第178話 連合学園祭2-19
「ヴェネットを倒したぞ!」
「すげー、マジで!?」
サクヤとアリアドネが登場してからというもの、第三学園の待機スペースでは、興奮が冷めることがなかった。
「……しかしやっぱりすごいね、サクヤくん。あれだけ敗色濃厚だった空気をはね除けて」
「あの肝の据わったさま、すでに学生のレベルを超越しているよ」
「いやいや、それよりも誉めるべきは実力だ。我々が束になっても、敵わないと思いますよ」
教師たちが興奮した表情のまま、顔を見合わせている。
「てか、アーリィちゃんもすごいよね……さっきのあれもらって立ち上がるとかさ」
「そもそも強いって知らなかったし」
「ホントホント」
居残っている生徒が互いに顔を見合わせ、ざわざわとする。
「……ていうか、アリアドネさんって何者?」
そんな中、スシャーナがひとり、険しい表情になっている。
「あの人、どうして
そう、スシャーナはこの中でただひとり、ヴェネットが倒された魔法が何かを知っていたのである。
◇◇◇
「なんで負けた!」
第一学園の待機スペースに帰ってきたフユナとヴェネットに、イジンの怒声が降りかかる。
フユナは俯いたまま、小声ですみません、と謝罪する一方、ヴェネットはもう帰る、と言い残し、スタスタと待機スペースを素通りして出ていった。
「お前ら、1万文字の反省レポートだからな!」
イジンはそんな二人に吐き捨てるように言い、近くにあった椅子をガァァン、と蹴りつけると、やっと次鋒のペアに目を向けた。
フィネスとカルディエが顔を見合わせ、人知れずため息をつく。
「サクヤ様……やはりお強い……」
あのフユナを翻弄し、やすやすと倒してみせた腕前。
やはり間違いない。
最初にお会いした時は気さくにお話してくださって、全くそんな素振りをお見せにならなかったのに。
あの方が、私が一目惚れした――。
「サクヤ様……」
しかしフィネスは小さく唇を噛む。
想いが高ぶるにつれ、あの銀髪の少女との関係が気になって仕方なかった。
戦いが始まってからも、二人の親密さは全く褪せない。
そうやって、フィネスが愛しい人を見つめている時のことだった。
「……え……?」
フィネスが目を瞬かせる。
「どうしました、フィネス様」
「い、今……消えませんでした?」
「何がですの」
「サクヤ様の右足の先……消えませんでした?」
カルディエが眉間にシワを寄せながら、首をひねる。
「しっかり二本とも生えてますわよ」
「………」
フィネスは目をこする。
気のせいだろうか。
だが今見直すと、サクヤの脚はなんら問題がなかった。
消えたように見えたのだけど……。
◇◇◇
「しかし、すごい生徒がいるものですなぁ」
ヘルデンは感嘆して拍手を送っていた。
すでにサクヤたちは第一学園の副将まで倒していたのである。
そして忘れることなく、フローレンスに告げる。
「彼の者、動きが速くて我が目をもってしても見えませぬ」
「ということは」
フローレンスの顔に、堪えきれない笑みが浮かぶ。
「ええ。確実ですぞ」
ヘルデンが肯定してみせた。
フローレンスは嬉しさのあまり、 ヘルデンの手を握りしめた。
ここに来て、まさかトントン拍子で、救世主が見つかるなど期待していなかったのだ。
「本当に強い生徒さんですねぇ。すぐ終わるかと思いましたが、そこから三連勝とは。去年も面白かったんですよ」
そんな二人に気づかず、モーガンが茶をすすりながら、ヘルデンの言葉に答える。
「彼ね、去年はフユナの陰にいて、いまいちパッとしなかったんですがね。今年は信じられない活躍ぶりですよ。いやーなんなんだあいつ」
そう言うイザイは若干不機嫌になっている。
「まあたまには第一以外の学園が活躍してもよかろう」
「お前が言うな」
口を挟んできた国王を、イザイは冷たくシャットアウトする。
「さて、次が最後の戦いですな?」
ヘルデンが王の失墜を見ていられず、イザイにわかりきったことを問いかける。
イザイは頷いた。
「次は第一学園が負けませんよ。『剣姫』と名高い王国第二王女フィネスと、その
「そうか、フィネスが出るのか」
イザイの言葉に、フローレンスが反応する。
二国間の国交が親密だったこともあり、フィネスとは幼少の頃からの友人だった。
昔は大人の目を盗んで王宮を抜け、フィネスが目の見えない自分の手を引っ張って森にでかけ、やんちゃをしたこともあるくらいである。
フィネスが『ユラル亜流剣術』の道場に入門した頃から多忙となり、なかなか遊び合うことはなくなったが、今でも二人は文を交わし、仲良くしている。
◇◇◇
「エキシビジョンマッチになっただけで、随分と気楽ですわね」
「ええ……」
「歓声も全然プレッシャーになりませんわ」
「ええ」
棒読みの返事に、カルディエが隣の人を見る。
「……フィネス様、大丈夫ですの? 始まりますわよ」
全然気楽そうではありませんわ、とカルディエが言う。
「………」
いよいよ、サクヤ様と逢えるところまで来た。
だがその幸せすら霞んでしまうほどの不安が、フィネスの心を埋め尽くしている。
