第5話
中学校の体育教師が自室で殺害された事件は、学校関係者からの聞き込みでは有力な情報は得られなかった。
西世田谷署の刑事小山田は、彼らからの話のなかでひとつの糸を手繰り寄せていた。
それは殺された長原教諭の結婚願望だった。
同僚の水野教諭と婚活に参加するなどしていたが、元来の不器用さと、見た目のいかつさから相手は見つかっておらず、反対に水野は相手を見つけて交際している。
その差が長原のあせりに繋がり、何らかのトラブルを招いた結果殺人事件になったという見立てだ。
その細い糸を小山田はどう自分の元に巻きつかせるかを考えていた。
「先生の悪口って生徒にとっては面白いじゃないか」
小山田は相棒の窪坂に答えを求めた。
「そうですね、特に気に入らない教師の私生活のことで悪口を言えるものがあれば盛り上がりますね」
「お前なんかその口だろ」
「そんなことありませんよ。優等生だったから」
「嘘付け」
「本当ですよ」
窪坂は怒ったように顔を捻じ曲げた。
小山田は校長に頼んで生徒のなかで、特に長原と対立していたようなワルの生徒を探してくれないかと頼んだ。
数日して校長から連絡があり、長原の担任しているクラスで、不良というわけではなく、成績は良いのだが、何かと反抗的な態度を取り、長原とは折り合いが良くなかった門倉という男子生徒から話を聞けるように保護者からも承諾を受けたということだった。
昔と違い、今では生徒に聞き込みをすることもままならない。
学校側が親の承諾なくして警察に子供と話すことは出来ないのだ。
門倉は、放課後校長室で小山田たちと面会した。
「気楽に考えてもらいたいんだけど、長原先生の私生活のことで何か知っていることはないかな。もし知っていることがあれば話してもらいたいんだけど」
門倉は全然不良ではなく、眼鏡をかけた真面目そうな生徒だった。
その外見からはいかつい長原に反抗的な態度を取るような度胸は無いように見えた。
「僕は直接知らないけど、先生と学校以外で会っている子は知っています」
「えっ」
校長が素早く反応した。
教師が学校に隠れて生徒と会っていたということは大事件だ。
顔面が蒼白になった。
「変な意味じゃなく、その子の問題に関わったというか」
「それはどういう意味だ。その子は男の子か女の子か」
校長が言葉を荒げた。
「もし分かれば詳しく教えてくれないかな」
「じつは女の子なんですけど、僕らのクラスの」
「それで」
「その子、高校生の先輩と付き合っているんですけど、その先輩に暴力を振るわれているということを聞いて、その先輩に会いにいったり、分かれるように彼女に話したりしてくれたんです」
「どうして君がそのことを知っているんだ」
「彼女は元カノだからです」
校長は納得したような顔をした。
多分心のなかでは安堵しているのだろう。
もし、教師が生徒と不適切な関係を持っていたとなると大問題になり、自分の責任も問われかねない、
自分たち上司に報告が無かったことは問題といえば問題なのだが、少なくとも不適切な関係ではないということなら、それほど問題にはならないだろう。
小山田たちは、門倉が語ったその女子生徒を呼んでもらうことにした。
今日はまだ軽く話しを聞くだけにして、保護者には事後承諾という形にしてもらった。
女子生徒は、芳野眞子という少女だった。
校長室に伏せ目勝ちで入ってきた少女を見て、小山田のアンテナは何かを感じていた。
続く。
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