第243話 王の一撃


「さて、どうしてかな」


 アラービスがにやりと笑う。


 アラービスに蜘蛛の糸は届いていなかった。


 見えない、薄い皮のようなものがアラービスを覆っていて、それが直接アラービスに届くのを防いでいたのである。


 蜘蛛の糸はアラービスの表面を滑り落ち、足元に折り重なった。


 アラービスの鎧が光り輝いている。


 アラービスが着ているのは、ありとあらゆる状態異常を85%の確率で無効化するという『勇者リトの鎧』であった。


「おおぉ……!」


「さすがは我らの王!」


 勇者、そして一国の王の風格を見せつけられた観客が大きく沸く。


「面白い芸だったぜ」


 アラービスは最強の存在にふさわしく、余裕の笑みを浮かべた。


 実は15%という、決して少なくないリスクがあったものの、そんなことはおくびにも出さない。


「鎧の力……? 100%防ぐのか……」


 イライジャが苦虫をかみ潰したような顔になり、距離を取る。


 アラ―ビスが金に物を言わせて強力な武具を集めていることはエルボーリア魔法帝国側も知っていた。


 だが魔法を無効化してしまうほどの、元も子もない武具だとは思いもしなかったのである。


「くそ、未知の鎧だ……」


 舌打ちしたイライジャが、別の魔法の詠唱を始める。

 

「それか」


 その詠唱の始まりも、アラービスは聞いたことがあった。


火炎球ファイアボール〉の魔法である。


 古代語魔法においては第六位階に位置し、広範囲を一瞬で焼き払うことができるものである。


「高尚な魔術師様の割には、単純な思考だな」


 アラービスが失笑する。


 アラービスには、イライジャがこの魔法を選んだ理由が手に取るようにわかった。


 直接的な炎熱ダメージ以外にも、爆風による追加ダメージを与えることができるため、鎧による無効化を制限できると踏んだのだ。


「やはり、この剣の出番だな」


 アラービスは円を描くように仰々しく剣を振り、広刃の剣ブロードソードを顔の前に構えた。


 アラービスくらいになると、この魔法が来たらこう行動する、という勘が染みついていた。


 もちろん〈火炎球ファイアボール〉のような魔法は、本気になれば躱すこともできる。


 だが実戦ならまだしも、観客を背負った戦いでは、安全第一の選択肢が必ずしも正しいとは限らない。


 王者の名を背負う存在である以上、常に観客を魅了する選択肢を選び続ける必要があるのだ。


「〈火炎球ファイアボール〉」


 連続魔法により、イライジャからは2つの炎をまとう球が放たれる。


 火球はゴゥ、と火を撒き散らしながら飛ぶ。


 その迫力に、闘技場がどっとどよめいた。


「このアラービスに敵などおらぬ!」


 しかしアラービスはその雰囲気を吹き飛ばさんとするかのように高らかに叫ぶと、やってきた2つの火の玉に向き合い、それに向かって剣を一閃する。


「――なにっ!?」


 イライジャがぎょっとする。


 裂かれた〈火炎球ファイアボール〉は、破裂しなかった。

 逆に剣に吸われ、虚しく消え去っていたのである。


「どうしてだ……!?」


「くくく」


 一方のアラ―ビスの顔には、止まらぬ笑みが浮かぶ。


 相手がわかっていることほど、簡単なことはない。

 エルポーリア魔法帝国から、剣士や槍術士が出てくるはずがないのだ。


 アラービスは今、魔法を喰う剣マジックイーターのほか、魔法耐性の高い鎧、さらに魔法攻撃が直撃した際、3回までダメージを半減させるバリアを張るガントレットまでを装備しているのである。


