【Web版】転生王女は幼馴染の溺愛包囲網から逃げ出したい 〜前世で振られたのは私よね!?〜

蓮水 涼

第0章 運命は良くも悪くも狂うもの

第1話 転生


 ある寒い日のことだった。

 雪は降るし、風は殴るように吹いていて、正直、外には出たくない空模様。

 それでも暴力的すぎる真っ白な世界を、少女と少年は必死に進んだ。固く手を握って。わずかな体温を分け合うように。

 なによりも、決して離れないように。


「ねぇ、こっちであってるよね?」

「あってる」

「でも、何も見えないよ」

「大丈夫。絶対、大丈夫。だから早く薬買って、ホームに戻ろう」

「そうね。早くジーンに薬を買ってあげなきゃ」


 頷いて、二人は互いの手を強く握り直した。

 しかし不幸だったのは、やっとの思いでたどり着いた薬屋が、この吹雪のせいでやっていなかったことだった。

 どれだけ店の扉を叩いても、人の気配すらしない。孤児院で待つ三歳のジーンが、今も風邪で苦しんでいるというのに。


 このやるせなさに、少年の心が先に折れた。実は彼自身も、最近流行っている風邪の予兆を見せていて、本当なら孤児院で待つべき体調だったのだ。

 それでも少女を心配して、彼は一緒に来てくれた。少女はそれが嬉しかった。

 けれど。


「エリク、しっかりして、エリク!」


 彼の身体が熱い。冷たい外気に晒されたとは思えないほど、異常な熱を持っている。

 やっぱり頼ってはいけなかったのだ。


「エリク……っ」


 倒れた彼をなんとか背負う。ただでさえ不明瞭な視界が、涙でさらに悪くなる。

 一歩一歩、背中の重みに倒れないように、しっかりと雪の積もった地面を踏みしめた。

 やがて少女の限界が来ると、彼女の動きが鈍くなる。


「だ、れか……」

 ――たすけて。


 声にならなかった懇願を、しかし、拾い上げてくれた人がいた。


「大丈夫ですか!?」


 天使が――吹き叫ぶ雪よりも真っ白な天使が、舞い降りてきてくれたと思った。

 それを最後に、少女は意識を手放した。




 あの日、少女と少年を助けてくれたのは、その地の領主の娘だった。

 よく孤児院に慰問に来てくれる彼女のことを、彼らもよく知っていた。そして彼女は、ぼろぼろの孤児院が心配で、吹雪のなか様子を見に来てくれたという。そこで二人のことを聞いて、捜してくれていたのだと。


 それから数年。少女と少年は騎士になった。領主の屋敷で。彼女に恩を返すために。

 しかし少女が驚いたのは、そうして月日を過ごす内に、少年と彼女が恋仲になったことだ。


 大切な二人が幸せそうな姿を見て、少女も頬を緩ませる――――胸に突き刺さる痛みには、そっと見ないふりをして。


 穏やかな日々だった。幸せな日々だった。

 隣国から、戦争を仕掛けられるまでは――。





 これは、よくある恋物語。

 身分違いの二人は、戦という死神に引き裂かれ、少年は愛する彼女を置いて戦地に赴く。

 絶対に帰ってくるからと、少年は約束するけれど。

 しかし、彼女は二人の終わりを悟ったのだろう。仄かに笑みを浮かべると、


『たとえ何があっても、私はずっと、ずっと、あなたを愛しています。あなたを信じて待っています』

 

 そう言って、彼を送り出したのだった。






「――そ・れ・が! なぁーんでこんなことになってんの!?」


 亜麻色の髪を乱して、上等な身なりの青年が言う。

 追求された女のほうは、今ではもう見慣れたグリーンスフェーンの瞳を見返して、ずばりと答えた。


「知らないわよ。そういうことは私に訊かないで、本人に訊いてみれば? 〝なんで君はに生まれ変わっちゃったの?〟って」

「訊けるわけないだろ!」


 気安い会話を交わす二人は、ラドニア王国第一王女と、オルドリッジ侯爵子息。

 何の因果か、前世で親友だった二人は、今世で幼馴染となっていた。


(こういうのを腐れ縁って言うのね)


 アイリーンはため息をつく。

 目の前で吠えているのは、前世で失恋した男だ。全く嬉しくないことに、自分も、そして彼も、なぜか前世の記憶を持って生まれた。

 幼い頃、婚約者候補として顔を合わせた瞬間、互いに理解したのだ。


 彼は、彼女は、前世の親友だと。


 共に孤児院で育ち、共に散った、大切な親友。

 そして、互いに記憶があることを、二人は知った。

 その喜びようといったら尋常じゃなかった。それまで身の内にある記憶は誰とも共有できず、虚しいばかりだったから。


 喜んで、そして彼は、期待した。前世で恋人だった彼女も、もしかして――。

 が、現実はそう甘くない。


「ほんと、笑うわよねー。まさかエミリー様が、男に生まれ変わってるなんて。しかも私の騎士よ。優秀よ」

「知ってるよ! じゃなきゃ君を任せられないからね!」


 その言葉にドキリとする。

 彼は心臓に悪い。たまにそうやって、アイリーンが期待するようなことをさらりと言う。


「エミリー……ああエミリー! そんなに俺との再会が嫌だったのか?」


 こんな泣き言はしょっちゅうで、アイリーンはもう傷つくよりも呆れることが多くなった。

 口元を隠した扇の中で、またため息を吐き出す。


「筋肉のついたエミリーなんてエミリーじゃない! こんな人生、あんまりだ!」


 彼の最後の言葉には、さしものアイリーンも深く頷いた。

 そう、あんまりだ。


 また同じ男に失恋する、わかりきった人生なんて。



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