第9話 只の観光客です。

そして、ある日、、、。

 学校帰り、祐希はいつもの様に岬の先端で寝ころび、橙色に染まった沖つ波を眺めていた。

祐希は、女子高生に憧れていた。いわゆるJKと言う者に。しかしながら、田舎のJKではダメらしい。都会で学校帰り、ショッピングやファミレス、カラオケ、プリクラに立ち寄ってから帰宅するのが今のところの夢のようだ。ティーンズ雑誌をいつもカバンに忍ばせていた。都会暮らしに憧れを抱くのも無理もない。この島にはないモノばかりだからだ。逆に都会に住んでいる人にとって、田舎は魅力的なのだ。推し量ろうとするモノサシが極端に少ない。実に人間と言うモノは驚くほど滑稽だ。無いモノを欲する意思は、気高く美しい。また、時として惑わし、混乱の世を創る。実に興味深いイキモノだ。と、沈みだした茜が思う。

 暖かい生命の源が水平線に溶け込み始める頃、祐希はいつも帰宅する頃合いだった。起き上がり、ズボンを払った。雑誌を閉まってから帰ろうとした時、草むらを抜け見知らぬ女性がこちらにやって来た。女性は50代半ば、白髪交じりの髪の毛、色黒の肌、眼尻には皺が伸び、身なりも何故かよそよそしかった。靴のかかと部分は踏み癖が付いていた。そして、顔を歪めながら近づきこう言った。

「おめーの爺さんに言っとけ!署名運動なんかしようたら、こっちさーいい迷惑なんじゃ!」と言いながら祐希の肩をど突いた。祐希は突然のことで急に怖くなり、一歩、また一歩と後ずさりをする。なんでこのおばさんは私の事、お爺ちゃんの事を知っているのか疑問であったが恐怖のあまり、その疑問も直ぐにどこかに消え去ってしまった。いきなり凄い剣幕でまくし立てる女性に殺意を感じずにはいられない。その女性は更に肩をど突いて来る。祐希は、足を滑らせ崖から転落しそうになる。すると何処からともなく若い男性が現れ、崖に落ちそうになった祐希の腕を掴んだ。

「おばさん、そのまま押し続けるとこの子、本当に落ちちゃうよ。」と冷静な態度と言葉で女性を一瞬たじろませた。

「おめーは誰じゃ?どっから湧いて来よったんじゃ!お前には、関係なかろう!」と興奮冷めやらぬ女性が言った。

「直接的には関係ないけど、祐希ちゃんは将来、大人になって都会でバリバリ働いて貰わないと僕も困るけど、全人類が困ることになる。それにおばさん、あのまま突き落としていたら傷害、若しくは殺人犯として行政許可を取り消される前に監獄行だよ。」と事実を客観的に言葉として起こした。

「おめー、何者じゃ?県庁の回し者か?」と我に返った女性が言った。

若い男性がこう言った。「ただの通りすがりの観光客です。」

「この事、他の奴にばらしたら、おめーもガキも崖から突き落としてやるけーのー覚えとけ!」と言って思い出した様に鬼は腹を立てて帰って行った。

 若い男性は、祐希に向かって話しかけた。

「怪我はない?危ない所だったね。でも、もう大丈夫。これからは、この岬には来ない方がいい。眺めが最高に良いところなんだけどね。きっとまた、さっきのおばさんが現れるかもしれないよ。おそらく祐希ちゃんの後を付けて、会長のお孫さんであることを突き止めていたんだよ。きっと。」

 祐希は未だに状況が掴めなかったが緊迫状況の終止に胸を撫で下ろし、横隔膜を大きく膨らませた。脈打つ鼓動も徐々に下がりつつあったが、口腔は灼熱の砂漠のようにカラカラに渇いていた。

 「助けてくれて、ありがとう。」と得体の知れない男性に向かって力無く言った。「お兄さんは誰?私の親戚の人?どうして、この秘密の場所を知っているんじゃ?」

「島に頼まれたんだよ。この子を助けてくれって。」

「島に??」

「そう、この島に」

「島と会話が出来るん?」

「厳密に言うと、島と言うか大地と言うか地球と言うか、、、。口で説明するのはとっても難しい。会話と言うより体全体で感じるんだ。」

「言葉を感じる?」

「そう、その通り。」

「なんか良く分からんけど、島と会話が出来たらえらい面白そうじゃの。うちも島と感じ合えるんじゃろか?」

「そのうち、きっと、、、。さあー僕は、そろそろ帰らないと。」と若い男性は言って、途中で投げ出していた紺色のリュックを拾い上げ、肩に掛けた。「じゃーまたね。」とだけ言い残し、男性は歩き出した。

 祐希は、手を振る。初めて出会った人なのに何故か優しさと温もりを感じていた。そしてまた、「なぜうちが都会で暮らしてみたい事を知っているのじゃろ?まだまだ話したいことがあったのに。言葉の感じ方、都会での暮らし方(うちより詳しそうだった。)を聞いて見たかったのう。また、どこかで会えたらええな。」と祐希は思いながら乾いた咳を切った。途中まで男性が通ったであろう帰り道に落として行った優しさと温もりの様な残り香を嗅ぎながら、心を高揚させて祐希は足早で帰路に就く。夕日が溶け切る寸前の出来事だった。

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