第171話 連合学園祭2-12


 それでもゲ=リは心底嬉しかった。

 伝説の勇者のように、戦いを通して自分はどんどん強くなっていけるのだと知って。


「……なーんて、驚いてやったけど。あんたって所詮モノマネ屋でしょ」


 突然、ヴェネットがくすり、と笑った。


「戦いってのは、そんな甘くないんだよ」


 ヴェネットが木剣を構え、跳んだ。

 剣を上段に構え、ゲ=リの懐に臆せず飛び込むと、鋭く振り下ろす。


 ゲ=リはその動作を目に焼き付けながら、自身の小刀を模した木剣で受けようとする。


「――やっぱバカじゃん」


 剣を振り下ろすと見せかけたヴェネットは、打ち込まずに身体を折りたたんで屈み込み、地を這う足払いに変化する。


「うおぁっ!?」


 ゲ=リが、かかとを掬い上げられて宙を舞った。

 いくら夏休みをすべて投資して武者修行してきたと言っても、相手は『ユラル亜流剣術』の元継承者、【剣の天才】ヴェネット。


 同じ剣を振るうといえど、彼女はそれを昇華させ、呼吸するかのように使いこなせる人物なのである。


「キエェェェ――!」


 ヴェネットがその隙を逃さず、『ユラル亜流剣術』が必殺とする連続剣を放つ。


「ぐあぁ――!」


 斬り上げで宙に打ち上げられたゲ=リは、人形のようになりながらさらに三連撃を受けて、地にどぅ、と音をたてて落ちた。

 奥義の【蝶舞斬り】とまではいかないが、それを極める前段階で練習することになる【第三崩し】という練習技である。


「距離をとって」


 審判がやってきて、倒れたゲ=リから少し離れるよう手で指示がとぶ。


「1,2……」


 直後、ダウンカウントが始まった。

 仰向けに倒れたゲ=リの額からは血が流れている。


「まったく、雑魚のくせに……ぬ」


 そこで、はっと気づいたヴェネットはあたりを見回し、スシャーナの回復魔法ヒールを警戒する。

 だが、それが取り越し苦労であったことを、ヴェネットはすぐに悟った。


 スシャーナはフユナに見事にブロックされ、回復魔法ヒールをこちらに届けられずにいたのである。


「……さすがお姉様だわねぇ、ステキ」


 フユナは戦うというより、うまく立ち回っていた。

 抵抗レジストできそうな魔法はそのまま耐え、〈単体催眠スリープ〉が来ると見るや、ぎりぎり射程範囲の外へと逃げる。


 そうやってスシャーナにつきまとい、確実に回復行動だけを阻害し、こちらの戦いが終わるのを待っているのだった。

 スシャーナはこちらをチラチラと見ながらも治癒に動けず、 しきりに舌打ちしている。


「ホントおバカさんね」


 フユナに完全にしてやられているスシャーナの背中を見て、ヴェネットが口元を押さえながら嘲笑う。


「3,4……」


 そうしている間にも、カウントが進んでいく。


「さて」


 ゲ=リに背を向け、自分をダウンさせたスシャーナという女を追い込んでやろうと歩き出した、その時。


 後ろから声がした。


「まだまだぁ……!」


 ぎょっとして振り返る。

 そこではなんと、ゲ=リが立ち上がろうとしていた。


「………な、なんで?」


 ヴェネットは我が目を疑った。


 急所は突かなかったが、手応えは十分にあった。

 なぜ意識がある……?


「6,7……」


「寝て……られるかぁぁ……!」


 なんとゲ=リは自力でカウント内に立ち上がってみせた。

 審判の教師の質問にもきちんと答えてみせる。


「再戦!」


 審判の教師が、ふたりの戦いを許可する。


「学園祭だから甘くしてやれば、つけあがって……」


 急に面倒くさくなったヴェネットは、木剣を構え、深く考えずにゲ=リに接近する。


「ぬあぁぁ――!」


「――!?」


 ヴェネットはぎょっとした。

 なんと、立ち上がったばかりのはずのゲ=リが力強く踏み込んで、距離を詰めてきたのである。


「ど、どこにそんな余力が……!」


 そんなことを考えている暇はなかった。


 ――まずい!


 完全に踏み込み過ぎになっていた。

 勢いを止めるには、もう手遅れ。


 ヴェネットの顔から血の気が引いていく。

 剣が間に合わない――。


「これがみんなの『痛み』だァァ――!」


「――くっ!?」


 ヴェネットはなんとか一撃を防ぐも、斬り上げの勢いを殺しきれず、打ち上げられた。


「うあっ!?」


 そこで悟る。


 そう、始まったのは、たった今自分がゲ=リに打ち込んだばかりの【第三崩し】であった。


「ぬあぁぁぁ――!」


 今学び取った技とは思えぬほどの鋭さを持って、それが襲ってきた。


「こんなもの!」


 だがヴェネットとて、この攻撃を受けるのは初めてではない。

『ユラル亜流剣術』では、この攻撃をさばけるようにならなければ、奥義【蝶舞斬り】を手にすることはできないのである。


「――くぁ!?」


 しかし、剣の速度は遅いものの、威力が想像以上だった。

 本来、女しか身につけることのできない前奥義である。


 男の力で打ち込まれたことなど、ヴェネットには経験がなかった。

 一撃目をさばいたところで、その重さにぞっとした。


 剣を持つ右手首にズキン、と痛みが走る。


「くぅぅ――!?」


 二撃目、三撃目をなんとか払うも、大きく押されるのはもはやどうしようもなかった。


 だが当然、そんなことは顔には出さない。


「へっ、受けきったぞ、マザコン!」


 宙で、ヴェネットが引き攣った笑いを浮かべる。

 しかし。


「お前に勝てないことくらい、とうに理解してる」


 ゲ=リがにやりと笑った。


「………な」


 その笑みを見て、ヴェネットは嫌な予感がした。


「まさか」


 この男、なにか意図が――?


