1-5

 フォッシュとそ上司による奇妙な会話劇から五日後、再び二つの国家の火蓋は切って落とされた。無論、以前のそれを上回る規模で、だ。


 開戦前に間に合わせ、フォッシュらの下には一万もの援軍が本国から到着した。それは本国の、いや、政府を牛耳る権力者達の、徹底抗戦して資源惑星ラインを帝国から守り切れ、という意思表示なのだろうと思われる。だが、生憎二十代で少将までになれたフォッスは、出世は当分は不要と思っていた。だから、何らためらいもなく、命惜しさに尻尾を巻いて逃げ帰ることに決めた。だから、本来は一戦も交えず本国へ帰還してしまうのが彼にとっての理想だった。


 しかし、帰る気満々の彼らに対し、後から来た増援は、お手本のように国家に忠誠を誓った勇敢なる兵士達だった。ゴット・ヘイグ提督が政治家タイプなら、新たにやってきた第六艦隊を率いるデスパレ・ジルベルスタイン大将は、五十代前半の武人だった。数々の激戦、とはいえ主に格下の相手に勝つべくして勝つだけだったわけはあるものの、それでも存分な実績と実力を備えた猛将。デスパレ大将は拳を握り、体全体に怒気を漲らせて臨時の会議室となったラーンスロットの艦橋で熱弁した。


「敵は多いといえど、こちらは栄えある人類統一連合艦隊だぞ。出血の憂いがない分、腰の引けた帝国より堂々たる戦いが出来るではないか。もはや、撤退の二文字は我らにはないぞ」

「そうはおっしゃますが」と窘めるようにフォッシュが言う。「敵方の戦力、および練度は未知数です。それにこの周辺は敵国のテリトリーといっても過言ではない。持久戦になった場合、こちらの補給線が持ちません」

「情報戦においては相手も似たような条件だ。君は、互いに不慣れな状況だからこそ思い切った行動によって流れを得るべきだとは思わないか。具体的には、危険を負っても短期決戦を挑むべきではないかね、フォッシュ少将。こちらの大多数が無人艦隊であるという種は、当てにとっても明らかになっている頃合いだ。ならば、相手は有人艦である我々を直接的に狙う。これが何を意味するかと言えば、我々がリスクを背負った分、相手の行動を制限し誘導することが出来るということだ。有人艦を囮とした包囲を敷き、こちらが喉笛を噛み切られる前に敵の息の根を仕留める、等という戦い方も出来るわけだ」


 そうか、そんなに戦いたいか。なら、お前達一万隻で勝手にやっていろ。フォッシュはそんな熱い演説とそれに従い戦意を向上させる部下達を前に、そんな本心を何とか飲み込んだ。デスパレ大将率いる第六艦隊はその七割を有人艦にした、人類統一連合諸国内では、特殊な性質の集団であったらしい。人間の数だけなら、先乗りしていたフォッシュら三万の艦隊にいる人員を上回る。


 例え、この一戦で戦術的勝利を収めたとして、その次はどうするんだ、と叫びたくなるフォッシュ。何度もフォッシュはフレンチ・アップルガース准将に助けを求め視線を向けた。だが、後輩は先輩の援護要請には肩をすくめて見せただけだった。本来、この場で最も権力を、それこそ流れとも言うべきものを握っていそうなゴット提督はただ一言、


「我が優秀な参謀の意見を第一とする」


 そう語って、デスパレ大将とそれ以上言葉を交わさなかった。


 今まで、人類統一連合艦隊の出兵は戦術的勝利と戦略的、政治的勝利とは同意だった。基本的に彼らの軍事行動は同格の者同士がぶつかることがなく、自分達より絶対数が劣る、しかも有人の兵器を安全な場所から破壊するような類いの戦闘。しかし、今回は違う。この防衛戦に成功すれば、辺境の惑星の小競り合いが、帝国という彼らにとっては道の大勢力との全面衝突に発展する可能性がある。故に、フォッシュは互いの損害を最小限にしつつ、再び両国が話し合いというテーブルに着くことを望んでいたのだった。



 畢竟、彼らはどうしたか。どうにもならなかった。無駄にその場に踏みとどまり戦う姿勢を示すことになった。その結果、戦闘開始から十時間ほどで彼らの駆逐艦と巡洋艦の大多数は宇宙空間に大量のデブリを生産するのに貢献したのだった。


 第二次資源惑星防衛戦という名の撤退戦が開始してさらに二日目。戦況は正直芳しくはなかったが、幸い彼らに人的被害は未だ出ていなかった。それでも想定していた倍以上の国家予算の鉄塊が宇宙の藻屑となっていた。モニター内で減り続ける数字を見つめていたフレンチ・アップルガースは、スポーツ観戦でもしているかのように言った。


