嵌まっている。



 そのゴーレムが低い声で告げる。



「テキタイ ヲ カクニン。ジリツプログラム シドウ」



「しゃ……しゃべった!?」



 アレクは言葉の内容よりもまず、ゴーレムがしゃべった事に驚いた。

 泥人形がしゃべるなど聞いたことが無いからだ。



 彼が戸惑う中、ゴーレムは続ける。



「オスカーリーダーヨリ、カッコヘ。コレヨリ、シンニュウシャ ヲ センメツスル」



 すると周囲にいた他のゴーレム達が一斉に「リョウカイ」と呼応する。



「っ!?」



 アレクは咄嗟に身の危険を察知した。

 後ろに飛び退き、構えを取り直す。

 それだけで冷静さを取り戻せた。



「チッ……まさかゴーレム相手に俺の秘技を見せることになろうとはな。ただ、これを受けて立っていた者などいない。あの天災級と言われるウォータイガーを一撃で打ち倒した技だからな」



 アレクは聖剣を正面に構える。

 すると刀身に光が宿り、退魔の力が蓄えられて行くのが分かる。



「これで塵になるがいい」



 彼は剣を薙いだ。



「くらえ! 天翔光波斬リトリビューションブレイク!」



 光の刃が木々を薙ぎ倒し、正面のゴーレムに向かって飛ぶ。

 それがゴーレムの巨体に当たると――、



 カンッ



 という軽い音がして弾け飛んだ。



「へ……?」



 アレクは何が起きたのかしばらく受け入れられずにいた。

 よもや自身の最強の技が、いとも簡単に弾かれるとは思いもしなかったからだ。



「お、おい……嘘だろ……。これが効かないってことは……このゴーレムは天災級以上の強さってことになるぞ……そんな馬鹿な。ゴーレムだぞ?」



 未だに信じられないといった様子で呆然としている。

 そうしている間にも数十体のゴーレムがアレクに向かって一歩一歩足を進め始めていた。



「ひっ……!?」



 彼は勇者に選ばれてから初めて恐怖というものを感じていた。

 思わず本能的に後退る。



 天災級以上のゴーレムが一体どころか数十体、自分に向かって迫ってきているのだ。そんなもの相手に、たった一人で立ち向かえるはずもない。



 そう思ったら――、



「じょ……冗談じゃない……こ、こんなの絶対無理っ!!」



 アレクはそう吐き捨てると、疾風の如き速さで遁走した。



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