 そしてゲ=リの視線がちらり、と足元を見たのを、ヴェネットは見逃さなかった。


「なっ――!?」


 ぎょっとした。

 押されて場外に、と思ったのだ。


「………」


 だが、別にそんなこともない。

 なんの意図かつかめないまま、着地するヴェネット。


「………!」


 そこでやっと、ヴェネットは仕掛けに気づくことになる。


「はっ……!?」


 ふいにめまいがした。

 頭にどろりとした何かが流れ込んでくる。


「道連れだ」


 ゲ=リが重そうなまぶたを持ち上げながら、ハハ、と笑った。


 やられた、と背筋が冷えていく。

 ヴェネットはすべてを理解した。


「あとは、サクヤくんが……」


 ゲ=リが、その言葉を最後に崩れ落ちる。

 自分も足元がふらふらし始めた。


 そう、これはスシャーナの眠りの魔法〈眠りの闇雲スリープクラウド〉によるものであった。




 ◇◇◇




 スシャーナは唇をかみしめていた。


 スシャーナは自らの実力を大きく上げることには成功していたが、戦略的な動きについては何も学んでこなかった。

 それだけに、フユナの動きの意味に気づくのが遅れた。


 フユナは戦っているのではなかった。

 自分をうまくさばいているのである。


 そうとわかった時には、もはや仕掛けられなかった。

単体催眠スリープ〉は詠唱初期に見抜かれ、距離をとられてしまう。


眠りの闇雲スリープクラウド〉なら間に合うものの、この程度の威力ではフユナは眠らない。


 攻撃魔法は、思ったようにダメージが入らない。

 そして当然のように、ゲ=リへの加勢は完全に遮られている。


 フユナは常に剣の間合いをちらつかせてくるのだ。


 事前の想定では互いが離れないようにして、被ダメージをスシャーナが適宜回復する予定であった。

 それだけに、相当な痛手である。


 最後の望みはゲ=リからの救援だったが、ゲ=リは相手の三編み女に終始追い込まれており、到底そんな余裕はない。


 この先は予想がついている。


 そう。近い将来、ゲ=リが先に落ちる。


 そして自分は2対1で攻められ、終わることだろう。


 だが、スシャーナは諦めなかった。

 これも、流れのひとつとして話し合っていたのだ。


 ゲ=リが敵わない相手とぶつかり、負けが確定している場合。

 それを打開する術。


 スシャーナがちょうどそれを頭に浮かべていた時。

 ゲ=リは約束してあった術のうちのひとつを、サインで出してきた。


 痛み、という言葉である。


 昨年、第一学園の副将ペアが単語をキーワードにして意思疎通していたことにスシャーナは気づいていた。

 そのうまいやり方を自分たちも取り込み、打倒フユナを目指してきた。


 スシャーナは意を決して、約束された魔法を放つ準備をすすめる。

 ゲ=リもろともヴェネットを捕らえるのだ。


 用いる〈眠りの闇雲スリープクラウド〉は、しかし諸刃の剣であった。


 攻撃範囲が広いため、〈単体催眠スリープ〉では届かないところまでもを攻撃範囲に含めることができるが、初級魔法の欠点として、効果範囲に居る味方にも作用してしまう問題点があるのである。


「〈眠りの闇雲スリープクラウド〉」


 自分ほどには、魔法に詳しくないのだろう。

 フユナは自分がヴェネットを狙える範囲に入った瞬間に、気づいていなかった。


 魔法は最高のタイミングで、ヴェネットを捉えた。

 ゲ=リを道連れにして。


 だがこの作戦において、本当に大変なのは眠らせてからである。


 連合学園祭のルール上、〈眠りの闇雲スリープクラウド〉の魔法で眠った仲間を起こすことは許可されているためである。


「終わらせる!」


 スシャーナはすぐに壁をたて、フユナの行動を制限する。

 フユナがヴェネットに近づくのを遮らねばならないのだ。


 当然、ゲ=リを起こしている暇もない。


 ヴェネットを倒したところで、フユナとの戦いで勝算が上がるわけではないが、少なくとも2対1にされるのを防ぐことができる。

 スシャーナは残り少なくなっている魔力で必死に石の壁を立て続ける。


 しかしその必要がなかったことに、スシャーナは遅かれながらも気づいた。


「バカみたい」


 壁の奥から嘲笑が響き渡った。

 スシャーナは、突然背に水をかけられたように、はっとする。


 そう、ヴェネットは眠っていなかったのだ。


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