第174話 連合学園祭2-15
ゴクドゥー先生が開催委員会に呼ばれている。
今後どうなるかは、それ次第だった。
先生たちを含め、みんなは沈んだ表情のままゴクドゥー先生が戻ってくるのを待っている。
「このまま終わりかな……」
「うちの学園は結局、フユナたちに敵わなかったってことか……」
「まさか4つも抜かれちまうとはな」
「あいつら、手がつけられねぇよ……」
上級生たちが小声で呟いている。
今、第三学園の待機スペースには、20名以上の生徒がいる。
棄権ペアが出たため、急遽参加に備えて四年生を中心に集められたからだ。
そんな折、カタン、と入り口から誰かがやってくる音がした。
皆が一斉に振り返る。
「――サクヤン」
聞き慣れた声。
立っていたのは、治癒をもらって戻ったスシャーナだった。
「おお、おかえり」
「大将らしい戦いだったよ」
先生や上級生たちが、拍手で彼女を迎えた。
スシャーナはそんな皆に頭を下げると、人を縫うようにして僕の前にやってきた。
いつもと変わりない振る舞いに見えるけど、間近で見ると、その顔に浮かぶ疲労の色は濃い。
「スシャーナ」
「サクヤン、大将を代わって」
継がれた二の句がそれだった。
「あたしじゃフユナ先輩には敵わない」
スシャーナが自嘲するように笑う。
あれだけ決意に満ちていた、彼女の心が折れている。
「驚くほどに強かったさ」
僕の言葉に、スシャーナは首を横に振る。
「聞こえるでしょ? 観客席もサクヤンを待ってる」
そう言って、スシャーナは頭上を指さした。
そう、もうずいぶん前から、観客席は僕の名前を呼び続けている。
「今、委員会で話し合ってると思うけど、たぶん第三学園は大将ペアを出せることになる」
スシャーナは自信に満ちた言い方をした。
それを聞いた皆はおお、と声を上げ、 表情を明るくした。
「……本当に?」
「きっと大丈夫」
不安げに訊ねた上級生に、スシャーナは力強くうなずいて見せた。
そのまま、僕に向き直る。
「だから大将を代わって、サクヤン。……そしてフユナ先輩と」
そこまで言ったスシャーナは急に言葉に詰まり、 茶色の髪を揺らしてうつむいた。
「……スシャーナ?」
僕はなにか、違和感を感じる。
しかしスシャーナは俯いてしまった自分を消し去るようにすぐ顔を上げ、僕に向かって笑顔を作った。
「サクヤン、縁日なんてもういいの。その代わり……フユナ先輩と」
僕は片手を上げ、その言葉を遮った。
「――それ、言わされているんだな?」
スシャーナがはっとして、僕から目を逸らした。
僕の言葉を裏付けるように、スシャーナの瞳ははっきりと揺れていた。
「そうなんだな?」
「………」
スシャーナが唇を噛んだ。
その目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ち始める。
「もう言わなくていい」
しかしスシャーナは涙を切るように目を強く瞑ると、叫ぶように言った。
「――あたしなんかいいから、 大将になってフユナ先輩に会ってあげてよぉ!」
そのままスシャーナは床に座り込み、うあぁぁん、と泣き始めた。
手を投げ出し、天井に向かって大きく口を開け、ただひたすらに声を上げ、大粒の涙をこぼす。
「ひっく、ひっく、うあぁぁーん!」
まだ未熟な少女らしい、感情を爆発させた、そして繕うことのできない泣き方。
幼いそれが、余計に胸に突き刺さった。
◇◇◇
「――あたしなんかいいから、 大将になってフユナ先輩に会ってあげてよぉ!」
スシャーナが床に座り込み、大声で泣き始める。
「スシャーナちゃん……」
「スシャーナ……泣くなって」
教師や上級生がスシャーナを囲み、慰め始めた時。
「大将はもう誰でもいい」
教師ゴクドゥーが木刀を背負い、いつもと変わりない様子で待機スペースに戻ってきた。