「想定以上の腕前ですなぁ、帝国は」

「笑うな、フレンチ准将。機械とは言え味方が沈んでいるんだぞ」


 戦艦ラーンスロットの艦橋。戦術モニターを前にして彼は、背後からの野次と前線で無用な消耗を続ける味方の両方に舌打ちをしたい気分になった。本格的な戦闘に入って、一見理にかなったように思える無人艦隊の意外な弱点が露見することになった。フレンチ曰く、「いくら基本運動を機械が手前勝手に取れるにしても、今回みたいな未曾有宇の大規模戦となれば戦術単位の指揮を執れる人間が少な過ぎますぜ」

後輩の意見に彼も同意せざるを得なかったらしい。


 帝国のようなだ規模名有人艦隊の利点、それを強いてあげるのなら前線の将が無数に存在することだった。現場での独自判断による対応は、全体への統一性は無人のそれに及ばない筈だった。しかし、裏を返せば縦横無尽のパターンを、戦場の各所で行う敵にフォッシュらは少人数で分担して対応せねばならない。現在進行形で飛び交う情報の奔流に流されまいと複数の指揮官とその指示に対応する電子オペレーター達。しかし、その処理能力を帝国側の攻撃速度は上回っていた。


「て、提督に報告です」とオペレーターの一人がうわずった声を上げる。

「参謀、聞いてやれ」


 専用の座席から微動だにせずゴット・ヘイグ提督は、全面的にフォッシュを信頼していた。世間一般では、それを丸投げというのだが。なんだ、とフォッシュはオペレーターに不機嫌を隠そうとせずに聞き返した。


「第六艦隊からの援護要請です。半ば孤立し、包囲されつつあります」

「はっはっは、いい気味だな。猪武者か、デスパレ大将は」

どうも、武官と反りが合わないらしい政治家大将はご機嫌のご様子だった。一瞬、第六艦隊を見捨てるべきか、と脳裏に浮かぶがそれは出来ないと即座にフォッシュは却下する。 無数の無人艦が沈むより、有人艦が一隻沈むことの方が、彼らの国家的なダメージは遙かに上だったからだ。フォッシュは吐き捨てるように指示した。

「後方の余剰戦力三千隻分を第六艦隊にくれてやれ」

「そ、そんなに。よろしいのですか?」

「本来、無傷で持ち帰る気だったが……。人命には変えられない」

「その心は、参謀。正直に申せ」


 彼は人道主義の立場をとって見せたが、それが建前に過ぎないことをゴット・ヘイグ提督はすかさず見抜いた。そういう他人の、後ろめたいことに対する嗅覚が反応せずにはいられない人間なのだろう。別に偽る必要も感じなかったのか、フォッシュは正直に申した。


「連中に死なれるくらいなら、粗大ゴミを大量に出した方が社会的損失はマシでしょう。それに、そろそろ無事に帰れるかどうか雲行きが怪しくなってきました」

「遊兵を作る余裕もなくなってきた訳ですからねぇ」

一部の艦隊移動を補佐するフレンチ・アップルガース准将の気の抜けた言葉に、悪代官じみた大将殿も頷いた。無人艦が多くなった弊害は、現場の危機感の欠如にもある、とフォッシュは本気で思った。そんな緩んだ空気は、刹那、オペレーターの狂乱寸前の声を切掛に崩壊した。

「付近に数百隻規模の敵艦が突如出現しました!モニターに映します」

提督前に置かれた戦況モニターの大部分に、何らかの艦のカメラが捉えた映像が映し出される。突如現れた無数の漆黒の艦隊に、あのフレンチもうめく。

「後方一万キロ?目と鼻の先じゃないか。なんで今まで気がつかなかったんだ」

「ステルス艦かと思われます」


 担当したオペレーターが、資料ファイルを隣に表示させる。


 深淵の宇宙に潜むようにして現れた数千規模のその軍団は、どれも重巡洋艦や戦艦のような重量級の艦ではなかった。そのすべてが、全長が数百メートル以内の、駆逐艦クラス(デストロイヤー)だった。通常のそれと違うのは、推進用のノズルがコストを引き換えに三次元的かつ熱量を逃がさないような構造であること。そして、赤外線やレーダー派を悉く欺く特殊塗料が独特な生物的で鋭利なフォルムを包み込んでいた。


「立体的な紡錘陣形を取っているな。突撃してくるようだぞ」


 戦術のイロハくらいは知るらしい高みの見物を決め込んだゴット・ヘイグが他人事のようにつぶやく。下手をすれば艦内で最も冷静。ある程度離れしたフォッシュらですら冷たい予感に不快感がある。やはり相手は生身の人間を直接狙って来た。彼は艦隊陣形から迸る殺気を察知した。だが、彼らにとって有人艦を狙った攻撃は、想定していた事態の一つにしか過ぎないわけで対策済みではあったが。


