第175話 連合学園祭2-16


「――サクヤだぁぁ――!」


「よっしゃあぁ! サクヤ来たぁぁ――!」


「見せてやれぇぇぇゴッドォォ――!」


 巻き起こる大歓声。

 サクヤ、サクヤ……という大合唱は、さっきまでの倍以上に膨れ上がっている。


 異様に盛り上がっている第三学園の観客席を傍目に、イジンが唾を吐き捨てた。


「はっ、所詮は無関係なエキシビジョンマッチだ。あとはお前らで適当に遊んでやれ」


 審判からことの詳細を聞いたイジンは、もはや興味がなかった。


「これは……」


 一方、闘技場に巻き起こる声を聞いて、フィネスは立ち上がっていた。


「サクヤ様が……選ばれた?」


「この空気は、かもしれませんわね」


 カルディエが笑っていった。

 フィネスの胸で否応なく鼓動が高鳴る。


 サクヤ様に、逢える……?

 完全に諦めていたフィネスの心に、淡い期待が生まれる。


「フィネス様、お座りになられては」


 第一学園の待機スペースで、一人だけ前のめりになっている人物をカルディエが諌める。


「し、失礼しました」


 フィネスが取り繕うように黒髪に指を通すと、スカートの裾を押さえながら再び長椅子に腰を下ろす。

 幸い、その様子をイジンに気づかれることはなかった。


 そこで開催委員会の教師から、拡声されたアナウンスが始まった。


〈えー、お待たせしました。エキシビションマッチに参加する第三学園の大将をお知らせします〉


 ざわざわとしていた観客席が、一斉に静まり返った。

 フィネスも固唾をのんで、続くアナウンスを待つ。


〈二年生サクヤくんに、同じく二年生のアリアドネさんです〉


「サクヤ様!」


 フィネスの顔に、ぱっと笑顔の花が咲く。


「よかったですわね」


 口元を押さえ、今にも泣き出しそうになっているフィネスをカルディエは優しく見つめていた。


「フィネス様、あの少年だといいですね」


 カルディエがフィネスに小声で訊ねる。


「………」


「フィネス様?」


「………」


 フィネスは息も絶え絶えになっていた。


 フィネスは高鳴った動悸を抑えるのに精一杯だったのである。

 だがそうなるのも当然。


 やっと夢にまで見たこの日、この時を迎えることができたのだから。


「今なら……お会いするだけでわかると思います」


 フィネスは深呼吸をするようにして、カルディエに言葉を返した。


「……確かにおわかりになるでしょうね。それだけ想っているフィネス様なら」


「ええ。想いなら誰にも負けません」


 フィネスは両手で黒髪を一度束ねると、後ろに払った。


「来ましたわ」


 カルディエが指をさす。

 第三学園のエントランスには、黒髪の男と――。


 注意されたそばから、ガタ、と椅子を鳴らしてフィネスが立ち上がる。


「フィネス様ったら、もう……」


 カルディエが舌打ちする。

 だがそんな声は、フィネスには聞こえていなかった。


 フィネスは、違う意味で立ち上がっていた。


「……さ……」


 それ以上、言葉が出なかった。


 歓喜から一転。

 フィネスの胸に、衝撃が走っていた。


「………」


 フィネスはもう一度、目を凝らす。

 だが目にした光景が変わるわけではなかった。


「誰……」


 サクヤの隣に、女がいるのである。

 銀色の髪をした美しい女生徒。


 ただ、そこに並んで立っているだけなら、フィネスもそこまでショックを受けなかったに違いない。


「……嘘……」


 そうではなかったのだ。

 二人に、目に余るほどの親密さが感じ取れたのである。


「フィネス様?」


「………」


 フィネスはめまいがした。


 もしやサクヤ様に、すでに恋人が……?