「では第一学園の大将は、エントランスに」
「はい」
二人は言われた通りに立つ。
それと同時に、第一学園の観客席がわぁぁ、と沸いた。
(落ち着いて、フィネス)
フィネスは木の剣を持たぬ左手を胸に当てると、深呼吸をした。
フィネスは相手となる二人に目を向け直す。
「知っていると思うが、すでに第一学園の優勝は決定している。のびのびとやって、観ている生徒たちを楽しませてあげてほしい」
エントランスを管理する審判の教師がフィネスたちに優しく声をかける。
しかしその言葉は即座にイジンに塗りつぶされた。
「馬鹿を言うな! ここまできたらやられるわけにはいかん。お前ら、絶対に勝ってこいよ! 昨年みたいに俺に恥をかかせたら、ただじゃおかんからな!」
審判の教師が苦笑いさせられる。
「わたくしがあの銀髪の少女のお相手を」
カルディエはイジンの言葉を完全にスルーして、フィネスに訊ねる。
フィネスは即座に頷いた。
◇◇◇
「サクヤくん」
第一学園のエントランスに目を向けていたアリアドネが、サクヤを振り返った。
「どうした」
「あの黒髪の人、あたしが相手をする」
アリアドネは、脇を見せるようにして肩に降りた銀髪をポニーテールにしながら言った。
「フィネスを?」
「うん」
サクヤは不思議そうな顔をしていた。
「知り合いか?」
「ううん。初めて会った人よ」
サクヤがアリアドネに向き直る。
「フィネスは顔見知りで、王族なだけにおいそれと会えなくてな。いろいろ話したいことがある。俺が相手をしようかと思っていた」
「これは譲れない。あの人はあたしが」
アリアドネは断固として言った。
「アリアドネ、どうかしたのか」
サクヤが首をひねる。
アリアドネがここまで強く自己主張することは、かつてなかったのである。
特に嫉妬のような類の感情とは違うだろう、とサクヤは理解した。
自身が女生徒と話していても、アリアドネがそんな反応を見せたことは一度もなかったのだ。
また、もしそうならば、フユナの時に割り込まなかったのがおかしいのである。
「サクヤくん、お願い」
アリアドネは、ただそう繰り返す。
「強いぞ。おそらく、ヴェネットの比ではない」
「構わない」
「………」
サクヤもなかなか頷きはしなかったが、結局最後にはサクヤが折れた。
「……そうか。なら俺が後日に話す時間を作ろう」
「ありがとう」
◇◇◇
「サクヤいけぇぇ――!」
「王女様勝ってぇぇ!」
大歓声の中、今までにない穏やかな始まり。
四人が静かに向き合う。
同じ種類の武器を持って。
だが、その形状は互いに異なる。
フィネスが手に持つのは、聖剣アントワネットと全く同じ長さの、
カルディエもそれより細く作られた軽めの品。
一方、サクヤが持つのはそれよりも長い
アリアドネが持つのはさらに長い、長剣に分類されるほどの長さの木剣であった。
向き合った四人。
「よろしくお願いします」
最初に一礼し、動いたのはフィネスだった。
フィネスはアリアドネを一瞥した後、サクヤを相手に選び、そちらへと向かう。
「フィネス」
気づいたサクヤが、名を呼んだ。
たったそれだけのことで、フィネスは涙が出そうになる。
それをこらえ、フィネスは笑顔を作る。
「サクヤ様。この時をずっとお待ちして――」
しかしフィネスは、言葉を続けられなかった。
「――!?」
はっとしたフィネスは足を止め、咄嗟に剣を立てて防ぐ。
カァァン!
木剣同士が鳴らす音が響く。
そう。
アリアドネがフィネスに打ちかかっていたのだ。
とびずさったフィネスは、ちょうどサクヤから引き離され、その間にアリアドネが割り込む形になっていた。
「――フィネス様!」
カルディエがアリアドネの側面を狙い、踏み込んで突きを放つが、それはいとも容易くアリアドネにいなされた。
「なっ!?」
カルディエが目を瞠る。
もちろん警戒させるためだけの一撃であったが、 苦もなく打ち払われるほどには、手を抜いてはいなかったのだ。
アリアドネはカルディエには見向きもせず、フィネスに向き合う。
「あなたの相手はあたしがします」
アリアドネがフィネスに向かって木剣を突きつけ、そう告げた。
「――いいえ、わたくしがお相手しますわ。殿方に用事があるのはわたくしではありませんの」
カルディエが割り込むようにして、もう一度アリアドネに打ち込む。
さっきよりも研ぎ澄まされた剣。
だが今度は予想もしなかった角度からそれを払われた。
他人が割り込んできたのである。
「むっ」
カルディエがその人物を睨む。
そう、受けたのはサクヤであった。
「カルディエ。 一旦俺が受けよう。アリアドネはフィネスに話があるらしい」
そう告げたサクヤが、カルディエと対峙する。
開始早々の四人のぶつかり合いに、観客がおぉぉ、と声を上げた。
「………」
一方のフィネスは首を傾げていた。
面識もないこの人が、私に?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます