第6話
世田谷区で起きた中学校の教師が絞殺された事件は世間の注目を浴び、テレビのワイドショウの格好のネタになった。
連日、捜査本部の置かれた西世田谷署にはテレビの中継車が常駐し、署の入り口にはテレビや新聞社のカメラマンが何列にも並び、出入りする車を一台残らず撮影していた。
どの車に容疑者が乗っているか分からない状況なので取り合えずみんな撮っておけということなのだろう。
新聞記者の刑事たちをターゲットにしたいわゆる「夜討ち朝がけ」も連日のことになった。小山田刑事にも専門に張り付いている記者がおり、うっとうしいのだが、それだけ世間の目が自分たちに向かっているということだと自覚しているので記者相手に喧嘩をしたりはしない。
「おはよう」
いつも小山田は機嫌よく自宅前にいる記者に挨拶する。
「小山田さん、昨日の捜査状況で進展はありますか」
「ないね」
答えるときは素っ気無い。
その日、小山田たちは緊張していた。
今回の事件の大きなポイントになりそうな相手に会うことになっているからだ。
しかも、相手は女子中学生だ。登校前の自宅に訪問して話を聞くことになっている。
もちろん、お膳立ては校長に頼んだ。
いきなり警察から連絡はしない。
相手が中学生以下の場合はよほどの凶悪事件の容疑者でない限りそうしている。
女子中学生は、芳野眞子という14歳の少女だ。
家は中学校から歩いて15分くらいの住宅街のなかにあった。
最寄の駅から歩いた。朝から警察車両で乗り込むようなことをしないのは、未成年と保護者に対する配慮だった。
母親が応対に出てきた。
中学生の親だからまだ若い。多分30歳くらいだろう。母親は芳野すみれと言った。
リビングの通されると、ソファに芳野眞子は座っていた。
思っていたより大人びた女の子だった。学校の制服を着ている。
「朝早くから悪いね」
「いいえ」
「長原先生は、君のために色々としてくれたんだって」
「そうです。付き合っていた人に暴力を振るわれたので、そのことを先生に相談したら、わざわざ彼に会いに行ってくれたんです」
「いい先生だね。亡くなってショックだったでしょ」
「はい」
「今日は長原先生のことで知っていることはないかなと思ってきたんだよ」
「何をですか」
「長原先生の個人生活で聞いたことがないかどうかってことなんだけど」
少女の母親が心配そうに小山田と娘の会話を聞いている。
芳野眞子は、しばらく考えていたが、意を決したように話だした。
「彼に聞いたんですけど、先生は彼に女の子と付き合うときの注意点なんか話てたみたいなんですけど、そのとき、自分も彼女はいるけど、いくら相手に腹が立っても手を上げることは絶対にしないし、自分は女に暴力と使う男は男として最低だと思うと言われたそうなんです。彼は先生と二度あったんですけど、どうやら彼女というのは風俗に勤めている女の人らしいって言ってました」
小山田たちは驚いた。
長原に付き合っていた女性がいたなどということはこれまでの聞き込みでは無かった話だ。
長原の部屋の捜索でも、それらしいものは発見されていない。
「その女の人はどこの店にいるとかは聞いたのかな」
「具体的にはそこまで聞いてないようなんですけど、多分渋谷だろうなんて彼氏は言ってました」
小山田と相棒の窪坂は胸騒ぎがした。
星に一歩近づいたような気がした。
このことを刑事課長に報告し、上野柚葉の彼氏の聞き込みは生活安全課の刑事たちに担当させるという課長の声を聞いた。
「渋谷には相当数の風俗店がありますよ」
「そうだな、その彼氏が店名まで聞いていればいいのにな」
「そうですね」
小山田たちが西世田谷署に戻ると、監理官と刑事課長が待ち構えていた。
「長原さんが付き合っていた女が星に近いと思うか」
監理官が小山田に聞いた。
「臭いは感じます」
「そうか」
そう監理官は言うと、自分の椅子に腰を下ろした。
「まずその女を捜さないといけないですね」
「それは渋谷中央署に応援を頼もう。本庁の捜査一課が乗り出して来ているから、先に女を当たれればな」
刑事課長は、本庁に対抗心を燃やしていた。
小山田たちは、細い糸が目の前に垂れ下がってきたような感じがしていた。
続く。
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