2-7

 無人偵察機のカメラアイが捉えた数万キロ先の映像。そこには、堅い外骨格に覆われた卵のような球体があった。半径十キロメートルとされるそれの表面の所々には亀裂が穿たれ、その隙間から土やら水やら、そして植物らが魔法のポケットみたいに外に放り出されていく。その球体を囲んでいた無人艦隊は、必死に我が身を盾にしてでもその球状の人工物を守るべく、遙か遠方から降り注ぐ光の矢へ身を躍り出す。けれど、その盾を貫通して、帝国艦が放つ弾頭という光が、その球状の植物プラントの外郭を破壊していった。


「一方的ねぇ」


 何の感慨もないようにメルクーアはそう言った。件の新造艦の艦橋。名称すら未だ持たなければ、道中をテスト航海と処女航海としたそれの艦長席に彼女は座っていた。私達を乗せたそんな頼りがいがあるのか無いのか怪しい艦は、外部から観察すると塗装を後回しにしたために無機質な地肌が露わになっている。そんな見た目からセミヌードとからかわれ、それが近頃では通称となりかけていた。メルクーアはその進路を事細かに指示をしつつ、使い捨てとなる無人の護衛艦の統率にも口を挟んでいた。そんな軍人顔負けの指示を出す女性の背丈が私よりも低く、その顔立ちは幼いのだから、どこか自分の見ている光景が非現実的に思えた。


 私はそんな彼女の背後に控えていて、集音マイク兼イヤホンであるデバイスを耳に付けて自分の仕事に備えていた。普段は脇に控えているフランチェスカは渋々、私たちからやや離れた本来なら通信士の予備の座席に腰を下ろしている。


 映像で繰り広げられるほぼ時差を伴わない戦況では帝国艦隊が優勢だった。防衛側の装甲よりも攻撃側の威力の方が上回っており、ある程度撃ち終えた艦から目的は果たした、と言わんばかりにゆっくりとその攻撃目標を中心に周回し、順次戦場から離脱していく。


 帝国艦隊全体は一列に近い直線上の陣形を敷いており、蛇の頭にあたる先頭集団が短期間の攻撃の後に、それに続く集団が次の頭へと切り替わっていくわけだ。そのさまに、手元のデバイスを盗み見する形で見ているらしいメルクーアは漏らした。


「土台負け戦って分かっていても、せめて装甲艦くらい用意しないと、ねぇ」

「……あ、私に聞いているのですか?随分と大きい独り言だなって思っていました」


  こちらに視線を一切寄越さないので彼女が私に話しかけていると気付くのに一瞬遅れた。我々の周囲だけで秘密裏な会話が出来るように、周囲のクルーに余計な一言が伝わらないよう会話による空気の振動は艦内の各部にある小型のスピーカによって一定区間内で相殺されるようになっていた。だから彼女には私の反応が直接的に届いたらしい。眉をひそめたことでしょうね、こちらからは背中しか見えないけれど、彼女は一瞬だけ機嫌を悪くしたように見えた。彼女はこちらへ視線だけ寄越しつつ聞く。


「あの帝国艦の砲塔は、何。護衛艦を貫くだけじゃ飽き足らず、食料プラントの大地、一部はその地層奥深くにまで到達していることが観測されている。威力の割には、砲口が大きいようには見えないし……電磁投射砲?食料プラントだって、デブリなんかの衝突に備えて下手な戦艦よりは強度がある筈なのに。それを貫くなんて、デタラメに過ぎる」

「主砲は、貴女の見立て通りかと。数を揃えるのに骨が折れたでしょうが、手間暇掛けてでも確実にあの施設を破壊するという意思表示なのでしょう。ただ、それだけではあそこまでの破壊力には至りません」

「なら仕掛けは砲塔ではなく……」


 仕掛けを察しているらしい彼女の口ぶりに、鋭いな、と思う。幾らこの協力体勢の間、私達が情報交換をしたと言っても、帝国軍の装備のすべてを彼女が把握している筈ではないのに。私は、映像と自分の記憶を照合して、これだろうという答えを提示する。


