第19話 火山へ行こう
俺とイリスの二人は火山へ向かう為、城の裏手に来ていた。
頂上までは彼女の翼で数分もあれば到着出来るという。
見上げると首が痛くなりそうなあの高さを数分だなんて、結構な速さだ。
そして、それに同行する俺は彼女に――抱っこされなければならないらしいのだが……。
「はい……魔王様」
イリスはそう言って両手を広げ、迎え入れる姿勢を取る。
「うん、じゃあよろしく……って訳にもいかないだろうよ!」
「え……?」
いくらドラゴンでも、見た目はうら若き少女だ。
それを正面から抱き付くには少々……いや、かなり抵抗がある。
「その……なんだ……さすがに面と向かって抱っこされるのは、どうにも……」
「私は大丈夫」
「いや、イリスが良くても俺がね?」
「そ、それって……くっつきたくないほど……私、嫌われてる……?」
彼女は涙目になりながら不安そうに言ってくる。
「いや、そういう意味じゃなくて! ただ単純に恥ずかしいだけ」
「え……っと……私も……」
彼女は視線を逸らして照れ臭そうにしている。
同意して終わっちゃったよ!
「せめて、おんぶとかは無理なの?」
「それは翼があるので出来ない」
「そっか……」
そうだよな。
俺を背負っていては、邪魔になって上手く羽ばたけなさそうだもんな。
やっぱり正面から行くしかないのか……。
仕方が無い。覚悟を決めよう。
「分かった。お願いする」
「うん……」
言うと彼女は再び両手を広げた。
しかも、さっきより顔が火照っているようにも見えるのは気のせいだろうか。
俺はイリスの腕の間に進み出る。
すると彼女の細い腕が俺の体をそっと包み込んできた。
密着。
柔らかく温かい。
そして、なんだか癒やされる気分になってゆくのが分かる。
年下っぽい女の子に、こんな気持ちにさせられるなんて思ってみなかった。
だけど、とても心地が良い。
もっとガッチリ、ぎゅーっと抱き締められるのかと思っていたから尚更ギャップがあった。
「じゃ、行く」
「ん?」
イリスがそう言った途端、周囲に突風が巻き起こった。
彼女の翼が大きく展開し、羽ばたいたのだ。
直後、俺の体は〝離陸〟という言葉が相応しいと思える衝撃で飛び立った。
「いぃっ!?」
思わず変な声が出るが、それ以上は何も口に出来なかった。
多分、しゃべったら舌を噛む。
まるでジェット機か、ロケットかと思うような速さで、ぐんぐん高度が上がる。
景色を見ている余裕も無い。
気付けば、あっと言う間に火山の頂上に到着していた。
「お疲れ様でした」
「あ……ああ、ありがとう」
お疲れ……と彼女は言うが、抱きかかえた腕は解かれないままだ。
「あの……そろそろ離してもらってもいい?」
「あっ……す、すみません……」
今頃気付いたのか、彼女は慌てたように身を離す。
体が自由になったところで、俺は山頂を見渡した。
眼前に火口と思しき大穴が空いているのが見える。
近付いて縁から見下ろしてみると、少々の噴煙は上がっているもののマグマらしきものは見えない。
活火山ではあるけれど、いわゆる真っ赤に滾るマグマらしいマグマは深部に潜らないと見えないっぽい。
もっとも、目に見える場所にマグマが対流していたら熱すぎて、こうやって悠長に眺めてはいられないだろう。
さて、ここからはイリス一人で活躍する場だ。
俺はここで見守っていることしか出来ないけど、応援だけはしておこう。
彼女に、エールを送ろうとした時だ。
嵐のような風が吹き、火口の反対側から巨大な影が舞い上がった。
十メートル以上はあるかというその巨体は、激震を轟かせて俺達の眼前に降り立つ。
「な……なんだ、こいつは……」
俺が見上げた先にあるもの。
それは真っ赤な鱗を持つドラゴンだった。
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