第258話 そして解き放たれしもの
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Tamago先生の美麗なタッチで描かれるキャラたちをぜひご覧になってください。
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それが何か、すぐに理解できたのは3人。
以前に目にしているサクヤ、フィネス、カルディエだった。
聖堂ながら、禍々しい空気があたりを包む。
そう、降り立ちしは魔王であった。
「あぶ、あぶぶぶ……」
尻餅をついて、ただひたすら失禁しているのは教皇チャピンである。
「ま、ま……魔王……」
ケビンの顔が恐怖にゆがむ。
現れたその姿を目にして、ケビンはやっと犯した過ちの大きさに気づいていた。
彼らが交代でしていたことはただひとつ。
そこに安置されていた
それゆえ、この水晶だけが
同じことが100年、200年と繰り返されて過ぎた、ある日のこと。
チャピンの先々代にあたる教皇、エムレス・チャザ・グリーンウッドがこの水晶の管理を引き継いだ際に、後世に残る発見をする。
合体魔法による【聖域結界】を作成・維持する補助として、この水晶を使うことができる、というものである。
これは確かに偉大な発見と言えた。
蓄えられた水晶の力を使い、【聖域結界】を『種』と呼ばれる最小単位の状態で維持することが可能となったためである。
【聖域結界】はありとあらゆる魔物に抗う強力な手段であり、人間たちの最後の砦であると言ってよい。
種から最大強化状態までは1ヶ月近くの強化詠唱を要するものの、種であろうと、結界内に捉えられたならば魔物の能力を三割も失活させることができる。
【聖域結界】を0から種の状態にするのに最低でも5日かかるが、種の状態で維持しておけば、たとえ魔王の侵攻があれど応じることが可能なのである。
人々の暮らしの安全を守るために、グリーンウッド教皇は【聖域結界】を最小単位で維持させることを決意する。
そうして光の神殿の社会的価値を高め、
そのような歴史のある【聖域結界】の種であったが、つい最近になってあっさりと最大まで強化された。
現教皇チャピンは、サクヤの存在を魔王の侵攻と同レベルの【災難】と認定し、水晶の蓄えられた力を用いて【聖域結界】を作り出し、討伐を開始したためである。
しかし【聖域結界】の補助は、水晶の本来の使い方ではなかった。
水晶には別に、重大な役割があったのである。
この
強大な魔物を捉え、捕縛し続ける力こそが本体なのである。
そのために、かつての光の信徒たちは24時間絶えることなく詠唱を行い、光の力を補っていた。
恐ろしき魔物の捕縛が途絶え、世に放たれぬように。
此度のチャピンの指示により、【聖域結界】の発現、強化に使用された水晶は蓄えた光の力を大きく失っていた。
気づいた光の神殿は200人を超える聖者を使って日々力を吹き込み続けたが、サクヤが決闘大会にやってきたことで【聖域結界】は立て続けに発動が行われることになり、貯めた水晶の力は惜しみなく用いられることとなる。
そして今、かつてない『詠唱中断』が衰弱した水晶に追い打ちをかける。
水晶が失活するのも当然の成り行きといえた。
水晶が失活すれば、2つの加護にほつれが生じる。
捕縛の鎖、そして維持されていた【聖域結界】である。
この好機を、魔王が見逃すはずがなかった。
闇の力で引き裂かれた【聖域結界】は、完全に消失していた。
「ほう、貴様は【偽勇者】か。勇者に同行せず、いったいこんなところで何をしておる」
「………」
魔王が目を細めてあざ笑うと、ケビンは言葉に窮した。
「魔王。お前こそ何用だ」
この場の全員が恐怖に心臓を凍らせている中で、淡々と話しかけるのはサクヤであった。
サクヤは感じ取っていた。
以前と同様、魔王は蘇生したばかりであり、本来の力を取り戻していないことを。
浮遊もできず、【聖域結界】の障害が無き今、サクヤが恐れる相手ではなかった。
「何用かと問うなら、貴様らに礼をしに来たと答えよう」
しかし魔王は真紅のマントを揺らして振り返ると、サクヤに謝意を述べた。
意識が残っている皆が、いっせいにサクヤを見る。
「礼?」
「貴様らのお陰で念願であった我が配下を取り戻すことができた」
サクヤはその言葉でピンとくるものがあった。
魔王が失っている配下は数えるほどしかいない。
「深海のベリアルか」
「いかにも。くくく……愚かな光の神の下僕に感謝しよう」
魔王が高笑いした。
そう。
