第170話 連合学園祭2-11
「ライバルは多いわよ」
フユナがくすっと笑う。
(それは百も承知だ)
そう心の中で呟きながら、フユナはちらりと、自分の学園の待機スペースに視線を走らせた。
「ところで、先輩に訊きたいことがあったんだけど」
「なんだ」
「サクヤンとどこまで関係を持ったの」
その言葉に、フユナはつい吹き出してしまう。
「ねぇ、答えてよ」
スシャーナが真剣な表情で迫る。
これが、スシャーナがフユナにずっと問いただしたいと思っていたことであった。
胸の中で堪えている切なさを思い出したスシャーナが、小さく唇を噛む。
パートナーとなってからは、夜遅くまで一緒にいても咎められない毎日。
フユナに連れられるサクヤの背中を見るたび、スシャーナは夜になるといつも不安だった。
フユナ先輩は綺麗だし、そばかすはないし、年上だし、自分より胸もある。
ふとした拍子に、間違いが起きて……。
「知りたいか」
「だから訊ねているのよ」
フユナがくすっと笑う。
「なにがおかしいのよ」
スシャーナがいつにも増して、鋭くフユナを睨む。
「済まないが、この話は手合わせの後にしようか。話してばかりでは体がなまる」
観客にも申し訳ないだろう、とフユナは即答を避けた。
「いいわ。じゃあ力づくで吐かせてあげるから!」
◇◇◇
「へぇぇ、なかなかやるじゃない、マザコン」
「お前は許さない」
ぶつかり合う木剣。
ヴェネットは手加減した攻撃を繰り返しながら、そんな言葉を呟いていた。
このマザコン、思っていたより骨がある。
これなら百人にひとりと言われる『ユラル亜流剣術』道場の『二段門下生』あたりに在籍させても、十分に渡り合えるのではなかろうか。
「なるほど」
一方のゲ=リは、先程からヴェネットの剣を受けるたび、そう呟いている。
ヴェネットのこめかみがぴくついた。
「――なんでてめぇが『上から目線』なんだよ!」
「ぐぶっ」
ヴェネットの本気の一撃がゲ=リの眉間を捉える。
屈んだ姿勢から剣を突き上げるようにして放たれたそれは、『ユラル亜流剣術』にある【縮身】である。
「むぐぐ……」
ゲ=リが唸りながら、後ろ向きに倒れる。
地に背がついたころには、ゲ=リは完全に気絶していた。
「死にはしないって」
ヴェネットが嘲笑する。
急所はわずかに外している。
もう一度急所に一撃を入れた場合、どれほどの罰が下るかわからないぞ、とフユナに念を押されていたからである。
だが、それでも十分な一撃である。
ヴェネットの手には、意識を刈り取った手応えがしっかりと残っていた。
十秒では戻らない。
「……い、1,2……」
審判の教師が駆け寄り、ダウンカウントが始まる。
「あーウザかった……」
ヴェネットは大きく息を吐くと、気持ちを整理するために、汚れてもいない木剣を白布で拭った。
「……さて、あの女は、と」
ヴェネットは木剣を持ち直し、気持ちを変えようと周囲を眺める。
「―――!?」
その時だった。
自分の目の前に、あの女が堂々と飛び込んできていたのは。
「……大地の母よ。この者の傷を癒やし給え」
「……なに!」
ヴェネットがはっとする。
驚きの言葉が聞こえていた。
駆け抜けるようにしながら、パートナーのあの女が癒やしの言葉を紡いだのである。
「だ、『大地の癒やし』……!?」
ヴェネットが目を疑っている間にも、ゲ=リは意識を取り戻す。
「フリダシに戻ったな」
ゲ=リが何事もなかったように、カウント6で立ち上がった。
第三学園の観客席から、おおぉぉ、という大歓声が上がった。
◇◇◇
「スシャーナすげぇぇ――!」
「最高だぁぁー!」
第三学園の観客席はいまや、総立ちになっている。
「そういうことか」
フユナは言いながらも、目の前のスシャーナがとんでもない能力を身につけていることに驚きを隠せなかった。
なんと、古代語魔術師でありながら、聖職者となっているのである。
神の声を聞き、認められ、神の奇跡を代行するには、気が遠くなるような時間を祈りに捧げなければならないと聞く。
それだけに、他の職業との『掛け持ち』は例がなく、フユナも聞いたことがなかった。
