第177話 連合学園祭2-18


「あ、あのフユナが手玉に……!」


「すげーぞぉぉサクヤァァ!」


 第三学園の観客席から、拍手喝采が始まっている。


「阿呆が、立てぇ――!」


 それに混じり、イジンの罵声も飛んできている。


「1、2……」


 ダウンカウントが進んでいく。


「ほ、本当に……ラモチャー様……?」


 フユナが座り込んだまま、目の前の男を見上げた。

 サクヤはああ、と頷いた。


「少々手厳しかったのは詫びよう。だが反省してほしい。スシャーナにしたことの重さを」


 サクヤがそう告げると、すぐにフユナの目がじわりと潤んだ。


「……どうして」


 フユナの声が震える。

 みるみるその目に、涙が盛り上がった。


 それに気づいたサクヤが目を細める。


「どうして、私にはそう冷たいのですか」


「……なに」


 サクヤが小さく戸惑いを見せた。


 フユナがしゃくりあげながら、濡れた目でサクヤを見上げる。


「フユナ?」


「あなたを好きなのはスシャーナだけじゃない。私だって、どれほどお会いしたかったか……」


 言いながら、フユナも本当はわかっていた。

 自分など、全く相手にされていないことを。


 そもそも眼中にもなかったのだろうと思う。

 もし少しでも自分に気があったら、キスをあんなふうに避けることなどありえないからである。


「6、7……」


「フユナ……」


「ラモチャー様。私の気持ちがご迷惑なのはわかりました」


 涙を拭いたフユナは俯きながら言った。


「このまま降参します。でもその代わり」


 フユナが近くにあったサクヤの手を引っ張り、互いの距離を埋める。

 フユナが顔を上げた。


「どうか私ともキスを。それで忘れます」


 フユナは目を閉じ、そのままくちびるを重ねようと、一心に顔を近づけた。


「………」


 しかしその唇は、サクヤの人差し指でそっと止められた。


「ら、ラモチャー様……?」


 サクヤはフユナの頭を撫でると、静かに微笑んだ。


「済まない。あんたより先に出逢った人がいる」


 そしてサクヤは半歩ほど距離をとる。


「……えっ」


 フユナがひとり、座ったまま硬直する。

 そこで、ダウンカウントが終了した。





 ◇◇◇




「きゃー倒した!? サクヤン、フユナ先輩倒してる!」


 先程の泣きべそもどこへやら、スシャーナがぴょんぴょんと飛び跳ねて、拍手している。

 そう、第三学園の待機スペースは、雰囲気が一変していた。


「よっしゃあぁぁー!」


 ゴクドゥーがガッツポーズを決める。

 そのまま他の教師とハイタッチしたり、抱き合ったりと忙しい。


「おい、本当に勝ったぞ、あいつ!」


「うん、すごいねサクヤくんって!」


 ヤスとマリリンが、互いの歓喜した顔を見合わせる。


「いけぇぇサクヤァァ!」


「いけぇぇ――!」


 ゲ=リが声の限りに叫ぶと、他の生徒達も一斉に追随した。





 ◇◇◇





 闘技場は揺れんばかりの大歓声に包まれている。

 ヘルデンとフローレンスが座る最上段のVIP席にも、その熱気がやってくるようだった。


「……勝ちましたぞ。ここまで7連勝してきた生徒に」


 ヘルデンが隣に座るエルフの少女に囁く。


「本当か」


「負かされた生徒は見覚えがありますな。『ユラル亜流剣術』の継承者で、先日アリザベール湿地で協働した……あのブロンドの髪……フユナ殿だったか」


 フローレンスがぴくん、と眉を揺らした。

 その名は彼女も聞いたことがあったのだ。


「それに勝つとは……嘘を申しておらぬか」


 もちろんでございます、とヘルデンはフローレンスに答える。


「一戦のみでは断定できませぬが……これはかなり期待してよいかと」


 ヘルデンが顎髭をさする。


「そんなに若い少年が本物だというのか、ヘルデン」


「私も信じられませんが、もしそうだとすると、持参した贈り物が少々年齢不相応ですな……」


 煙草や酒などはされますまい、とヘルデンが額に手を当てて呟いた。


「まぁ第三学園だとわかりましたので、交渉自体は日を改めた方が無難でしょうな。焦りは良い結果を生まぬでしょうから」




 ◇◇◇





 かつてない大歓声が巻き起こっている。


 自分たちの裏試合となっているフユナとサクヤの戦いが、異様に注目を浴びているようだった。

 しかもフユナが劣勢に立たされているのが、ヴェネットにも感じ取ることができていた。


 だが、ヴェネットはそちらに目を向ける余裕がなかった。


「なんなの……この女」


 自分に向けて黙々と振るわれる剣に、ぞっとしていた。


