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フォッシュの立てた作戦案は予知夢のような不気味さを伴って的中し、望み通りの結果をもたらしていった。
まず嬉しい誤算だったけれど、第一波の七百隻の的艦隊はデスパレ大将指揮下の艦隊とすれ違った時点でその半数以上を失っていた。その非力さを補うが如く固まって侵攻して来た残党達に対して、多少の修正こそあれ事前の予定通りの地点へ展開した無人艦隊の二度にもわたる自爆がその目標を達成する。
これらの成り行きを詳細に観測させては自らに報告させていたフォッシュは、啓示とも言うべきネットワークの指示に置かれた帝国艦隊は確かに一見理に適ったような動きを見せているが、どこか柔軟性に欠けているようだ、と述べた。さらに言えば、古くさい、とも。
「セミヌード内のコンピューターで敵艦隊の予測を立ててみると、相手方のロジックはどこか単調だ。無論、下手な人間のそれより遙かに高いレベルの艦隊運用に相違ないのだが、こちらのコンピューターに指示を丸投げしても同規模な戦力ならばおそらくはこちらに軍配が上がる。それくらいの性能差があるらしい。レイヤードに伝わる過去の出来事が事実だとして、その頃に作られた最高精度のテクノロジーでは現代のそれには勝てない」
付け加えるように、俺の根拠のない妄想だから気は抜けないがな、と彼は咳払いした。
フォッシュはこの時点で、セミヌードに搭載されたプログラムらを利用して敵の動き、より正確に言うなら、どのような式によってその艦隊運用の解を導き出しているのか。それをほぼ解明しつつあった。メルクーアすらも含めたクルーらが、自分達の持ち場において観測した敵艦のデータを漏らすことなく報告したために敵の手の内を暴くことを可能にしたらしい。
この場には優秀でない人間など居ないのだ。そう励まされるような気持ちに私はなった。
第二波も危なげなく、と形容するのは過言かも知れないものの何とか撃滅することに成功した。それでも、人間にも艦にも疲労が見え始めるのは確かだった。メルクーアは敵艦の残骸と戦闘前の艦数に漏れがないか照合しながら、
「戦力の逐次投入は敵としては悪手だと思ったけれど、どうもこちらへ休息を与えないつもりねぇ。今から数分後にはいよいよ千隻単位の大艦隊と接触するなんて、正直考えたくもない」
疲労感が漂う彼女の愚痴に一同も同意した。フォッシュも生真面目に着こなしていた群青色の制服の胸元を開けて、
「まさに天王山だよ。どう足掻いてもこの第三波に無人艦を全て活用しなければ勝ちの目はない。今まで堅実な勝負をしていたのに、最後の最後に大きな博打を打つようなものだ。ローリスクハイリターンな勝負が一回くらい俺の人生にもあってくれてもいいと思うが」
それはつまり、次のティンダロスで目標を貫くことが叶わなかった場合、それ以上の戦闘を行うのは絶望的だ、という実質的な敗北条件を述べてもいる。敵の第三波を耐えきりつつ、第二射をセミヌードが放った二十分後には何と残りの帝国艦隊ほぼ全てがこの宙域に殺到する、という観測予測が立てられていた。フォッシュはそのチェックを掛けられた状態に陥っても尚、それを挽回し得るかを模索していたようだったけれど、
「ステルス状態を保ったまま、ラインの地表上空三十キロメートルまで降下するか」
苦々しく大金をベットする決断をフォッシュはした。無論、その選択の意味するところは、掛け金はこの場にいる者達の生命という中々にドラマチックな展開だ。そんな劇的なシーンの到来を誰もが願い下げだったのは言うまでも無いけれど。
フォッシュが口にした高度は地表にティンダロスという鉄槌が打ち下ろされたとき、それが生む衝撃にセミヌードの装甲が耐えうる限界点だった。彼の提案するところは、ティンダロスをより近くからその惑星へ放てば、より確実に目標を破壊できる。そういう子供にも分かる論理。ならば何故、今に至るまでライン中心部の破壊を確実にするその降下に彼が難色を示していたかと言えば、
「問題はリッターを搭載したステルス艦だな。そのたった一隻が見つからないためにこの場から堂々と動けなかったとは屈辱だよ。あぁ、本当に。あの兵器と艦は俺の予定をかき乱してくれやがる。いい加減因縁めいた物を感じてしまう。頼むから妙なジンクスにでもならないでくれよ……」