【神鎖の水晶】で封じられていたのは、イザヴェル連合王国近海、『スヴェード海溝』の奥底。
ソロモン七十二柱のひとつ、『勇猛果敢な尖兵』で知られるベリアルである。
教皇チャピンの一連の愚行により、今その鎖は破綻し、長年の捕縛から解放されたベリアルは魔王の元へと帰還したのである。
「さて。見たところ、貴様は【偽勇者】に殺されようとしているようだが」
魔王は笑ったままサクヤに訊ねる。
「………」
サクヤは無言で応じる。
「違うか? 我が問いに答えよ、人間ども」
魔王は代わりにサクヤの周りにいる人間の女達に視線を向けた。
フィネス、カルディエ、そしてローレライ。
彼女たちはサクヤの代わりに、揃って頷いていた。
「よかろう」
魔王は口元に小さく笑みを浮かべると、彼女たちに背を向けた。
「サクヤは我が配下が溺愛する人間。ならば我が子も同然」
魔王がどこからか、大剣を取り出す。
握られたのは、赤熱する紅蓮の両手剣。
冥剣ライフブレイカーである。
魔王はその剣の切っ先を天井に向け、胸の前で柄を両手で握る。
「討伐にも来ぬ臆病者め。あの世でラーズに詫びるが良い――【
「ぐぇっ」
「あびゅっ」
次の瞬間、二人の男の足が床から離れていた。
石畳から紅蓮の剣がいくつも突き立ち、二人の体を下から貫いていたのである。
二人とは言うまでもない。
教皇チャピンと【偽勇者】ケビンであった。
「ごぶっ……」
ケビンのそばにいた枢機卿ハンクスも巻き込まれ、その腹を深く貫かれていた。
誰かが息を呑む。
三人はそのまま石畳に倒れ、ピクリとも動かなくなる。
当然、【聖域結界】の加護は失われている。
三人はもはや、立ち上がることはない。
「ここにいるラーズの下僕どもを全員を殺してもよいが、貴様には礼のし過ぎになろう」
得意げに振り返った魔王は、サクヤが険しい顔つきのままだったのに気づき、不思議そうにする。
「どうしたサクヤ。殺されそうになっておきながら、殺すなとでも言いたそうな顔をしておるな」
「魔王……」
「いえ。倒してくださり、ありがとうございました。私達が殺されるところでした」
サクヤの言葉を遮るように、フィネスが頭を下げた。
隣のカルディエも深く礼をする。
「くくく。正直で良い。ヴィネガーはよい女を聖女にしたものだ」
魔王がハッハッハ、と笑う。
「心配するな。これ以上は殺さぬ……いや、忘れていた。もうひとり殺すべき屑が居た」
魔王はあっさり言葉を翻すと、右手を掲げ、ぎゅっと握る仕草をした。
すると、まもなくしてその右手から、血がぽたり、ぽたりとこぼれ落ち始める。
「おい、誰を殺した」
「我が配下に盾突きし者」
「名を言え」
「そんなものは知らぬわ」
サクヤの問いに、魔王はただ楽しげに笑うだけだった。
この時異変が起きたのは、遠く離れたレイシーヴァ王国王宮内である。
ある者が突然、苦悶の声を上げて崩れ落ち、体を痙攣させた後はくぼんだ目を見開き、驚愕したような顔のまま動かなくなった。
この老婆の体には外傷らしきものはなんらなかったが、その心臓だけが握りつぶされていた。
「さてサクヤよ。我は今、とてつもなく機嫌が良いぞ。それゆえ、貴様が生きている間は魔族は地上を襲わぬと約束しよう」
「……今殺しておいてそれか」
「くくく。我らのやり方は気に食わぬか。まあよかろう。……さて、忘れてはならぬ。そこの人魚の女」
「ひっ」
突然視線を向けられ、ローレライがびくっと肩を揺らし、一歩、二歩と後ずさる。
さすがの勝ち気なローレライも、魔王などは恐怖の対象でしかなかった。
「貴様にも礼を言わねばならぬ」
「え……?」
ローレライは瞬きをしていた。
「ベリアルはこの恩を一生忘れぬであろう」
そう、ベリアルを直接的に救ったのがなにかと問うならば、それはローレライの笛なのである。
「ベリアルが貴様の手伝いをしたいと言っておる。あ奴は義理堅い。貴様の元を去るまで好きに使うがよい」
魔王が禍々しい指輪のひとつを自分の指から外すと、ローレライに投げて渡した。
「………は?」
それを両手で受け取りながらも、ローレライは魔王が何を意図して言っているのかわからなかった。
だがその言葉の意味が頭に染み込んで、はっとした。
「……まさか……悪魔が私達を助けてくれるというの」
「ヒッポカンポス如き、ベリアルなら造作もなかろう」
魔王は口元を歪めるようにして笑う。
「ではさらばだ、サクヤ。今日は良い酒が飲めるぞ! ハッハッハ!」
その言葉を最後にして、魔王は煙となって消え去った。
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