「……今頃気づいた?」
「そうだな」
近接して剣を振るおうとすれば、【大地の手】という神聖魔法で石壁を呼び出され、阻まれる。
あるいはさきほどヴェネットが身に受けた、
かといって距離を取れば、我が距離とばかりに〈
「これは強いな」
フユナは素直に認めた。
例年学園祭に参加してきたフユナだったが、スシャーナは今まで戦ったことのないタイプの強敵であった。
魔力も類を見ないほどに高い。
アリザベール湿地での戦いを経て【魔法抵抗】を上げていなかったら、たやすく眠りに落ちていたに違いない。
いや、現状でもこのまま戦い続ければ、そう遠くない未来、自分は眠りに落ちることだろう。
おそらくこの少女は、サクヤへの強い思いを胸に、今日という日に向けて努力してきたのだ。
これで二年生とは、空恐ろしい。
(だが――)
フユナが木剣を握り直す。
「どう? そろそろ言う気になった?」
まるで息を乱さぬスシャーナが、フユナに訊ねる。
「なにをだ」
「サクヤンとどこまで関係を持ったのよ」
「………」
フユナが木刀を構え直しながら、小さな笑みを浮かべる。
「その魔法で言わせてみるといい」
「……おもしろいわ」
スシャーナがとん、と跳躍して離れると、魔法を詠唱し始めた。
◇◇◇
木剣同士が鳴らすカァァンという音が、ひっきりなしに続いている。
まるで互角のように見える戦いを演じているのは、この二人であった。
「――こいつっ!」
ヴェネットの頬を、汗が流れ落ちる。
笑ってしまうほどの小刀を構える目の前の男は、相応に情けない剣を振るっていたはずだった。
なのに、いったいどうしたことか。
見ている間にも、剣の流れに無駄がなくなってきたのだ。
打ち込みも年月をかけて磨いたかのごとく、正確になっている。
さらに驚くべきは、その剣筋。
「どこで習った」
最初は余裕だったはずの打ち合いが、いつの間にか押しつ押されつの戦いになっている。
「お前、いつ我らの剣術を教わった!?」
ヴェネットは叫びに近い声を発していた。
「お前は自分の剣で倒されるんだ」
ゲ=リは打ち込みながら、ヴェネットにそう告げた。
「なっ……」
ヴェネットが言葉を続けられなくなる。
まさか。
「まさかお前、今、ここで……?」
「気づくのが遅かったな」
ゲ=リが小刀を模した木剣を下段に構え、その切っ先を左膝付近に置く。
そう。
これはまぎれもない。
【ユラル亜流剣術】の構えのひとつ、『
「………」
ヴェネットが目を瞠った。
父譲りの職業、【学者】。
だが【学者】は文字通りの意味ではなかった。
【学・びとる・者】。
ゲ=リは相手の動きを自分のものにできてしまうのである。
ゲ=リはアリザベール湿地で大量のスキルポイントを手にしてから、自分のスキルツリーがそのように派生していくことを初めて知った。
実はゲ=リの父アイザックも、同じ派生のスキルツリーを持っていた。
しかしアイザックは冒険者にならなかったため、ここまで大量のスキルポイントを手にする機会がなく、気づかずにその生涯を終えたのだ。
ゲ=リは父譲りのこの職業を手にできたことに日々感謝の祈りを捧げながら、母とともにさらにスキルツリーを伸ばし、【学びとる者】として自身を大きく成長させたのである。
なお、今日までのゲ=リは
「この短時間で、覚え込んだというの……」
驚きを隠せないヴェネットに対し、ゲ=リは初めてここで笑って見せた。
もちろん同じ動作ができるようになっても、まったく同じ威力にはならない。
ステータス値に違いがあるためである。
当然、自身の目で捉えられないものや、魔力操作が必要な古代語魔法なども行使できない。
加えて、このコピー動作は永久的なものではなく、使わないでいると一日ももたずに忘れてしまうこともわかっている。
それでもゲ=リは心底嬉しかった。
伝説の勇者のように、戦いを通して自分はどんどん強くなっていけるのだと知って。
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