第254話 当たらない
しかしラモの剣はいいようがなかった。
あえて誤解を恐れずに言えば、無をまとうとでも言おうか。
その軽やかな剣が無心で放たれるために、向き合っていても斬撃が読めないのである。
勇者が用いることで最強となるはずの『真・
いうまでもなく、ケビンがラモと剣を合わせるのは初めてのことである。
以前、聖域結界の中で行われた大規模召喚でラモと相対した際には、ラモは最初から束縛され、無力化されていたからである。
「偽物を倒せぇぇ勇者様ぁぁー!」
「調子に乗らせるなー!」
観客の大半を占める
その声が先程よりも高まっているのは、観客の目から見てもケビンが劣勢であることがわかっていたからであろうか。
「………」
しかしケビンは動けず、ただ湧いていた額の汗を拭う。
ケビンの心の中でも、警笛が鳴り響いていたからである。
迂闊には攻められない。
この男、これほどに鍛え抜いてきた自分よりも、さらに……。
「なるほど、【偽勇者】か」
そこでラモが、ケビンの職業を見抜いた。
ラモはケビンとアラービスの剣が似通っていることにすでに気づき、奇妙に感じていたのだった。
「だからどうした」
ケビンは開き直る。
「お前も見たはずだ。与えられし職業はそうであろうと、実際の強さは私が上。ならば私こそが真の【勇者】にふさわしい」
「なぜ魔王討伐に名乗り出なかった?」
ラモは非難するような口調ではなく、ただ淡々と訊ねたものであった。
【偽勇者】なる者は勇者パーティに同行し、勇者の踏み台となる宿命を背負っているからである。
ケビンがははは、と突然笑い出した。
「志願しに行ったさ。だが本物の勇者とやらを目の当たりにして、やめた」
「……やめた?」
ラモが怪訝そうに問い返す。
「一目でわかったのさ。自分があれよりも強いことを」
ケビンは空を見上げ、優越に浸る様子で言った。
「私は加わらなかった。なぜならアラービスが魔王討伐に失敗しても世界は滅びないからだ」
「……滅びない?」
ラモが耳を疑う。
「そうなればなったで、ただ私が『大地の聖女』を連れて、二度目の魔王討伐に向かえばよいだけのこと」
『大地の聖女』とは、存命中の美しき淑女レジーナを指している。
この時代には二人の聖女が遣わされているのである。
「そんな【偽勇者】は初めて聞いたが」
「――本物の勇者は私だと言っている!」
ケビンが突然、怒声を発した。
その顔がみるみる紅潮していく。
「貴様に……なにがわかる……」
ケビンは下顎をわなわなと震わせながら、剣をラモに向けた。
怒りのあまり、切っ先までもが小刻みに揺れていた。
「さっさと終わらせてやる……」
取り乱した自分に気づき、ケビンは大きく息を吐き、肩の力を抜くように首を軽く回した。
「私はシグムント。悪を断つ正義の勇者なり!」
ケビンが空に向かって剣を突き上げると、観客に聞こえるように大声で叫んだ。
用意されていた言葉であった。
予想していた通りに、おおぉ、という声が、観客席から沸き立つ。
「シグムント様ぁぁ――!」
「正義の鉄槌をー!」
ケビンが両目を覆うように、剣を上段に構える。
今まで見せていた構えとは違うものであった。
「【
ケビンの剣に、白く輝く球の光が生まれる。
【偽勇者】のみが使える技、というものがある。
魔王討伐の際、魔王が召喚する下僕を勇者から遠ざけて自分に集めるのが、この技であった。
振りかざした剣に作り出した引力で、周囲の敵を剣に吸い寄せるのだ。
「………」
剣を構えたままのラモの足が、ずりずりと音を立てる。
ケビンの方へと引っ張られているのである。
当然と言えた。
この技は誰一人として抵抗できない特殊な技なのだ。
ケビンの口元に笑みが浮かぶ。
「正義の剣を喰らえ!」
十分に引きつけたのを確認し、ケビンが剣を振り始める。
【
そう、集めた敵を確実に死に至らしめる、第二の技である。
「【皆殺十二連】――!」
『
魔王がいない以上、ケビン自身ももはや使う必要はないであろうと思っていた技であった。
接続技、封印されし【皆殺十二連】は、一時的にすべてのステータスを150%に跳ね上げ、十二の連続斬撃を行うものである。
代々の【偽勇者】たちはこの武技を与えられながらも、使うことはなかった。
理由は十二の斬撃の各々が、単体攻撃だからということもある。
【
では使う機会のないこの技は、なんのために存在しているのか。
神はなぜ、偽勇者にこの単体攻撃技【皆殺十二連】を『接続技』として与えたのか。
それはとりもなおさず、最強にして宿命の相手、魔王を屠るためにほかならなかった。
そう、万が一勇者が先に倒れてしまった際、代わりに魔王を屠る力を【偽勇者】はひそかに与えられているのである。
幸か不幸か、【偽勇者】がこの技を使ったという記録はない。
もちろんそれ以前に勇者の力で魔王を討伐できた例も多々あるに違いない。
しかし、【偽勇者】は大前提として勇者の踏み台となるべき存在である。
勇者が生きている限り、勇者以上に目立つことは避けねばならぬ運命にあることも、関係しているに違いなかった。
なお、記録には残されていないが、かつてこの技を使った者が一人いる。
そう。忌まわしき裏切り者として知られる【偽勇者】アビスである。
「私が最強だ――この技がある限り!」
ケビンの息もつかせぬ長連撃が始まる。
ラモはすでに3歩ほどの距離まで引き寄せられていた。
それでもラモは引力の効果を受けながらも、ケビンの剣を避け始める。
体を傾げ、逸らし、躱しきれぬ攻撃のみを
「らぁ――!」
ひとつでも受け損なえば、命を消し飛ぶに違いない殺人剣。
それをラモは淡々とした様子で躱し、受け続ける。
そうやって、かつて魔王ですらも倒してみせた【皆殺十二連】が、次々と空を切り始める。
…………。
3連までかすりもしなかったあたりで、ケビンの顔色が変わる。
だがケビンは、僅かにでも動揺してしまった自分に、心の中で自嘲した。
「いつまで躱せるかな!」
ケビンは剣を握る手首への負担も構わず、最大まで剣速を上げる。
――4連、5連。
しかし、当たらない。
いや、焦ることはない。
奴は【
この距離で全てをかわし続けることなど、魔王とてできぬ。
いずれ当たる。
――6連。
当たらない。
――7連。
――8連。
当たらない。
――9連。
空を切る。
――そして、10連。
かすりもしない。
「……おのれ!」
これでも、剣速が足りないのか――!
そうして11連撃目で、ケビンがとうとう、力んだ一撃を放つ。
ラモは、それを見逃さなかった。
ラモの姿が、突如として消え去る。
「なに!?」
ケビンがぎょっとする。
攻撃に意識が全て行ってしまい、相手の動きを感じとるのが遅れた。
慌てて周囲を見回すが、どこにも見えない。
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