「無人艦隊に戦術コードを。F42を使え」


 すぐ様電子オペレーターが実行に移す。事前に設定しておいたパターンに従って、旗艦ラーンスロット周辺の約二万の無人艦隊が高速ターンを行いながらも、敵に対して凹型の陣形を全体で形作っていく。生身の人間では、技術的にはもちろん、体に掛かる負担により不可能な回頭だった。抑揚に提督がフォッシュに聞く。


「相手の突進を受け止める気かね」

「数はこちらが勝っていますからね。包囲殲滅で対処出来る筈です」

 彼の言葉通り、その帝国艦隊は彼らの艦隊に包囲された。敵の突進の威力を吸収しつつ、フォッシュらは誘導装置が敵艦に対して効果が薄いために、各艦のレーザー照射を行った。激しい暴力に包まれる帝国艦を見つめていたフレンチが愚痴のように漏らす。

「うむ、これはあまり気持ちのいい物じゃありませんね。どうです。いっそのこと、目の前の艦隊に降伏勧告を形だけでも出すべきじゃありませんか、先輩殿」

「……そうだな。フレンチ、電報を打ってくれ」


 フォッシュは後輩の提案に乗った。自分の判断に不快感を抱くとともに、目の前の艦隊の指揮官に怒りすら感じていた。確かに、帝国にも面子はある。それは分かる。だが、こちらと違って向こうの出血を考えれば一か八かの捨て駒戦法など取るべきではないのだと。


 降伏勧告を行って、包囲攻撃が止んでから三十分経過したとき。本来なら、敵艦のほとんどが、少なくとも半数が轟沈ないしは大破していてもおかしくはないはずの頃合い。結局、帝国側から彼らに何の返答も帰ってこなかった。映像では、敵艦の残骸やら、過度のレーザー干渉による発光やらで艦隊の姿は確認しきれなくなっていた。戦術コンピューターの吐き出す数字が彼らにとって、この瞬間の判断材料なのだが、


「待て、なんだこの観測結果は」


 思わず、フォッシュは呟いた。攻撃前に六千三百一隻とコンピューターは処理していたが、その内実際に被害を受けたのは、機械の観測を信じるならばわずか数百隻ほどだった。

「誤報ですかね。この様子じゃあ肉眼でも分かりませんし」

「だが、複数の観測結果からコンピューターは計測している筈だぞ」


 艦橋に正体不明な不安感が充満するのとは対照的に光の霧が晴れ始めた。そして、霧を引き裂いて再び敵艦隊が姿を現した。ほとんど無傷の姿で。一切の容赦の無い砲撃を浴びせ続けられていたのが嘘のように、再びフォッシュら有人艦隊に突進を敢行した。


「砲撃できる艦は砲撃を再開。最悪、無人艦を盾にしろ。食いつかれるぞ」

指示しながら、自分達がもはや敵の間合いに入ったことをフォッシュは直感していた。いくつかの無人艦が散発的に砲撃を再開するが、それは徒労に終わった。帝国艦の滑らかな漆黒の装甲に悉くレーザーを屈折させるようにして弾き、非生物的な集団は不気味な美しさを醸し出している。それどころか、フォッシュらが率いる大多数の艦は、先ほどまでの過度な全力斉射でその砲身がオーバーヒートを起こしていた。ラーンスロットから敵艦隊の先頭集団への距離は二千キロを切った。そのときになって初めてフォッシュは、モニターでズームされたその艦の形状に感じる違和感を具体化できた。

「武装を積んでいないのか?」


 その艦隊は言うなれば非武装の集団だった。それらの艦は一切反撃することなく直進を続け、双方の距離がついに千を下回る。特攻のつもりか。フォッシュが捨て身の戦法を疑ったとき、目の前の艦隊の変化が、変形が、彼らを余計に困惑させた。


 それまでビームを相殺し、妖しい光を反射していた装甲がせり上がっていく。果物の表面をナイフで削っていくように、滑らかに表面装甲がスライドし、その内部が露わになる。そこにはグロテスクな生物の臓器などが収まっているわけではなかった。いや、むしろそれ以上に不可解なものが無数にその腹の内に納められていた。


 フレンチが常時のペースを乱すことを避けながらも、さすがに警戒心を隠さずに言う。


「全く、何時から彼達は映画の世界の住人になっちまったんですか」

「そうだとしたら、さしずめ未知のテクノロジーを持つ異星人と戦うスペースヒーローってところか。低年齢向けすぎて彼の趣味に合わん」


 フォッシュの軽口もまた、口を動かしていなければ思考が停止するのを恐れた反射行動なのかもしれない。ゴット提督もまた、表情には出さなかったものの僅かに座り直した。その場に窒息しそうなまでに冷たい予感が溢れていた。


 全長約十メートル強の人型機動兵器。彼らにとって名称すら定かでない機械仕掛けの騎士達がステルス艦から射出されると、猛然と彼らの艦隊に襲いかかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る