「私が知る限り、人類統一連合軍で似たような弾頭がないので説明しがたいのですが……強いて言えば矢、ですかね」

「何かの暗喩とかではなくて、弓につがえる矢、という意味で言っているの?」


 えぇ、と私は首肯した。


 おそらく、帝国が攻撃に使用した弾頭は、通常の艦隊戦で用いられるような徹甲弾らと一線を画する形状を持つ矢状弾頭だ。それには、ティンダロスという何かしらの神話に因んだらしい通称が付けられていた。構造自体は酷くシンプルで、手始めに通常弾頭を数倍の長さに引き延ばす。そうすると、構造上もろくなる反面、砲口をそのままのサイズに保ちつつ炸薬の量を増やすことが出来る。さらに、一つの砲弾内部で炸薬、そしてそれを包む弾頭を交互に配置する。それは、まるで動力を直列つなぎに配置した回路のように、メインとなる芯部に二次、三次と加速を与える役割を果たす。私は彼女に、主に皇女となる以前に仕入れた軍事知識を記憶という引き出しから見つけつつ、説明を続ける。


「弾頭の中心部には全長約百メートルの超硬芯部が存在します。構造上は、そうですね。硬芯徹甲弾とか高速徹甲弾と同様に考えて頂ければ差し支えません。帝国特有の技術という観点に絞れば、といっても私は専門家ではないので知識に自信は無いのですが、ウルツァイト窒化ホウ素を使用して実用に耐えうる強度を確保した、という点が人類統一連合諸国の勢力の目には特異に映るでしょうね」

「ウルツァ……ウルツ鉱窒化ホウ素か」と彼女は手元のデバイスで何やら追加の指示を各所へ送信しつつ、「帝国は何ともマイナーな物質を工業利用したわねぇ。でも、単純な硬度の高さに加えて、射出時の高温高圧下において、結晶構造の変化で応力集中が緩和される性質を利用するのは、中々に利に適ってはいる。まぁ、人類統一連合諸国側ではそもそも軍事利用すらされてはいない、私の知る限りだけれど。天然にポンポン手にはいるでもないし、人工でも安定して作る技術はウチには無かったと思う」

「本来は採掘作業に用いるのが一般的なのですがね。コストだって常時運用するには高い。敵艦を破壊するのではなく、敵対勢力の施設をその地盤ごと破壊するような戦略兵器といった位置づけのものです」と私は補足した。それを聞いて彼女は、

「帝国側は攻撃対象を集中的かつ確実に破壊する気なのねぇ。戦場において目先の敵を倒しても、あまり人類統一連合諸国には直接的な被害はない。だからこそ、その経済に影響を与えるような施設を優先的に叩く、と。それにしても、帝国の内部情勢は人類統一連合諸国との接触以前にはある程度は落ち着いていたのよねぇ?短期間で量産出来そうもないのに、何故あんな物騒なものを持ち歩いているのかしらねぇ、貴女の国は」


 疑問半分、皮肉半分のその質問の回答は、私自身にも密接に関係する話だったので、私は一瞬言葉に詰まった。けれど、打算があるとは言え、協力関係にある目の前の女性に隠し立てでもして、少しでも悪感情を抱かれるのも問題だ。彼女らレイヤード商会の手助けがなければ、私やそれに付き従ってくれる人々がどうなっていたか。想像するのは余りにも容易。自分のプライドだとか引け目からはぐらかすのは無責任だと感じた。だから私は彼女の質問に答えた。都合の悪いことを隠さずに。


「あれは……ご覧の通り外周上から地表への攻撃を想定した兵器です。貴女は時々、人類統一連合諸国に比較して、帝国は一枚岩と語りますけれど、現実はそうではありません。帝国の歴史上、他者に卑下され、専制君主という制度自体に反感を持つ勢力というのは少なくはないのです。そして、往々にしてそれは、帝国都市部から離れた僻地だとか、はたまた本国から隔離されたような宙域に独自の宿り木を形成するケースが多い」

「成程ねぇ。帝国を治める人間達には、そういった連中と話が拗れれば問題無用で相手を焼き尽くすほどの破壊力が必要だったと。あんなモノを数揃えられるってことが、それだけ国家中枢への反抗の規模と頻度を物語っている。さすがに自国のこととなるとお詳しいわねぇ、皇女殿下」