もはや懇願するような口ぶりだった。かつて自分を拘束する切掛を作った憎き天敵が他の敵艦と同じようにライン上空の宙域に配置されているのではなく、その地表を這い寄るようにこちらへ忍び寄っている可能性が高いとフォッシュは予測していた。
と言うのも、ルーデルのリッターらを搭載したその艦は、施設で起こった暴動の鎮圧のために惑星表層の施設に駐留していたから。そんな彼の予想を裏付けるかのように、何度試算し直してもセミヌードが吐き出す予測確立は七割を切らなかったそう。
「さて、腹を決めたはいいがどうするかな。ラインに派遣されたリッターの総数は二十機。セミヌード一隻で降りるのは論外だが、護衛用に無人艦を下ろすと千隻の艦隊を相手にする起爆量が心許なくなる」
いよいよ掻き毟るように自身の頭を虐め始めたフォッシュ。見かねて私は声を掛ける。
「フォッシュ少将、あのときと比較すればまだ希望はある、とも考えることも出来るからそう自棄にならないで。艦船の装甲を突破し得るリッターの主力武器はレールガンのみ。あれは殆ど技術試験的な装備で大規模な生産はされていないし、結局帝国はリッターが艦隊戦で効力を発揮するような特殊なケースは少ないと判断したために増産計画は頓挫している。事実、私の手元の資料にはそれが今回持ち込まれた、という記録はない、のだけれど」と言ったところで黙ってしまう。
嫌な予感、というやつ。非論理的なこういうのは私の経験上良く当たる。
「何でも良いから話してくれ。怒らないし投げ出しもしない」と、どこか投げやりなフォッシュに、私は確信めいた物を抱きながら私は言う。
「……ビショップ・フォン・ルーデル大佐は、偽物の疑惑が挙げられたゴット・ヘイグ外務長官の依頼を受けてこちらへ合流したと言っていた。あのひとは、いや、彼ならそういう切り札を秘密裏に持ち込んでいても不思議ではない、と思うの」
帝国人の半数以上があの洗脳の影響を受けたのだから、あのルーデルが敵として現れるものと私は覚悟を決めていた。それでも、あんまりだろう、と思う。彼が、もし戦艦すら沈めうる武器を所持していたとしたら。セミヌードの降下時、撃沈される確率は一気に跳ね上がる。フォッシュは画面越しの私を見つめ、根拠はあるのか、と尋ねてきた。
「無い、わね」と苦々しい口調の私に対して、フォッシュは納得したように頷いた。
「女の勘、というやつかな。分かった。あるかどうか分からないが、あるという心積もりで対処することにしよう」
続けて、メルクーアに対して彼は再び尋ねた。
「ティンダロスの装填状況はやはり早められないのか」
「予定より早くもならなければ遅くもならない。雇いの技術者にとっては初めての作業だから、これでも健闘している」
「そうか。なら、この艦を直接護衛する戦力が最低限確保しよう。千隻の大部隊に手一杯だから……せいぜい五隻程度だな。無人艦の五隻を敵リッター機の迎撃のために伴い、着弾予定地に可能な限り近づく。そして、前皇女殿下には」
皆まで言わなくても分かった。私は無言で頷き、もう何度目かも分からない装備点検を始める。
「フリーデを迎撃に出すの」と声だけは冷静を保ったメルクーアに対し、フォッシュは淡々と答えた。
「そうだ。彼女も立派な戦力に違いは無い。幸か不幸か、シミュレーション上とはいえ、彼女の技量は存外馬鹿に出来なかった。発射まで本艦を護衛してもらうぞ。また、ティンダロスが貫通しなかった場合、サブプランをすぐにでも実行に移そう。ライン中心部にリッター単機で突入してもらう。後は、考えたくはないがセミヌードが第二射を発射する前に撃沈した場合は、リッターの装備では岩盤を突破できない。そのときは」
迷わず逃げろ、と言いたかったようだけれどフォッシュは口をつぐんだ。この辺境の惑星からただ一人でどこへ、そしてどうやって逃げれば良いのかしらね。もはや、過剰な言葉による修飾なんて不要だった。勝つか負けるか。生存か死亡。まるで、大自然の食物連鎖に文明の利器の携帯を許されないままに放り込まれたような状態だ。
けれど、過去のひとびとに出来たことが今を生きる私達に出来ないとも限らない、とも私は思う。えぇ、楽観論で結構。過去の私は功利主義者特有の失敗を恐れた生き方をしていたが、それを現在の私は否定する。
そうでない生き方もあると私は学んだのだから。
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