露出している片眼が充血していることには、ほとんどの者が気づかなかった。
「聞いてくれ。この後は『エキシビジョンマッチ』という形になる」
「エキシビジョン……マッチ?」
待機スペースに居る生徒たちが、その意味をわかりかねて、呆然とする。
一方、意味を理解した教師たちは、顔に浮かんだ失意を隠そうと生徒たちから背を向け始めた。
「喜べ。誰でもいい。ひとペアだけ記念に出してやる。大将で出たいと言う奴は手を上げろ」
「……先生、それって勝敗は」
生徒の一人がすぐさま訊ねた。
生徒たちはじっとゴクドゥーを見ている。
もちろんそれが、彼らが一番に気にしていることに他ならなかった。
「………」
ゴクドゥーが一瞬、押し黙る。
「……大将で出たいという奴は手を上げろ。誰でもいい。記念になるぞ」
だがなにもなかったように、ゴクドゥーは言葉を続けた。
「先生!」
「記念ってなんだよ! そんなのどうでもいいよ!」
「俺たちの勝ち負けはどうなったんですか!」
生徒たちが不安げな表情で、口々に訊ねる。
「………」
ゴクドゥーは、生徒と視線を合わせようとしない。
「――先生!?」
「はっきり言ってよ、先生!」
生徒たちがゴクドゥーの周りを取り囲んで、必死に声を上げ続ける。
「勝負はもう……終わったんだ……」
天井を見上げるようにしてそう呟いたゴクドゥーの声は、すでに潤んでいた。
それの意味するところに気づいた生徒たちの顔が、次々と歪んでいく。
「――嘘だろ先生!」
「先生、嘘って言ってよ!」
「『俺たちが優勝するに決まってる』んだろ!? さっきまでみたいにそう言ってくれよ!」
生徒たちがゴクドゥーにしがみついて、次々と声を張り上げる。
「やかましい!」
ゴクドゥーが、そんな生徒たちを乱暴に振りほどく。
そして、壁を揺らすほどの大声で叫んだ。
「――もう負けちまったんだ! 優勝は第一学園なんだよ!」
「………」
しーん、と静まり返った。
そのまましばらく、誰も言葉を発せなかった。
「……ぅぅ……」
ひとり、またひとりと、生徒がその場に力なく座り込む。
やがてしくしくとすすり泣く声が、第三学園の待機スペースに広がった。
「……ちきしょう……!」
「終わっちまった……」
「くそっ、俺があの時、簡単にやられなければ……!」
次鋒を務めた召喚師のカールが椅子の脚をガァン、と蹴りつけると、頭を抱え込むようにして屈み込んだ。
そのペアだったマイケルは床に座り込み、鼻からも涙を流している。
「立派だったさ……」
「ええ。みんな、頑張りましたよね……」
言いながらも、教師リベルやマチコが目元を拭う。
その時であった。
「――まだ負けていない」
力強い声。
「……え?」
誰かの発した言葉に、皆が振り返る。
「――第三学園はまだ負けていない」
制服姿の少年がひとり、凛々しく立っている。
サクヤであった。
「サクヤ」
「サクヤ……」
皆が顔をあげて、その人物を見る。
「優勝という言葉だけをさらった第一が最強か? 笑わせるな。最後に立っている学園が最強だろう。違うか」
「………」
声が完全に変わっているサクヤを見て、呆然とする生徒たち。
「――サクヤくんの言う通りだ。俺たちは、まだ負けてない」
カタン、という音とともに、その沈黙を破った者。
ちょうどやってきたゲ=リだった。
その右目は、打たれたせいでパンダのようになっている。
「第一学園は禁軍入隊の関係で『優勝』という言葉が欲しいだけなんだよ。そんなのに翻弄されちゃだめだ」
ゲ=リはその周辺の話を、座りこんだままの皆に説明してみせた。
「そうだ」
立ち上がり、追随したのは先鋒だったテルマ。
「戦いは終わっていない。ルイーズの雪辱なしでは、終われない」
そこで再び、カタン、という音。
「そうよ、まだ最後のペアがいる!」
声を発したのは、やってきたマリリンだった。
