第253話 決勝の始まり
◇◆◇◆◇◆◇
「――その不届きな男の末裔こそ、あの男である!」
司会の男の言葉に、闘技場全体が大きくどよめいた。
やがて観客席から降ってくる声が、棘をもったものに変わっていく。
「だが皆よ、心配することはない!」
司会の男は観客の反応に手応えを感じ取ったのか、さらにその声に力を込めた。
「見よ! 今ここに登場せしは、その反逆の男を討伐する『光の勇者』なり!」
司会が反対側を両手で指し示す。
そこには
ケビンが空に向かって剣を突き上げると、観客たちが大きな歓喜とともに立ち上がる。
「おおぉ…………」
「光の勇者様だ……」
「……そいつを、そいつを討伐してくれぇぇ!」
観客たちが声を張り上げ始める。
中にはケビンの勇ましく、神々しいまでの純白な姿に胸を打たれて、涙する観客まで居た。
「……あくまで大会を盛り上げるための余興です。真に受けられぬよう」
審判の男は忍び笑いを隠そうともせずに、ラモに言った。
しかしラモはそんな言葉など聞こえていなかった。
向き合ったケビンを、瞬きもせずに見据えていたのだ。
「――ようこそ決勝へ。『レイシーヴァ王国の代表者』殿。【死に体】の国が決勝に来るなど、予想していなかった。私が貴様に称賛を申し上げよう」
ケビンが、わざとらしくちぐはぐな敬語でラモに告げる。
「お前を覚えている」
ラモは静かに言った。
記憶を失っていながらも、ラモの脳裏には相対した男の顔がしっかりと刻まれていたのである。
この男が何をどうしたのかは全くわからない。
ただ心が、この男をはっきりと覚えているのだ。
「これはこれは。記憶を失っているのに光栄なことだ」
ケビンが歓迎するかのように、両手を広げた。
「俺を……いや、この短剣を知っているな?」
ラモの言葉に、ケビンは片方の口角だけを上げるようにして笑った。
「もちろん。その短剣が見えるのは、お前と私だけだ。――なぜなら」
ケビンはもはや笑いが止まらぬといった様子で告げた。
「それは私がこの手で埋めたものだからな。くははは!」
ケビンが右手の手のひらを見せるように突き出し、高笑いする。
「いつから気づいていた」
挑発的な言い方をされようとも構わず、ラモは淡々と訊ねる。
「バベルに入った時にすぐ感じた。愚か者が自らノコノコと舞い戻ってきたのをな。だが見れば、なんとレイシーヴァ王国の代表というではないか」
ケビンが顔を横に向け、レイシーヴァ王国の来賓席を見ながら言った。
「面白くなりそうだと思った。それゆえ、私から教皇様にお願いし、お前を殺さずにおいたのだ」
「数の優位にありながら、わざわざこの場で1対1で戦うと?」
実際、ラモはそういう覚悟で、この国にやってきていた。
「お前をこの手で、どうしても倒したかった」
ケビンが口を開く。
「100%の力のお前と1対1で戦い、完膚なきまでに倒す。なぜなら私こそが本物の【勇者】、世界で最強の存在だからだ」
ケビンが『
それが合図であったかのように、審判が「試合開始!」と声を張り上げた。
観客がわぁぁ、と沸き立つ。
「過去の歴史にあるように、『シグムント』こと私が、この場で裏切り者のお前を抹殺する」
「この短剣は、記憶を失わせる効果があるのか」
「くくく」
ラモの言葉に、ケビンはただ笑い声を上げるだけだった。
「抜く気はないか」
「馬鹿も休み休み言え」
ケビンが、はんっ、と鼻を鳴らす。
「なにがどうなって、私がお前を助ける?」
「戦っても、お前にいいことはない」
「だから馬鹿も休み休み言えと言っている」
「………」
ため息をついたラモが
「そもそもそんななまくらで、真の勇者の私に渡り合えると思っているのか」
ケビンはラモの手にある剣が、なんの魔法的な付与効果のない市販品であることを見抜いていた。
