第1章 始まりは残酷で愛しくて
第2話 彼女の生まれ変わり
アイリーン・ミラー王女の一日は、まずアーリーモーニングティーから始まる。
ベッドの上で飲む紅茶は、なんと優雅で特別感溢れるのだろう。濃いめに淹れられたダージリンを、砂糖もミルクもなしで飲むのが彼女の好きな飲み方だ。前世の孤児院生活では考えられない贅沢である。
それから新聞を読み、国民の生活を知る。政治、経済、芸能、果てはゴシップまで。
朝の習慣だった。
その次にはバスタイムで、寝汗をすっきりと落とすと、侍女にメイクをしてもらうのだ。
女の身支度は時間がかかる。前世によってそれを知っていたアイリーンでさえ、王女の身支度の長さには驚いた。もう少し簡単でもいいのよ、と言いたいところだが、それで侍女たちから仕事を奪うのも気が引けた。
そうして身支度か終わると、届いた手紙の返事をひたすら
あとは、自分が行っている慈善事業に精を出すこともある。
昼食後は、ひたすら茶会に参加し、または主催したりして、人脈作りに勤しむ。
「はぁ。王女も楽じゃないわね」
午後の茶会が終わり、自分の部屋に戻ってきたアイリーンは、ソファの背もたれに寄りかかった。
「ですが、殿下はとてもよく頑張っておいでだと思います。国民の評判も良いですし、私としましても、自慢の
「ありがとうユーイン。あなたにそう言ってもらえると、自信がつくわ。でも、もっと頑張らないとね」
近くに控える護衛騎士が、慰めるように言う。
ユーイン・ロックウェル。
背が高く、紺色の騎士服の上からでもわかるくらい、筋肉に覆われている男。なのにむさ苦しい雰囲気はなく、所作も王族に仕える近衛にふさわしい洗練されたものだ。
涼やかなアイスブルーの瞳は、いつも真っ直ぐとアイリーンを見守ってくれている。
(相変わらず思うけど、昔の面影、皆無ね)
もう何度そう思ったことだろう。
近衛隊にいた彼を一目見て、アイリーンが父王に頼み込み、自分の騎士になってもらったのは随分と前のことだ。
周りは、アイリーンが彼の凛々しい姿に惚れたからだ、と言う。
でも実際は違う。ユーインは、前世のアイリーンの恩人なのだ。
領主の娘、エミリー。
恩人で、恋敵でもあった人。
とてもとても大切な、アイリーンの友人。
一目見て、ユーインが〝彼女〟だとわかった。
姿は全く違えど、魂が同じだと直感的に思った。それはエリク――今世ではアルバートの名を与えられた彼も同じだ。
アイリーンがアルバートにユーインを紹介したとき、アルバートが感極まって彼に抱きついたことは城中の笑い話となっている。
ユーインに思いきり
「ふふ」
「? どうされました、王女殿下」
つい思い出し笑いをしてしまって、聞きつけたユーインが不思議そうな顔をする。
「いえ、少し思い出してしまっただけよ。あなたとアルバートが初めて会ったときのこと」
ユーインの眉間にしわが寄る。なんとも可哀想な話だが、彼はアルバートが苦手らしい。
そして彼には、前世の記憶がない。
「ずっと疑問なのですが、なぜ殿下は彼と親しくしているのです?」
心底わからないといった風情で、ユーインが
彼は素直だ。良い意味でも、悪い意味でも。そこはエミリーと全く同じで、やっぱり魂は同じなんだと実感する。
「なぜと言われても、彼は私の幼馴染よ?」
「ですが、それだけです。幼少の頃は婚約者候補だったらしいですが、それももう外れたと聞いております」
「ええそうね。今はもう違うわね」
子供のとき、それを理由に顔合わせをさせられた二人だったが、実は婚約者というわけではない。
というより、アイリーンに今、婚約者はいない。
年齢的にいてもおかしくないが、諸事情で兄王子の婚約が破棄されたとき、アイリーンの婚約話も白紙に戻っている。王位第一継承者に気を遣った結果だった。
だからおそらく、兄王子の婚約者が決まるまでは、アイリーンの話も進まないだろう。
それにほっとしているような、もどかしいような。
(また彼が他の女性と愛し合うところを見るよりは、先に結婚でもして、彼を遠ざけられたらいいのに)
だから、もし自分の結婚にわがままを聞いてもらえるなら、本当は他国に嫁ぎたいと思っている。そうすれば、彼も気安く訪ねてくることは叶わない。
何よりも、自分の視界から物理的に彼を追い出すことができるから。
(本当は、別に今だって、遠ざけようと思えば遠ざけられるのにね)
なにせアイリーンは王女で、アルバートよりも身分が高い。
だからユーインも、あんな疑問を口にしたのだろう。――なぜ、彼と親しくしているのです? と。
アルバートが気安く登城できるのは、アイリーンが許しているからだ。
自分でも気づいているこの矛盾を、口で説明することは難しい。
ただそれは、たったひと言に置き換えることもできてしまう。
〝彼に、恋をしているから〟
好きだから、他の女性を想う彼を見たくなくて。
でも好きだから、少しでも一緒にいたいと思ってしまう。
離れたいのに、離れたくない。
おかしな矛盾。
「……大丈夫よ、ユーイン。あなたはきっと、婚約者でもない男性と仲良くしていると、私の評判に傷がつくと心配してくれているのよね? でも大丈夫。節度は守るわ」
少し納得のいかない顔をするが、ユーインはすぐに表情を切り替えた。
「わかりました。全ては、王女殿下の御心のままに」
彼がアイリーンの手を取る。忠誠を示すためか、その手にキスを落とした。
生真面目な彼は、よくこうして己の忠誠心を示してくれる。そんなところもエミリーと一緒だった。彼女もまた、当時の貴族にしては珍しいほど、真面目で一直線な性格だったから。
苦笑していると、侍女が客を連れてきた。
アルバートだ。
「アイリーン聞いて――って何してんの!?」
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