「へへ……」
そのマリリンに肩を貸してもらうようにして立っているのは、坊主頭の四年生。
そう、ヤスである。
「あーあ。『誰でもいい』とか言っちゃってよ。あいつら知らねぇんだ。俺たちには『とっておき』がいるってのに」
ヤスがその人物に目をやりながら、ひとり呟く。
「ところでみんな何? 私らがいない間に辛気臭い顔しちゃって」
マリリンが周りを見回して、顔をしかめた。
生徒たちが反射的に下を向く。
「先生もだよ! なんて顔してんだよ、まだ終わってねぇよ!」
いつのまにか座り込んでいたゴクドゥーがヤスに背中をどん、と叩かれる。
「そ、そうだな」
ゴクドゥーが目元を拭って立ち上がる。
「……確かにお前たちの言う通りだ。まだ全てが終わったわけではない。なのに諦めるとはこのゴクドゥー、一生の不覚よ」
ゴクドゥーが大きな咳払いをすると、座り込んだ生徒たちを見回す。
「先生、いつもみたいに頼むぜ!」
「言われるまでもない!」
ヤスにそう返したゴクドゥーの目には、猛禽のような鋭さが戻っていた。
「――おい、お前ら!」
ゴクドゥーはそのリーゼントを撫でつけると、大声を発した。
「第三学園はこのまま終わる器か!?」
「終わらないよ!」
叫んだのは、教師ミザルだった。
すぐにマイケルとカールがそれに追随する。
ゴクドゥーが頷き、三人とハイタッチを交わす。
「終わらない!」
「終わるはずがないっ! ねっ、みんな!」
続いて叫んだリベルと、ウィンクしたマチコとも、ゴクドゥーはハイタッチを交わす。
「もう一度聞くぞ! 第三学園はこのまま終わる器か!」
「――終わらないぃ――!」
今度は生徒全員が立ち上がり、大声量で応じてみせた。
最後はゴクドゥーが差し出した右手の上に次々と生徒たちが手を重ね、その手を皆で大きく跳ね上げた。
「大将は……もう彼しかいないね」
ゲ=リの言葉に、すぐさまヤスとマリリンが頷いた。
ゴクドゥーら教師たちも、ニヤッと笑って頷く。
「勝ちに行こうぜ、サクヤ」
「ヴェネットだろうとフユナだろうと、勝てるよね、サクヤくん!」
ヤスとマリリンが、サクヤの肩に手を置く。
サクヤが頷いた。
「俺は倒れない」
その力強い言葉に、皆がおおぉぉ、と沸き立つ。
そのまま待機スペースからも、サクヤコールが始まった。
「スシャーナ」
そんな中、サクヤはまだ涙の止まらぬスシャーナを振り返る。
「――聞いた通りだ。大将を引き受けよう」
「サクヤン……!」
スシャーナがその濡れた顔の中に小さな笑みをともして、サクヤを見る。
「だが、ただでは受けない。交換条件だ」
「……えっ」
スシャーナが硬直する。
「……こ、交換……でもあたし、差し出せるものなんて、なにも……」
スシャーナがまたじわり、と涙ぐむ。
「俺が最後まで勝ち抜いたら、一緒に行こう」
その言葉に、はっとするスシャーナ。
サクヤが頷く。
「――そう、『縁日』にだ」
「………!」
スシャーナの目から、堰を切ったようにまた涙があふれた。
「……うぅぅっ……!」
「約束してもらうぞ」
「……うんっ……うん……!」
止まらなくなった嗚咽の中、スシャーナはこくこくと何度も頷いた。
◇◇◇
「――サクヤだぁぁ――!」
「よっしゃあぁ! サクヤ来たぁぁ――!」
「見せてやれぇぇぇゴッドォォ――!」
巻き起こる大歓声。
サクヤ、サクヤ……という大合唱は、先ほどまでの倍以上に膨れ上がっている。
異様に盛り上がっている第三学園の観客席を傍目に、イジンが唾を吐き捨てた。
「はっ、所詮は無関係なエキシビジョンマッチだ。あとはお前らで適当に遊んでやれ」
審判からことの詳細を聞いたイジンは、もはや興味をなくしていた。
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