「………」
ラモは無言のまま、静かに剣を下段に構える。
「――いくぞ!」
ケビンが飛んだ。
◇◆◇◆◇◆◇
決勝が始まるや、枢機卿の男がサクヤに飛びかかり、枢機卿が攻め、サクヤが受けの構図が出来上がる。
「………」
フィネスは呼吸をするのも忘れ、その戦いを見つめる。
先程のアラービスが負けた戦いが、フィネスの頭から離れなかった。
闘技場を包むアウェイの空気のせいもあってか、同じような流れになるような予感がして、どうしてもそれが払拭できない。
しかし始まってしばらく経つと、戦いの雰囲気がさっきとまるで違うことを、フィネスは肌で感じ始めた。
「フィネス様……すごいですわ」
「ええ」
隣のカルディエも同じように感じていたのか、明るい声を発した。
打ち込まれ、防戦一方で下がり続けたアラービスと違い、サクヤは一歩も動かないのだ。
そうしながらも、黙々と、そして的確に枢機卿の剣を受け、跳ね除けている。
それだけではない。
隙を咎めるようにサクヤが剣を振るうために、枢機卿側はアラービスの時のように、一本調子で攻め続けることができない。
そう、アラービスとは違い、サクヤには余裕が感じられるのである。
「強いですわね。フィネス様の恋するお方は」
「……はい」
フィネスは人知れず頬を赤くした。
当たらないせいか、枢機卿は息切れも恐れずに、どんどん手数を増やしていく。
それでも、かすりもしない。
やがて、しびれを切らしたのか、枢機卿は研ぎ澄まされた横なぎの斬撃を放つ。
アラービスの時と同様、頭部へと向かうと見せかけた一撃が、ぐん、と胸元へと方向転換する。
「………!」
フィネスはさっきの悪夢のような一撃を思い出し、反射的に視線を逸らしてしまう。
直後、おお、というどよめきが起きる。
「フィネス様。大丈夫ですわ」
カルディエがフィネスの二の腕を掴んで振り向かせる。
フィネスが視線を戻すと、なんと攻めていたはずの枢機卿は驚きの表情を呈し、両手を万歳したような格好で、無防備な姿を晒していた。
サクヤは枢機卿の剣をやすやすと跳ね上げていたのである。
「サクヤ様!」
フィネスの顔が、ぱぁぁ、と明るくなった。
「強さの桁が違いますわ」
カルディエも興奮のせいか、声が震えていた。
サクヤはそれで終わらず、枢機卿の隙だらけの胴へと剣を一閃させる。
◇◆◇◆◇◆◇
隙だらけになった胴へと、サクヤが剣を一閃してくる。
「くっ」
心臓を掴まれるような恐怖が、ケビンを襲う。
さっきまでとまるで違う、見たこともない速さの斬撃。
だが幸い、逃れられずともケビンの鎧がそれを弾いていた。
ケビンはそのまま後転し、いったん戦いを仕切り直そうと、ラモから距離をとった。
「ちっ」
体勢を直したケビンが、左の肩口を拭う。
浅くだが、鎧の隙間を縫うように斬られていたのである。
(見えなかった……)
いったいいつ、どのようにして斬られたのか。
そんな斬撃に、覚えがない。
全身に鳥肌が立っていく。
(こいつ……勇者よりも……)
ケビンは奥歯をぎりぎりと鳴らす。
先程の鋭い剣を見てからか、ラモの姿が大きく見えていた。
「……貴様は実に不可思議な剣を使う」
ケビンは自分を落ち着かせる時間をつくらんと、ラモに話しかける。
人の振るう剣はたいてい、何らかの感情を帯びている。
殺意、憎しみ、誇り、奢り、そして恐怖にいたるまで。
それらが色のようになって、放たれる剣の軌道を示すのだ。
しかしラモの剣はいいようがなかった。
あえて誤解を恐れずに言えば、無をまとうとでも言おうか。
その軽やかな剣が無心で放たれるために、向き合っていても斬撃が読めないのである。
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