 ヴェネットは道場に入門してから今まで、異流派交流会などで様々な剣と打ち合ってきた。

 だからたいていの剣は筋を知っているし、対処の仕方も身体が覚えている。


 だが、何だこれは。

 この女の振るう剣。


 ヴェネットは嫌悪をあらわにする。

 本質はフィネスの振るう『聖なる剣』に似ている感じがする。


 程度はおそるるに足らない。

 むしろフィネスに比べたら、侮っても良いほどに低いレベルにある。


 ヴェネットが警戒心を抱いているのは、その剣ではない。


 それを裏打ちしている、黒い、不気味な剣。


 死の気配、とでもいうべきか。

 全く正反対の性格の「裏の剣」が、打ち合うたびにべっとりと自分にまとわりつくのである。


「くぅっ……」


 とうとう堪えきれなくなり、ヴェネットが飛び退いて距離を取る。


「なんなの、あんた……絶対に普通じゃない」


 ヴェネットが木剣の切っ先を突きつけるようにして、言った。

 その額には、汗が浮かんでいた。


 だがアリアドネは小さく笑っただけで、何も言わない。


「もうウザいから、さっさと終わりにしてやるわ」


 ヴェネットが意を決して、跳躍した。


「喰らいな、自業自得なんだから――!」


 ヴェネットが宙を舞う。


「――【蝶舞斬り】――!」


 乱舞する剣撃が、アリアドネを捉える。

 アリアドネはそれを木剣で防ごうとしたが、まるで見えず、到底できたものではなかった。


「きゃぁぁあっ」


 異なる角度から放たれた三連撃に打たれ、アリアドネは悲鳴を上げて倒れた。


 大歓声が巻き起こる。


「……やっと倒れたわ、銀髪」


 歓声の大きさに驚きながらも、安堵のため息をつくヴェネット。

 

 一方、待機スペースから覗くフィネスとカルディエは、勝利が近づいたと言えど、全くもって心穏やかではいられない。


「……二度も……なんと非常識な」


「イジン監督、もうヴェネットを止めた方が」


「――おお、素晴らしいぞ! それを待っていた!」


 だが訴えようとした先の教師イジンは、ひとり、飛び上がらんばかりに興奮しているのであった。




 ◇◇◇




「1、2、3……」


 ダウンしたアリアドネに対し、審判のカウントが始まる。


「寝てろバカ」


 ヴェネットはアリアドネに背を向け、フユナの戦いに目を向ける。


「……あれ」


 そこで、はたと気づく。


 フユナがいない。

 相手の男は腕を組んだまま、こちらを見て静かに立っている。


「ど、どういう…… ?」


 まさかさっきの歓声、フユナが負けた……?


 その時。

 背後で数え上げていた審判のカウントが、5で止まった。


 背筋がぞわり、とした。


「……え……」


 まさかと思い、振り返る。

 だが、そのまさかだった。


「な、なんで……?」


 顔が青ざめていくのが、自分でもわかった。

 木剣とはいえ、急所を穿つ三連撃が見事に決まったはずである。


 手加減などしていない。


「どうして立ってる……?」


「こんなので倒れられるなら苦労しないわ」


 平然としたアリアドネが、ヴェネットに一歩近づく。


「ひっ……」


 ヴェネットが大きくとびずさる。


「く、来るな!」


 ヴェネットはここにきて初めて、恐怖を感じていた。

 目の前の女は、自分の理解を超えているのである。


「ところで、あたしも使えるの」


「……な、なにをよ」


「わからない?」


 アリアドネは肩にかかっていた銀色の髪を後ろに払う。


 そして一気にヴェネットに近接する。


「――!?」


 ヴェネットには、驚く間もなかった。

 はっ、という気合の声とともに発せられたのは、見えない衝撃。


「かはっ!?」


 ヴェネットが、後ろに大きく吹き飛んだ。


「…………!」


 気づいた者は少なくなかったであろう。

 それが、スシャーナが最初にヴェネットにしてみせた、あの魔法に酷似していることに。


 だが、威力は比較にならなかった。


 なんとヴェネットは20メートル以上吹き飛び、闘技場を出て第二学園の待機スペースに転がり込んでしまったのだ。

 第二学園の生徒たちが、悲鳴を上げてその場から逃げる。


「なっ」


 止まってから、ヴェネットは自分が今どこにいるかに気づいた。


「――じょ、場外!」


 審判がヴェネットに失格を宣言する。


 闘技場が大きなどよめきに包まれた。


「なっ!? ……くっ! あの女ぁぁ!」


 ヴェネットが鬼の形相で立ち上がる。

 だが、時すでに遅し、である。

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