第31話 転生の謎
ユーインが出て行った後、アイリーンはアズラクにソファを勧めると、自分もまた対面に腰掛けた。
「で? お返事は、王女様?」
いきなり冗談めかしてウインクまでしてきたのは、アズラクだ。
アイリーンはそんな彼をじとりと睨む。
「何がお返事よ。そのウインクと一緒で、単なる冗談だったくせに」
二人が話しているのは、先日行われたアイリーンの生誕パーティーのときのことだ。
アルバートが知らない女性に迫られていたところを目撃してしまったアイリーンが、いつにない怒りをぶつけ、そんなアイリーンをアズラクが落ち着かせてくれた。
エリクではない、アルバートが好きなのだと言ったアイリーンに、アズラクは自分の想いを伝えてくれた。
その際、彼はアイリーンの唇を――
「『な〜んてな。冗談だよ』って言ったのはどこの誰だったかしら?」
――奪わなかった。
額と額だけを合わせて、楽しそうにそう言った。
からかわれたアイリーンが怒らないはずがない。
「さて、誰だったかな。だがルークの想いは本物だぞ」
「……そうなの?」
「ああ」
勘違いしていたアイリーンが目を瞠ると、アズラクは逆に目を伏せるように肯定した。
「そうだったの……。気づかなくてごめんなさい。あと、ありがとうって、ルークに伝えてくれる?」
「ははっ。おかしなこと言うな? 俺がルークなのに」
「違うわ。あなたはアズラクでしょう?」
少しの沈黙の後、
「違いない」
アズラクがフッと笑みをこぼした。
彼がルークであることは間違いない。魂が同じだと、やはり解るからだ。
けれど、ルーク本人でないことも、アイリーンは解っていた。
アイリーンがリジー本人ではないように。
アルバートがエリク本人ではないように。
それは一種の寂しさを連れてくるけれど、当然のことなのだ。
やっと、そんな単純なことに気づけた。
「アズラクは、私のことを好きではないのでしょう?」
「さあ、どうかな」
「私が決めつけるのは違うと思うけど、たぶんそうだと思うわ」
「なぜ?」
「だってあなた、私のこと、そんなふうに見てないもの。伊達に長い片想いを患ってないのよ、私」
そう言うと、アズラクがまた「違いない」と小さく微笑む。
「何がしたいんだか」
呆れたようにアイリーンが息を吐くと、アズラクは答えない意思を示したのか、アデルの淹れてくれた紅茶に口をつける。
「……案外、お節介だったりして」
「ぶっ」
アズラクが紅茶を吹き出した。
なるほど、図星らしい。
そういえばルークも、みんなのお兄さん的存在で、意外と世話焼きだったことを思い出す。
無口で何を考えているか全く顔に出さないくせに、やたらと面倒見がいい男だった。
前世とは違う人間だと言っても、魂が同じだからか、やはり根本的なものは変わらないようだ。
「思ったよりわかりやすい人なのね、アズラク」
「いや、今のは完全に油断した。アイリーンに気づかれるとは思わなかった」
「ちょっと、それじゃまるで私が鈍感みたいじゃない」
「違うのか?」
「ちがっ……うと思うわ」
断言できないところがなんとも情けない。
アイリーン自身はそうでないと思っているけれど、アルバートには何度も〝鈍感〟だと言われた覚えがある。
「でも、せっかくの援護射撃だけど、もうやめてね」
「なんでだ? 良い感じに効いていたと思うが」
「そうかしら? アルバートのあれは、もう二度と親友を失いたくないからだもの。あなたは知らないかもしれないけど、リジーはその、エリクの目の前で死んでるから」
「……そうだったか。庇ったんだな」
何も言わなくても見透かした彼に、アイリーンは苦笑だけ見せた。
「本当に、リジーは大馬鹿ものだ」
「私もそう思うわ」
けれど、アイリーンはリジーの想いに誰より共感できた。
リジーにとって生きる理由でもあったエリクが、自分ではない人のものになった。
なら、その世界で生きる意味は、もうないなと。
なら、最後に彼の役に立ってから、自分の人生に幕を下ろそうと。
彼女は、そう考えた。
エリクに向かう銀の刃に反応できたのは、偶然ではあったけれど。
刺し貫かれたとき、本当のことを言うと、リジーは安堵してもいた。
やっとあの二人を見なくて済むのだと、安心しながら永遠の眠りについたはずだった。
「不思議ね。私たち、どうして転生したのかしら」
「さあな。それは俺も知りたい」
「しかも記憶まで持って」
「本当にな」
「……ルークは、死んだとき、後悔してた?」
彼はそっと背もたれにもたれてから。
「実は何も。何も後悔なんて、してなかった」
「そうなの?」
意外に思って、思わず声が高くなった。
「なんて言うかな、戦争ってものに、絶望してたからじゃないか。こんな地獄を見続けるくらいなら、さっさと死ねて良かったとも思ってた」
まあ、死ぬまでは必死に戦ったけど。彼はそう呟いた。
二人とも、ある意味安らかな死だったのだ。
「そういえば、国に――エルヴァイン公国に伝わってた童話のこと、覚えてる?」
アイリーンが訊ねると、アズラクは首を傾げた。
しかしそれは、覚えていないという否定ではなく、なぜ急にそんな話をという疑問だった。
「〝アナベルは死んだ〟なんて物騒なタイトルだったけど、あれ、実は伝説を基に作られてるのよね。途中どんなに辛いことがあっても、自分の人生を一生懸命生き抜いたアナベルに、神様が贈り物をするの。人生を頑張ったご褒美に。そのご褒美が――」