「俺にお前の魔法は効かない」


 アラービスが王者らしく、マントを掴み、勇ましい様で背に払う。

 この動作だけを、アラービスは3日間繰り返し練習してきていた。


「見たか、『歴代最強』と呼ばれる勇者アラービスを!」


 観客席から、大歓声が上がるのを聞いて、アラ―ビスはほくそ笑む。


「……広大な古代語魔術の世界を、一括にされぬ方がよい」


 イライジャは苛立ちを隠すように小声で呟き、笑ってみせる。


「おいおい、ここで負けを認めておけ。このまま続ければ怪我をすることになろう」


 アラービスが肩に剣を担ぎながら言った。


「本気で参りますゆえ、お覚悟を」


 イライジャが言いながら大きく距離をとった。

 杖を突き出し、魔法を詠唱し始める。


「むぅ」


 アラービスの顔から笑みが失せた。

 イライジャが何をしようとしているのかが理解されたのである。


 先程イライジャが言ったように、古代語魔法には様々な分野が開拓されている。


 直接的な攻撃魔法、味方を強化する支援魔法や、先ほどの蜘蛛の糸のような弱体化魔法、さらにアイテムエンチャントなどもある。


 それぞれが一生をかけて専門にするほどに奥の深い分野だが、イライジャの専門分野は先のどれでもない。


 古代語魔術における『下僕作成術』であった。


「いでよ」


 現れたのは二体の巨大なスライムであった。


 そう、相手がわかっていたのは、イライジャとてそうだった。

 アラービスは魔法を唱えられないのだ。


 スライムは物理攻撃完全無効の魔物なのである。


「守れ」


 一体はイライジャを守るように持ち上がり、盾のように広がった。

 もう一体がずりずりと、アラービスの方へと近づいていく。


 このような『配下召喚』は許可されているが、配下が残っていたところで勝敗には関係しない。


 つまり主が倒された時点で負けとなるため、配下は必ず主を守るように配置されねばならないが、イライジャの場合は二体を喚ぶことができるため、その問題はクリアされている。


「ぬう」


 アラービスが剣を構え、顔をしかめたのを見て、イライジャはほくそ笑む。


「……とでも言うと思ったか?」


 しかしアラービスはすぐにニヤリ、と笑い直した。

 懐から取り出した剣に持ち替える。


 それは淡く水色に輝く刀身を持った、幅広の剣。

『スライムスレイヤー』と呼ばれる魔法の広刃の剣ブロードソードであった。


 この剣は斬撃に際して雷撃及び灼熱ダメージが追加されるよう施されており、スライム属に対して大きな効果を発揮するのである。


 なお、この大会においては、武器の持ち替えは自由自在である。

 持参さえすれぱ、なにをどう用いてもよい。


「王の一撃を見よ!」


 アラービスが仰々しく剣を振りかぶると、何も知らずにやってきたスライムに剣を突き立てる。


王の一撃キングスラッシュ!」


 今名付けた技を振るう。


 スライムはびくん、と大きくその身を揺らすと、じゅうぅ、と音を立てて蒸散した。


「……ちっ。またしても装備か」


 イライジャが苦々しい表情になる。


 スライム自体は鈍足で攻撃手段も限られており、それほど強くない魔物である。

 逆にだからこそ、イライジャがこの観衆の多い場で選んだとも言える。


 魔物が飛び回って、無関係な観客を殺傷する可能性が低いからである。


「くぐってきた修羅場の数が違う。俺はお前の出す魔物の全てに対策をしている」


 アラービスがスライムスレイヤーの切っ先をイライジャの顔に向けながら言った。


 実際はスライム、マジックパンサーしか対策していなかったが、そうとは言わない。


「ならばこれはどうだ!」


 イライジャが不利を悟り、次に呼び出したのは、炎に包まれた石の魔物。

 ファイアーゴーレムという、ゴーレム属の中では凶悪な部類の魔物であった。


「諦めろ」


 アラービスはとたんに真顔になると、奥の手を発揮し、現れつつあったゴーレムの横を駆け抜けた。


 対策していない魔物と戦って、恥を晒すつもりなどないのである。


 刹那、アラ―ビスがイライジャの目の前に現れる。


 勇者しか使えぬとされる技、【縮地】。

 このとっておきの技は、盛り上がってから使わなければ意味がない。


「――うわっ!?」


 イライジャが仰け反る。

 観客がおおお、とどよめいた。


「むん」


 アラ―ビスがスライムスレイヤーをイライジャに向かって振り下ろす。


「うわあぁ!?」


 イライジャが尻餅をつく。

 その目の前で、剣はぴたりと止まる。


 いや、正確には力の加減が悪く、イライジャの鼻先からつつつ、と血が垂れていた。


「俺からの最後の情けだ。降参しろ。次は――!」


 そう言って、アラ―ビスが一歩踏み出す。


「ひっ!?」


「次はどうなるか、言わずともわかるな?」


 アラービスは精一杯のハッタリをかます。

 万が一にも対策していない魔法を使われれば、ジリ貧になりかねないからである。


「ま、まま、参りました……!」


 蒼白の顔をしたイライジャが、しどろもどろになって言う。


「リンダーホーフ王国、アラ―ビス国王陛下の勝利!」


 審判の男が高らかに告げると、同国の観客席からは大歓声と拍手が上がった。


 アラービスは拳を突き上げ、人差し指を立てる。

 俺が一番だ、と言わんばかりに。





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