第14話 騎士との出会い


「――決まりね」


 王女の澄んだ声が終わりを告げる。

 侍女の制止も聞かず、彼女は堂々と訓練場に足を踏み入れた。

 そこら中に倒れている騎士たちを物ともせず、迷いのない足取りで中心へとやってくる。


「名前は?」


 問われて、ユーインは片膝をついていた。無意識だった。まるで忠誠を誓う儀式の最中さなかのように、恭しくこうべを垂れる。

 それは、隣にいたハロルドも同じだった。


「ユーイン・ロックウェルと申します」

「ハ、ハロルド・パルヴィンです」

「ではユーイン・ロックウェルとハロルド・パルヴィン、両名を私の専属騎士に任命するわ」

「お待ちください、殿下!」


 止めたのはモーガンだ。


「恐れながら申し上げます。彼ら二人に、殿下の専属は無理かと。わたくしが推薦する騎士を――」

「結構よ」

「……はい?」

「だから結構と言ったの。実力は見せてもらったわ。文句なしにこの二人は強い。それもタイプの違う強さを持っているわ。ユーインは前線タイプ。ハロルドは後方支援タイプかしら。……予想外の掘り出しものね」


 小さく呟かれた最後の言葉は聞き取れなかったが、それでもユーインには、先の言葉だけで十分だった。

 まだ大人に届かないこの王女は、けれど大人モーガンよりも正当に自分たちを評価してくれる。


「しかし、国王陛下がなんと仰るか」

「それも問題ないわ。お父様にはすでに許可をもらっているから」

「なっ」

「さて、他に何かあるかしら? それともあなたは、無様に地面に倒れているそこの騎士たちの中から、まさか第一王女わたしの護衛を推薦したりしないわよね?」


 とどめの言葉だった。

 ついにモーガンは閉口し、がくりと首を落としていた。


「ではクロフト卿、今このときをもって二人は私のものよ。連れていくわね。ああそれと、二人の後任もすぐに配属させるから、そこは安心してちょうだい」


 呆然とするモーガンを置いて、彼女はユーインとハロルドに目配せする。ついてこいと言われている。

 二人は迷うことなく、その小さくも気高い背中を追った。






「――殿下には感謝しております。今ならわかるのです。あのとき殿下は、私とハロルドを助けてくれたのだと」


 呼吸を落ち着けて、ユーインがぽつりと言った。

 アイリーンは飲んでいた紅茶をテーブルに置くと、はっきりと苦笑を浮かべる。


「違うわ。あれはユーインとハロルドが勝ったからよ」

「いいえ。ハロルドが言っていました。『きっと殿下は、あのとき俺たちが勝っても負けても、自分付きに任命していたんじゃないかな』と。確かに殿下は〝目に留まった者〟を騎士にすると言い、〝勝った者〟を騎士にするとは言っておりませんでした。もし私たちが負けても、別の理由で言いくるめていただろうと、ハロルドに教えてもらいました」


 アイリーンは心の中で「バレてたのね……」と気まずそうに舌を巻いた。

 ハロルドの言ったことは正しい。

 あのときのアイリーンには、下心があったから。

 エミリーの生まれ変わりであるユーインを、手元に置こうという下心が。

 決して善意で助けただけではなかった。


 あれは、あの日の三日ほど前のことだっただろうか。

 勤務中のユーインを偶然見かけて、アイリーンはすぐに彼がエミリーの生まれ変わりだと気づいた。

 そうして急いで所属と経歴を調べさせたのだが、この時点ですでに、アイリーンはユーインを自分付きにするつもりだった。


 そこでモーガンについても報告を受け、アイリーンは早急に事を進めていく。

 嬉しい誤算はハロルドだ。いや、ユーインの実力の高さもそうだった。


「そうね、正直に言うと、あのときは下心があったの。どんな結果になってもモーガンを言いくるめる自信もあった。でも、あなたたちは勝った。私の期待以上の結果を出して、ね」