――〝転生〟
二人の声が重なった。
童話では、はっきりと転生とは書かれていない。
しかし描かれていた。
アナベルがもう一度生まれ、もう一度、人生を楽しむ機会を与えられた姿が。
「一生懸命生きて、最期、未練なく、死を恐れることなく迎えると、神様がご褒美をくれる。そんなお話だったわ」
「ああ、そうだったな。正直信じてなかったけど」
「私もよ。なんなら神様の存在も信じてなかったわ」
「気持ちはわかる」
それから二人は、合わせたように黙り込んだ。
アイリーンは紅茶を一口飲んでから、もう一度口を開く。
「いたのね、神様」
「どうやらそうらしい」
「思えば、死を恐れず、未練なく死ぬ人なんて、ほとんどいないものね」
「確かに」
となると、とアズラクが続ける。
「意外や意外。エリクも、未練なく死んだんだな」
確かにそれは意外だった。彼にはエミリーという恋人がいたのだ。
屋敷に彼女を置いてきたエリクは、本当に未練などなかったのだろうか。
「あともう一人、オーガストもよ」
あれだけエミリーに執着し、今世でも執着している彼がそんな死を迎えていたなんて、どうにも想像できない。
アズラクにはオーガストのことも話していたので、彼も同意するように頷いていた。
「やっぱりこの仮説、違うのかしら?」
「ま、正解でも不正解でも、正直どっちだっていいけどな、俺的には。といっても? リジーはエリクのことが気になって仕方ないんだろうけど」
ニヤリと口角を上げるアズラクは、本当に意地が悪い。
からかわないでと唇を尖らせれば、彼のニヤニヤはますます深まった。
「あなたほんと、アズラクね。ルークと真逆でよく喋るわ」
「あいつはただの面倒くさがりやだ。その性質は今も同じだが、今世ではそうできない立場に生まれちまったからな。俺も、おまえも」
そこでアズラクの雰囲気が変わったことに気がついて、アイリーンも表情を引き締めた。
「結婚の話ね」
彼が浅く頷く。
「この調子だと、あなたは受け入れてくれなさそうね?」
「俺の目的がバレた時点で、ジ・エンドだ。友人として助けてやれるのは、ここまでだな」
「頼んでないけどね」
「なんだ、助けがいのない奴め」
「ふふ。でもありがとう。あなたの助けは、どちらかというとアルバートじゃなくて、私に効果があったみたい」
「あれは驚いたな、俺も。おまえがあそこまで取り乱すとは思わなかった。リジーがそうだったから」
「だって私はアイリーンだもの」
「それもそうだ」
二人して笑ってしまう。
前世の自分と、今世の自分。
明確な違いはなくて、明確に同じでもない。
だから混乱することもあるけれど、二人とも、そんな自分を受け入れている。
「それにしても残念だわ。私、アルバートだけじゃなくて、アズラクにも振られてしまったのね」
「おいおい、人聞きの悪い。おまえが俺を好きになれる見込みがあるなら、俺は大歓迎だが?」
「本当、意地の悪い人」
アイリーンがそう言うと、アズラクがおもむろにソファから立ち上がった。
「さて、じゃあそろそろ俺は帰るかな」
「国に?」
「ああ」
「急過ぎない?」
「もうこの国にいる意味がないからな。友人と再会もできたし。アルバートが落ち着いた頃にまた来るさ。今のままだと、逆に友人としての縁を切られそうだ」
「どうして?」
そんなことはないと、アイリーンは思うけれど。
「俺の演技は役者顔負けということだ。そろそろあいつも気づくんじゃないか」
――誰が、自分の本当に大切な人なのか。
アズラクは、ぞんざいに手を振ると、呆気ないほど簡単に部屋を出て行こうとする。
反射的に引き留めようと慌てて立ち上がったアイリーンは、自分のドレスの裾につまずいた。
「きゃっ」
その声に反応したのか、すでに背中を向けていたはずのアズラクが、間一髪のところでアイリーンの身体を受け止めくれる。
頭上から、おいおい、とアズラクの責める声が落ちてきた。
「おまえ、随分と動きが鈍くなったな?」
「当たり前でしょっ。今はもう騎士じゃないんだから」
「まったく、危なかっしい。鈍感でドジとか、これまでよく生きてこられたな?」
「そこまで言う? 今までは……」
今までは、どうしていただろう。
確かに王女であるアイリーンは、リジーより運動能力も劣り、つまずく回数は少なくなかった。
おそらくそれは、前世の記憶があるせいでもある。
リジーのときには出来ていたから、同じ感覚で身体を動かそうとしてしまうのだ。
けれど鍛えてもいないアイリーンの身体は、それについていけず転びそうになる。
子供の頃からそんな調子で、今ではある程度慣れてきてもいたのだが。
でも、そうだ。
「今までは、アルバートがいたから」
いつも一緒にいたアルバートが、何気なく助けてくれていたから。
彼はアイリーンがつまずく前に、つまずきそうな場所を歩くときは、必ず手を引いてくれた。
むしろアイリーンがつまずいていたのは、彼が隣にいないときばかりで――。
「おまえら……二人揃って重症だな」
アズラクが天井を仰ぐ。
「? どういう意味よ」
訊ねながら身体を起こそうとしたアイリーンを、アズラクもまた支えてくれる。
そのときだった。
部屋の扉が開き、そこからまさに今話題にしていたアルバートが、怒りも露わに現れたのは――。
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