第4話 落とし穴の実力


「いつつつ……」



 落とし穴の中から、苦痛に歪んだアイルの声が聞こえてくる。

 何とはなしに設置したら、たまたまアイルの足元に落とし穴を作ってしまったのだ。



「おーい、大丈夫か?」



 穴の中を覗くと、アイルは両足を横に投げ出し、やや涙目でいた。



「魔王様、酷いですよ……私を罠に落とすだなんて……」



「ごめん、ごめん。どこに設置されるのか、まだ充分に把握出来てなかったのが原因だから、次からは大丈夫だと思う。今、助けるから待ってて」



 その落とし穴、深さにしたら五メートルほど。

 普通の人間なら自力で登るのは難しいレベル。

 手を伸ばしたって届かない。



 だったら設置したものを、もう一度素材パレットに戻せばいいんじゃないだろうか?



 そう思った俺は、強欲の牙グリーディファングで落とし穴を食い破った。

 直後、さっきまであった落とし穴は綺麗さっぱり無くなり、代わりに元あった城の床がそこに存在していた。



 その床の上には、きょとんとしているアイルの姿があった。



「??」



 それにしてもこの落とし穴、古典的ではあるが侵入者を足止めする手段としては中々役に立ってくれそうだ。



 そういや侵入者で思い出した。

 勇者がここにやってくる時間的目処を知りたい。



「アイル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「は、はい、なんでしょう?」



「俺がこの世界に誕生したってのは勇者側には伝わってるのかな?」

「ええ、伝わっていると思います。魔王様の誕生と同時に、その強大な魔力が波紋のように世界の隅々にまで広がりましたから」



 えー……そうなんだ。

 それじゃあ、ただ隠れているだけでいい、って訳にはいかないのか……。



「じゃあ勇者がこの城まで攻めてくるには、どれぐらいの時間的余裕があるか分かる?」

「そうですね……準備を整え、仲間を集め、暗黒大森林を抜けてくる……と考えると最短で一ヶ月ほどでしょうか」



「一ヶ月か……結構早いな。それまでにダンジョンを完成させなくちゃならない。出来るかなあ」



 するとそこでアイルが諭すように言ってくる。



「魔王様、ダンジョン作りに注力するよりも今こそ攻めの時です。四大魔団を展開させれば、勇者の侵攻など微塵も許しはしませんから。一ヶ月どころか、永遠に勇者はやってきませんよ」



「そうかなあ?」

「えっ……?」



「勇者ってのは、やられればやられるほど、どんどん強くなってゆくもんだ。それが主人公補正ってやつさ。そんなことになったら後々面倒だろ? ここは攻撃よりも防御。徹底的に防御が正解だろう」



「守るだけ……ですか?」

「そう、守るだけ」

「……」



 なんだか納得いかないような顔をしているので言ってやる。



「俺の前世の世界には〝攻撃は最大の防御〟っていう格言があるんだけど、俺はその逆もまた有り得ると思ってるんだよね。鉄壁の守りは相手を疲弊させ、諦めたくなる気持ちすら生まれる。〝防御は最大の攻撃〟ってね」



 アイルは刮目した。



「なんと! そんな攻めの方法があるとは……私、知りませんでした!」



「という訳だから、この城の防御を固めつつ、地下ダンジョンの作成を同時に行うことにする。その為にも魔王城の構造を把握しておきたい。案内してくれるか?」



「はい、勿論です!」



 彼女は意気揚々と返事をした。



          ◇



 魔王城は四階層からなる構造で、俺達がいた玉座の間は外部から守られるように一階層の中央に位置していたことがアイルの案内で分かった。



 床を掘ったらすぐに地面だったのもそういう訳だ。



 それで俺達は今、魔王城の正面エントランスまで来ていた。



「ここが、この城唯一の出入り口か」

「はい、どんな侵入者もここを通らずに内部には入れません」



「なるほど、じゃあさっきの落とし穴をここに設置するか」

「クククッ……そうですね。穴に嵌まって慌てふためく勇者共の姿が目に浮かぶようです」



 アイルは企みに満ちた笑みを浮かべていた。



「それじゃここに一つ」

「はい」



「その後ろにもう二つ」

「はい」



「そのまた後ろにもう三つ」

「はい……って、どんだけ置く気ですかっ!?」



「え? さっき作った十個全部、ここに設置するつもりだけど?」

「ふあっ!?」



 彼女は素っ頓狂な声を上げた。



「お言葉ですが……一つで充分じゃないですか?」

「何言ってんの、一つじゃ全然足りないよ。もし、一つ目の穴に落ちて這い上がってきたらどうすんの?」


「え……」



 彼女は答えに詰まる。



「じゃあ、やっとの思いで這い上がった所に、また落とし穴があったらどう思う?」

「ええっと……なんでしょう……やられたーっ! って感じですかね?」



「その穴からまた這い上がった所に、また落とし穴があったら?」

「えっ……ちきしょぉぉぉぉーっ!! って感じですかね?」



「じゃあ、それが十回続いたら?」

「うあああああああああぁぁぁっっ!!」



 彼女は、そのことを実際に想像したら頭がおかしくなりそうになったのか叫び声を上げていた。



「ね、心が折れるでしょ?」

「はい……涙が止まりません」



 アイルは借りてきた猫のようになって、静かに頷いていた。



「まだ素材が集まってなくて作れてないけど、この落とし穴の底にトゲ罠を置いたら尚、効果的だと思う。落ちる度の絶望度が段違いに変わってくるからね」



「あの……魔王様……」

「ん、何?」



 アイルはトゲ罠に嵌まって血塗れで苦しむ勇者を想像しながら武者震いをする。



「私、魔王様のことを少々、勘違いしていたかもしれません……」


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