第2話 正夢とペンダント
ヨロヨロとふらつきながら厨房への廊下を進む。磨き上げられた塵一つないピカピカの板張りの廊下をみすぼらしい、元は白かったものが汚れて灰色になり、袖口が擦り切れているボロボロの作業着を着た私が歩いているのはなんとも滑稽な光景である。しばらく歩くと、向かいから艶のある長い黒髪を左側に流し、紺色の浴衣をきたアリーシャが焦ったように駆け寄ってきた。
「ユリ様!!!!またあの人に蹴られていたと聞いて…今すぐ治療いたしますわ」
「大丈夫よ、アリーシャ。それよりも早く準備しないと…」
「それよりも治療が優先です。そのままにしてしまうと、傷口が余計にひどくなってしまいますわ。ただでさえ先日鞭で打たれたところの傷がひどくなって熱を出したばかりなのに…」
「え、あ、ちょ、ちょっとアリーシャ!?」
そうグチグチと小言を言いながら、アリーシャは私を近くの誰もいない部屋に強制的に連行し、私を座らせて服をめくって手をかざした。
「………………」
アリーシャが目をつぶり、無言で念じると、かざした掌から温かくて、柔らかな光が発し、傷口をふわっと包み込んだ。すると、包み込まれた傷口がみるみるうちにふさがれてていき、ほとんど目立たなくなった。
「ありがとう、アリーシャ。痛みもだいぶ和らいだわ。」
「それは良かったです。」
そう言って、お互いにニコニコしていると、ふとアリーシャが言った。
「ところで…先程あの人がユリ様を蹴った理由がうたた寝していたと聞いたのですが、普段気配に敏感で少しの物音でも起きてしまうユリ様がどうして気付かずに眠っておられたのですか?」
「それは……………」
私はいつ殴られるかわからない恐怖からか、普段から眠りがとても浅く、うなされて目が覚めたり、恐怖でなかなか寝付けないのだ。そんな私がゆっくり寝られたのは……
「あの夢、を久々に見たからかな。」
「あの夢…もしかして誰かと再会の約束をしたとか言う?」
「うん」
ずっと昔から…物心つく前から何度も見る夢。沢山の悪夢の中でも、あの夢だけは精神安定剤のように私の心を軽くしてくれた。
服の中からあるものを取り出す。普段から首にかけていて、作業の邪魔にならないように、あの義理の母に壊されないように服の下に入れている。
「それは…ペンダントですか?夢に関係あるとか…?」
「うん。これを夢の中では渡されてた。夢の中だけならそれまでだけど、実際に現実にこのペンダントが存在しているんだから、あの夢は正夢なんだと思う…だから、信じてるんだ。いつか迎えに来てくれるかもって。探し出してくれるかもって…」
だんだん話しているうちに目から温かいものが溢れ出してきた。必死に止めようとしても止まることを知らず、さらに溢れ出してしまう。目を必死にこすると、アリーシャが私の腕を掴んでおろし、白くて細長い、綺麗な指先でそっと涙を拭った。
「あんまりこすると目が赤くなってしまいますよ。ユリ様、大丈夫です。必ず等身大のユリ様を、ありのままのユリ様を受け入れてくださる方が現れます。だから、自分をしっかりもって、信じていてください。私も信じていますから…」
「ありがと…アリーシャ…ぐすっ」
そうして、しばらく準備も忘れてユリは泣き続けた。
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