 それが全てだ。

 もし彼らが、本当に使えない騎士だったなら。

 いくらアイリーンがわがままを言おうと、国王によってとっくに彼らは罷免させられていただろう。


 しかしそうならなかったのは、ユーインは純粋に剣の腕を、ハロルドは生来の影の薄さを利用した情報収集能力を、国王にも認められたということである。


 ちなみに、モーガンについては国王に報告済みであり、あれから彼は、昇進という名の閑職に異動させられているはずだ。表面的には出世しているため、文句もなかったという。


「だから私は二人を手放せないの。これからもよろしくね?」

「もちろんでございます。殿下にたとえどんな下心があったのだとしても、私もハロルドも、殿下付きになれたことを誇りに思っているのです。我ら二人、すでに己の剣は殿下に捧げておりますから、どこまでもお供いたします」

「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」


 春の風が舞い込んだような微笑だった。

 アイリーンの、笑うと普段より幼くなるその表情に、ユーインもまた自然と目元を緩めている。


「あ・の〜」


 すると、ほとんど二人の世界に入っていた彼らの間に、横から無粋な声が邪魔をした。

 どこか面白くなさそうな声音は、アルバートのものだ。


「ユーインがどれだけアイリーンを慕っているかはわかったから、お願いだから二人だけの世界に入らないでくれる? なんというか、居た堪れない」

「あら、アルバート。もしかしてヤキモチ?」


 アイリーンはくすくすと笑った。そんな心配いらないのに、と思いながら。

 からかわれたアルバートは、よほど恥ずかしかったのか、声をひっくり返している。


「え!? や、そういうわけじゃなくて……っ」

「隠さなくてもいいわよ。心配しなくても、ユーインは私をあるじとして慕ってくれているだけなんだから」

「え?」


 アルバートがきょとんとする。

 その反応に、アイリーンも目を瞬いた。


 てっきり嫉妬したのかと思ったけれど、違うのだろうか。

 だって、これまでのアルバートはそうだったから。

 ユーインがアイリーンにだけ微笑むのを見て、いっつも「いいなぁ」「なんでアイリーンにだけ」とぼやいていたのを知っている。


「アルバート? 心配しなくても、私、ユーインを独り占めなんてしないわよ?」


 もう一度小声で付け足すも、なぜか今日の彼は反応が薄かった。

 ともすれば、そのグリーンスフェーンの瞳が、迷子のように揺れていて。


「ねぇ、本当にどうしたの? 大丈夫?」

「えっと、うん、大丈夫、かな。独り占めしない、って、まあ、そうだよね……? そっち、だよね……?」


 そっちと言われても、アイリーンにはどっちのことだかわからない。

 そっちだろうがこっちだろうが、彼が何に戸惑っているのか見当もつかなかった。


「よくわからないけど、疲れてるなら休んだほうがいいわよ?」

「そう、だね。疲れてるのかな、俺。だからこんな……」


 そう言って、彼はついに黙り込んでしまった。

 この場が変な空気に包まれる。

 そこで息子の失態を挽回しようと空気を変えたのは、母である侯爵夫人だった。


「さて、雑談もこれくらいにして。ちょうどクッキーが焼けたみたいですから、味見も兼ねて試食会をしましょうか」


 妹のハンナもそれに乗る。


「賛成! ああ良い香りだわ。あ、でもお兄様は、もちろんそっちの失敗作を試食してね」


 侯爵家の侍女が出来上がったクッキーをテーブルに置いていった。さすがのタイミングである。

 満月みたいに綺麗な丸をしたクッキーは、女性陣が作ったものだろう。


 対して、ところどころ崩れていたり、生地がだれて円形を保てていないものは、間違いなく男性陣が作ったものである。


 それでもアルバートにとっては、これが今世のエミリーと初めて一緒に作ったものなのだ。

 その表情に浮かぶのは、笑顔か照れ顔のはずだった。

 少なくともアイリーンは、そう信じて疑っていなかった。


 だから、いつまで経っても彼の表情が晴れないことに、アイリーンは内心で酷く動揺していた。



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