 その時。

 サクヤの隣に立つ女生徒が、こちらを向いた。


「………」


 銀色の女が、自分を見ている。


 ぶつかり合う視線。


 だがすぐに、銀色の少女は視線を戻し、サクヤ様に清楚な笑顔を見せていた。

 サクヤ様が、銀の少女に応じて優しく笑いかけているのがわかる。


「サクヤ様……」


 胸が苦しい。

 フィネスは右手で自身の胸元の制服を、ぎゅっと握りしめた。


 自分が探している間に、あの方にはすでに愛しい女性ができてしまったのだろうか。





 ◇◇◇





「出てきましたぞ!」


 ヘルデンが目を凝らしながらフローレンス王女に言った。


「どんな、どんな男だ、ヘルデン」


 フローレンスが一秒すらも待てない様子でヘルデンにせっついた。


 フローレンスにとって、その男は招聘するだけではない。

 のちに自分の夫となるかもしれない人物なのである。


「……ほう」


「ヘルデン! ほう、じゃない! 早く教えてくれ」


 ヘルデンが唸ったのがやけに気になって、フローレンスは再び急かした。

 彼女は生まれつき目が見えないだけに、想像力は人一倍なのである。


「黒い髪の……美男子ですな」


「び、びな……?」


 フローレンスが口を押さえ、顔を真っ赤にした。


「予想していたより、相当に若い。王女より年下かもしれませぬ。まぁ学園にいるくらいですから当然でしょうが」


 ヘルデンが顎をさすりながら、ひとりで呟く。


「若い……」


 一方、フローレンスは年下と聞いて、わずかに高鳴っていた気持ちが冷めていた。


 違う人物である可能性を感じたのである。


「しかし、あの若さで魔王を倒してみせるとは……」


「ヘルデン、それは残念だが、人違いではなかろうか」


 前のめりになっている自国の将軍をフローレンスが諌める。


「……似ておるのです」


 ヘルデンが目を逸らさずに言った。


「似ている?」


「……なんとなく醸し出している雰囲気が、あの時と」


 長年の戦いの感が、ヘルデンにそう告げていた。

 殺気を一切纏わない、無の男。


 目の前で魔王を倒していったあの男も、同じだった。


「まだ戦ってもおりませんが、私はあの男がそうだと思いますぞ」


 ヘルデンがにやりとした。




 ◇◇◇




「来た」


 フユナは胸の高鳴る鼓動をヴェネットに悟られないよう、努めて落ち着いた口調で言った。


「あれが、お姉様が望む男?」


「まあ、そうなる」


 ヴェネットがこれ見よがしにため息をつく。


「あんなの、どこにでもいるガキじゃないの。お姉様ならもっと頼りがいのある大人の男性を求めるのかと思ってたのに」


「ヴェネット、悪いがアリアドネとかいうパートナーの女の方を頼む」


「また指図? いい加減にしてよ」


 ヴェネットはとがった視線をフユナに向ける。


「これが最後だ。後は好きにしてくれていい」


 そう言い残すと、フユナは迎えにいくように、歩き出した。

 もう、ヴェネットの言葉など聞こえていなかった。


「……ちっ」


 ヴェネットはフユナの背中に向けて、聞こえるように舌打ちをする。

 だが、ふとあることを思いついて、にやりと笑った。


 こう上から指図されっぱなしでは、当然腹の虫が収まらないのである。


「……いいわ。お姉様と話して良い器かどうか、わたしが見てやるから」




 ◇◇◇




 黒髪の少年と、ブロンドの髪の少女が十五歩ほどの距離で向き合う。

 柔らかな風が横から吹いて、二人の髪をもてあそぶ。


「フユナー!」


「いったれサクヤ―!」


 エキシビジョンマッチながら、観客は総立ちになり、ここにきて異様な盛り上がりを見せている。


 当然であった。


 昨年、ペアで優勝まで成し遂げた二人が今、敵同士として向かい合っているのである。


「なにか感慨深いな……」


 フユナが呟きながら、サクヤに話しかけようとした時。


 フユナの横を何かが駆け抜けた。

 フユナがはっとする。


「――ばぁか」


 ひゅん、という風切り音。

 ヴェネットが木剣をかざして、サクヤへと襲いかかったのである。


「やめろ、ヴェネット!」


「お姉様と戦うなんざ、100万年早いんだよぉぉ!」


 嘲笑で歪んだ顔をしたヴェネットが、斬り込む。


「任せろ」


 木剣を反射的に構えたアリアドネを手で制し、そう告げたサクヤは、ヴェネットの動きを目だけで追随していく。


 その見上げた視線を察知して、ヴェネットは勝ちを確信した。


「かかった! 雑魚すぎる!」


 ヴェネットは上段狙いと見せかけて、鋭い突きに変化する。


 早くも笑いが止まらない。


 最初のテルマとかいう奴といい、さっきのゲ=リといい、こいつといい。


 ちょっとひねってやるだけで、見事に引っ掛かるのである。

 こんな愚かな連中がメンバーに採用される第三学園のレベルの低さといったらない。


「潰れろ!」


 ヴェネットがサクヤの顔を貫かんと、木剣を鋭く突き出した。


「ヴェネット!」


 その全く手加減のない強撃に、フユナが目の色を変えた。


「終わっとけぇぇ――!」


 しかし。


 ――ヒュン。


 空を切る木剣。

 顔面を貫いたはずが、なんの抵抗もない。


「……な……」


 ヴェネットが目を見開く。


 僅かな間をおいて、貫かれた男の姿が音もなく掻き消える。


 闘技場がざわり、とした。


「――き、消えましたの?」


「違う、『残像』です……『残像』を貫いたんだわ!」


 フィネスとカルディエが目を奪われる。


「……え……」


 驚いたままの二人の視線が、若干上へと昇った。


「……ラ……?」


 フユナは、立ち尽くしている。


 一方。


「ど、どうや……!?」


 相手の男が掻き消え、頭が真っ白になるヴェネット。

 同時に、その脳裏に警笛が鳴り響いていた。


「……え……」


 息がつまる。


 自分は以前、経験していなかっただろうか。

 これと全く同じことを。


 ……まさか……。


 しかしすぐに、ヴェネットは頭を振ってその考えを否定する。


 あれは違う。

 学園にある冒険者ギルドに立ち寄ったかなにかした超級冒険者が、たまたま自分をからかっただけなのだ。


 制服を着ていたといえど、あれほどの強者がこんな学園祭の生徒の中に居るはずがない。


「………」


 そう言い聞かせながらも、ヴェネットは、頭上を見上げずにはいられなかった。


 ほかでもない。

 あの時は自分の頭の上に、相手が乗っていたからである。


 恐る恐る、上を向く視線。


 ありえない。

 まさか、そんなわけが――。


 そして。


「……おのれっ!」


 そのまさかだった。

 なんと相手の男は、ヴェネットの頭の上に悠々と立っていたのである。


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