「そういうひとびとを喜んで弾圧するのが、私のかつての日常でしたから」


 言うなれば、私という人間の過激な、そしてあまり公的には綺麗とは言いがたい負の一面の告白だった。


 反抗する側には、それだけの理由があったのでしょう。生まれ落ちてのハンデだとか、何の罪もないのに不当に他者や社会に見下される。そういう立場のひとびとの存在は、政府に対する不満のはけ口を逸らすデコイとして黙認される傾向にあった。そんな中で、同じ集団に属する仲間や家族のために、勇気を振り絞っても反抗したひとは決して少なくなかったのだろうと思う。彼らだって、幸福になる権利はあっただろう、とも。


 過去の私も、彼らのことを喜んで犠牲にした。一つは国家の地上のため、もう一つは、母さんの仇討ちなんて言う私怨。そういう人達の必死さを、踏み台にするのを使命とか理想だとか。そういう口当たりの良い綺麗事で意図的に見えなくして私は生きてきた。表面上は、皇女となってからの私はそういった低階層のひとびとへの福祉的な政策を敷いた。フォーアライターという自分を含めた権力者の華美な贅を押さえることで財源を得て、だ。生まれながらの支配階層の人間には憎まれたけれど、その恩恵を与えられる者や一般的な道徳を備えたひとびとからは称賛された。


 実際には、低階層のひとびとの生活は、多少良くなっただけで、一般的な水準にはお世辞には近いとは言えないのに。たったそれだけのことで、彼らの大抵の不満はなりを潜め、暴力的な反抗を行う勢力を弾圧する大義名分となったのだった。私は、そういった自分の恥部について、一通り話した。


「へぇ。貴女、育ちが良いだけのお嬢様ではないのね」


 けれど、メルクーアは特別な反応は見せなかった。意外だった。むしろ、メルクーアの背中は、こちらへの態度をやや軟化させたような気さえした。背中越しに彼女の声が私に届けられる。


「何か後ろめたいことの一つや二つはあるだろうな、とは思っていたけれどねぇ」

「幻滅されたとしたら、正直困りますね。私だけなら兎も角、帝国の騎士や私の可愛い侍女を貴女に見放されては死んでも死にきれません」


 私がそう口にすると鼻で笑われた。


「ふふっ。私が貴女に空想上の純粋無垢なヒロインのような立ち振る舞いを要求していたとでも……。まさか。その逆よ。寧ろ今では安心すらしている。だって、貴女みたいな女性が、それこそケチも付けられないような聖女だったら、それこそ自分が嫌になってこの艦から追い出したくなる」

「清廉潔白な人間は、お嫌いですか」

「嫌いよ。そういう人間は高尚な理想だの夢だの何だのに目が眩んで精神が停滞しているんじゃないかとさえ思う。長ったるしい勝手な設定事項を自分の中で積み重ねて、他人にも素晴らしいことだろうって言い聞かせているだけなんだから。この世界を牛耳っているのはそこまで特別じゃない、汚い人間の集合体なのに。そして、そういう奴に限って、汚いものを見ないで、自分だけ綺麗な場所に立っている」


 内容の過激さに対してその声は柔らかい印象だった。彼女は雑談だけど、と前置きして言う。


「人間は、基本汚い生き物だと私は思っている。例えば、ほんの気まぐれで生命なんてモノに特別な価値を見いだして尊んだりしてみせるのだけれど、本質的に我々は他の何かを多少なりとも犠牲にしなければそもそも自分という存在を維持できないじゃないの。物理的にも、そして精神的にも、ね。別に性悪説を気取って自分が賢いとか、ちょっとばかり周囲の人間とは私違うのよ、何て喧伝したいわけではない。ましてや、私という人間が人間嫌いという趣味を持つわけでもない。ただ、私は根本的に人間っていうモノを神格化する趣味はないっていうごく単純で有り触れた話。だから、貴女も多少は自分の汚さなんてものを、完全に漂白する必要は無いんじゃないかしら」


 もしかして、私は彼女に気に入られて、だから慰めの言葉をもらったのかしら。そう問うとして、止めた。彼女の背中を見ていて、逐一言葉にすることが無粋に思えたから。


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