第169話 連合学園祭2-10
第三学園4番手の登場を目にし、第三学園の観客席だけがざわざわとし始める。
「……あれ、スシャーナたちだ」
「へ? 俺、数え間違ってる?」
「いや、やっぱ今これ副将だよ……」
「なんで大将なのに出てきたんだろな?」
だがスシャーナには、そんな声などまるで聞こえていなかった。
「――フユナ先輩はあたしがやる」
第三学園のエントランスに並んだスシャーナの第一声はそれだった。
「……約束の件はわかるけど、あのヴェネットって奴の方が相性はいいかもね。さっき、眠らされてただろ」
「後でなんでもおごるから。お願いよ」
スシャーナは闘技場の中央にいるフユナを鋭く睨み続けている。
ゲ=リがため息をついた。
「……まあいいか。俺もヴェネットってヤツと戦いたいと思っていたし」
「時間です。では副将は闘技場内に進んで」
「じゃあよろしく」
「すぐ助けに行くわ、先輩」
「言うねぇ」
軽く笑い合い、ゲ=リとスシャーナが闘技場内へと入った、その時。
一迅の風が吹く。
「――近接弱いくせにさぁ」
見下した笑みを浮かべたヴェネットが、一気にスシャーナに接近してきたのである。
「――のんきに入ってくんな、この魔術師風情が!」
鋭く振り下ろされる木剣。
「―――!」
近接されたのを見た第三学園の者たちの脳裏には、先程の悪夢が蘇っていた。
手を尽くしても、結局はこのヴェネットの先制攻撃で崩されてしまうのである。
「――!」
しかしスシャーナはわかっていたかのように動じなかった。
その目がヴェネットを捉える。
「――ぎゃん!?」
上がった悲鳴。
吹き飛ぶ女。
突き出された杖に、魔法の微光が宿っている。
「……剣士風情が笑わせないで」
凛と立って言い返して見せたのは、スシャーナ。
そう、吹き飛ばされたのは、ヴェネットだった。
闘技場全体が、どよめいた。
第三学園の観客席からは、一瞬遅れて大歓声が上がる。
「――あたしがさっきと同じ手を食うと思ったの? 馬鹿じゃないの」
鼻で笑って見せたスシャーナは、動こうとしていたフユナを睨む。
「……むっ」
ヴェネットのサポートに入ろうとしていたフユナが、大きく飛び退った。
フユナが思いとどまったのは、他でもない。
今のが彼女の知識にない古代語魔法であったからである。
しかも詠唱時間がほとんどなかった。
「――おおぉぉ!?」
「すげぇスシャーナぁぁ!」
俄然盛り上がり始める、第三学園観客席。
「……1……」
背をついたヴェネットに、審判の教師が駆け寄り、カウントを始めようとする。
「ふ、ふざけんじゃないわ! 倒れてなんかない!」
ヴェネットは自身がダウンとされたことに気づき、顔を真赤にしながら立ち上がる。
「なめたマネしやがって、あの女っ! もう許さない!」
ヴェネットの言葉が、一気に崩れる。
そのままスシャーナへ突貫しようと体勢を低くする。
「待て、ヴェネット」
「うるさいっ!」
掴まれた左手を、ヴェネットは乱暴に振り払おうとする。
「ヴェネット、これ以上勝手に動くなら失格にしてもらうぞ」
「………!」
フユナのその一言で、ヴェネットの動きがぴたりと止まった。
そう、フユナは行動いかんでヴェネットを失格にできる権限を与えられていた。
そうしたのはもちろん学園長でありなから、その父でもあるイザイである。
不謹慎な行動がなくならない彼女は、一年とされた停学終了後も観察を受けているのである。
「……なによ、じゃあどうすればいいの」
ヴェネットはトーンダウンし、仕方なくといった様子で耳を傾ける。
さすがのヴェネットも、再停学は嫌だった。
「女の方は私が引き受ける。その間にゲ=リ先輩を」
「どうしてよ。私もあっちがいいわ」
「あの女……普通の魔術師ではない気がする」
初撃を見て、フユナはそう踏んでいた。
「本気でやれば、あんなのに負けはしない。やられっぱなしで引き下がれっての?」
ヴェネットは噛みつかんばかりにフユナを睨んだ。
「負けを心配しているんじゃない」
感情に任せて、見境なく剣を振るうヴェネットのことである。
もしこのまま、あのスシャーナという少女に翻弄され続けた末はどうなるか、想像に難くない。
そう、勢い余って相手に致命傷を負わせかねないのである。
そうなれば、2つの明るい未来が絶たれるだけではないだろう。
今後、連合学園祭自体の開催が危ぶまれる可能性もある。
「……はいはい。じゃあ私があのマザコンの相手をすればいいのね」
「そういう言い方をするな。それにゲ=リ先輩も相当腕を上げているはずだ」
ヴェネットは鼻を鳴らしたのみで、それには返事をしなかった。
◇◇◇
「フユナだ。よろしく頼む」
スシャーナの前にやってきたブロンドの髪の女が礼儀正しく挨拶をすると、慣れた様子で木剣を構えた。
「あたしのこと、覚えているかしら」
「………」
スシャーナの言葉に、フユナが眉をひそめた。
「……悪いが記憶にない」
「サクヤンにあんなに付きまとっていたくせに」
「サクヤ? ……ああ、もしかしてあいつと同じクラスにいた子か」
フユナが目元に笑みを浮かべた。
倣ったように、スシャーナの顔にも静かな笑みが浮かぶ。
だがそれは、本質的には全く違うものであった。
「まず、ありがとうと言いたいわ」
「ありがとう? なにがだ」
「あたしと戦う前にやられやしないかと、ずっとやきもきしていたの」
「………」
フユナはそれでスシャーナの意を悟る。
「さっきからの刺々しい視線はそういうことか」
スシャーナは茶色の髪を後ろに払うと、小さく笑った。
「わかる?」
「サクヤが好きなんだな」
「そうよ。心から愛しているわ」
スシャーナは堂々と告げた。
その力強さに、フユナの心が打たれるほどに。
「………」
「ショックだった? フユナ先輩」
「……まあわからなくもない」
「ライバルは多いわよ」
フユナがくすっと笑う。
(それは百も承知だ)
そう心の中で呟きながら、フユナはちらりと、自分の学園の待機スペースに視線を走らせた。
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