第10話 整理整頓?

 龍太は、常に東祐希の事、環境の事を考えていた。

仕事中、休憩中、食事中、入浴中、夢の中、四六時中あの日以来、脳内シナプスの微弱な電気信号は、ほぼそれらに奪われた。光野龍太という人格を真っ向から否定されてから半年間、徐々にではあるが日に日にそれらに対する電流量が増していった。

ある時は熱量が増し何度も龍太を悩ませ苦しめた。また、ある時は新たなる道へと誘った。

「社長。顔色悪いですよ。何処か体を壊されたんですか?最近は何だか別人見たいです。」と少し心配そうに征雄が言った。

「そうかもしれない、、、。自分でもどうかしてると思っている。とんでもない病気に掛かってしまったようだ。それも強力で厄介な奴に、、、。」と言って吸っていた煙草を吸い殻が山積みされた灰皿に押し消した。

「病院で診て貰ったんですか?」と心配そうに征雄が言った。

「死ぬような病気でもない。心配するな。あーそれと、今日はこの辺で作業を終えて、持ち場の整理整頓をしてから上がってくれ。」

「整理整頓???」

「あー。こんなに工具が散らかっていたら作業効率が悪いからな。それに来週の水曜、また経過視察に来るから前日全員で半日かけて掃除をする。」

「来週の火曜日は、半日掛けて全員で掃除???」と征雄は聞きなれない言葉を復唱し、頭の中で何度も反芻した。

「何か問題でも?それとも、また二人で徹夜して掃除でも?」

「社長!病院へ行って精密検査を受けて下さい。頭の中、どうかしてますよ!きっと!」と真顔で征雄は言った。

「あー分かったよ。そのうちな。じゃー悪いが体調不良で先に上がらせて貰うかな。お疲れ、、、。」と半笑しながら龍太は足早に会社を後にした。

 龍太の想いは、言葉になり、そして行動となって現れた。今までの行いは、すべて間違っているのか?と思う度、引き潮が大きい分大きな大きな波となって、龍太に何度も何度も押し寄せては消えて行った。龍太の半色に染まった心は、無限ループの様、何度も押し寄せる波に浸食され、月日という時間軸によって浄化していった。

 少しずつ光が戻る。幼少期、父の整備工場を手伝っていた頃の様に。生き甲斐に満ちた日々とまでとは程遠いが、向こう側では双葉が力強く龍太の心にしっかりと根を下ろしていた。限られた光の中で双葉から本葉が芽を出し、赤子が母乳を欲するように本葉も光を欲していた。

 帰宅した龍太は面倒な家事を手早く済ませ、熱い湯の張った浴槽に身を沈めた。自ずと会社の事、環境の事が脳内に浮かんで来た。

 「もし、汚れにくい作業環境なら作業効率は上がるはず。面倒な清掃時間や回数が減るはずだ。明日、みんなに言って作業方法や手順を一から考え直して貰おう。結果として、処理台数が増えれば会社としても良いし、時間短縮になれば早く退社出来る訳だから、社員達にとっても良い。実に笑える話だ。半年前、あの講演を聞いてから徐々に変わって行くのが自分でも良く解る。人として、人間として人類として、いや、、、生命としてどの様にして生きて行かなければならないのか?と言う事を深く考えさせられた。全く、今まで俺は何を考えて生きて来たんだ。今思えば恥ずかしくなってくる。もう一度、東と言う女性に会ってみたい。」と龍太は思う。

 湯舟から上がった龍太は、冷蔵庫からお気に入りのヴァイツェンビアを取り出し一口飲んだ。カシューナッツ入りの袋菓子をつまみながらパソコンに電源を入れ、東祐希について調べていた。検索するとトップに出て来る程、環境保全活動家としては超が付くほど有名らしい。ポリグロットであり、どの国、どの講演に行っても聴衆は、彼女に執り付かれる様だとの記述があった。勤務先の財団法人環境保全ネットワークスの上司や部下からの信頼は厚く、環境保全に対しては、自身の信義則に反する事は到底容認する事は出来ず、会議では口論になる事も屡々だとか、、。○○県今刈群今見島出身、三十八歳、少女時代、今見事件の被害者となり喘息を発症させる。

環境汚染事件の解明に尽力する祖父を始め、家族や島民の訴えている姿を後ろから見守っていた。大学進学を機に東京に上京。卒業後は、現職に至る。との記述があった。そう言えば、講演で喘息を患っていると言っていた事を思い出した。この事件は、自動車から出るシュレッダーダストを不当不法に膨大な量を処分(埋め立て、焼却)していた事件、行政と業者の癒着も問題化した。不法埋め立て処分量、推定50万トンを大きく上回る91万トンもの産業廃棄物が埋められ、環境汚染問題が深刻化した。との記述が追加されていた。マップの航空写真画像では、断片的ではあるが刃物でそぎ取られたように深く爪痕を残していた。突き出た岬をまな板に載せ、力一杯出刃包丁を振り下ろした跡みたいな投棄採掘場が見えた。

龍太は、一連の記事を読み終えると深呼吸しながらパソコンの電源を落とした。自然な程、酸素と共に環境のこと、東祐希のことがすんなりと肺の中に溶け込み龍太の一部となって循環していた。時計に目を向けると日付が変わっていた。興奮する脳みその手綱を引き寄せベッドに潜り込んだ。

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