第168話 連合学園祭2-9
「……サ……サク………」
「――雑魚は寝てな」
ゴン、という音。
ヴェネットに側頭部を打たれ、ヤスはとうとう倒れ伏した。
「1、2……」
審判の教師がやってきて、ダウンカウントを取り始める。
「――ヴェネット! お前、今のは」
フユナが険しい表情になって振り返ると、突き刺すように言う。
今のヴェネットの打撃は最悪のシナリオを逃れたものの、また危険なものだったからである。
だがヴェネットは木剣を下ろすと、涼しげな表情でフユナに向き直る。
「嫌だわ、お姉様。あんな攻撃の当たらない奴に狙って急所に打ったとでも?」
「………」
フユナがヴェネットを睨んだまま、押し黙る。
確かにあんな動きをする男の急所を捉えるなど、簡単にできることではなかった。
「だが――」
「そんなわけがないでしょう。私だって停学は嫌なんだから。あれはあいつが勝手に動いて『殺打』になりかけただけ」
ヴェネットは口に手を当て、くすくすと笑った。
◇◇◇
「ヤスぅぅ――!」
ゴクドゥー先生が涙ながらに絶叫し、闘技場に入っていこうとする。
それを他の複数の先生がなんとか押し留めた。
「 ……9、10!」
ヤスさんのカウントが終わる。
ヤスさんはうつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない。
まもなくして、担架が運ばれてきた。
「このっ、くそったれがぁぁー!」
ゴクドゥー先生はもう怒りを隠そうともせずに、ヴェネットに向かって噛みつかんばかりに叫んでいる。
(ヤスさん……)
僕はヤスさんが担架で運ばれていった先を睨み続ける。
ヤスさんもルイーズほどではないにしろ、腹部への初撃が危険な一撃だった。
大血管をやられてしまったら、即死もあり得る部位。
すぐに血を吐いたので大血管と内臓が交通したかと思い、頭が真っ白になったくらいだった。
「……ヤスさん」
頭が焼けるように熱い。
静かにしているからといって、僕はなにも感じていないわけではない。
逃げ回ろうとも、いつかは狙いうちにされることくらい、ヤスさんもわかっていたはずだ。
なのに、場外に逃げることなく、僕が戻るのを待ち続けた。
そして、ああまでして僕に訴えたのだ。
――大将として出ろ、と。
「………」
僕は呼吸すらも忘れ、ただ一点を凝視していた。
◇◇◇
「第三学園は次の出場者の準備を」
エントランスを管理している審判の先生が、待機スペースに向かって告げた。
「どうします、ゴクドゥー先生」
「オスカーくんたちは諦めるしかないですかね……」
マチコ先生と、見に行っていたリベル先生が言う。
「くそ、代わりがいない……」
ゴクドゥー先生が渋面になる。
先生のやり方は、補欠を誰ひとりとして用意せず、人材をすべて『魔物討伐戦』で使いつくすというものだった。
もちろんそれが吉と出るか凶と出るかは、誰も予想し得ない。
だから今、ゴクドゥー先生を責める者はいなかった。
すべては結果論だ。
「棄権……なんてもったいない……」
ミザル先生が口惜しそうに唇を噛んだ。
「誰でもいい。代わりする」
ヒドゥ―先生が立ち上がって言う。
「サクヤくんは」
「だからだめだって言ったろ」
ゲ=リ先輩がポツリと呟いたその言葉を、ゴクドゥー先生が一蹴する。
「……しかたない。いったん大将を副将で出す。その間に出られるペアがいるか探す」
その言葉に、私が探しに行きますよ、とハモンド先生とヒドゥー先生が立ち上がり、返事を待つことなく待機スペースから出ていった。
「おい、ちょっと早いが大将、行くぞ!」
ゴクドゥー先生が隻眼の眼帯を直しながら、後ろに座っていた二人を振り返る。
「よっしゃ」
「出番が来てひと安心だわ」
ゲ=リ先輩とスシャーナが立ち上がる。
「みんな、心配ないわ。あたしたちがなんとかしてみせるから」
スシャーナが自分の胸を手のひらでとん、と叩きながら言ってみせた。
「頼むぞ。済まないが後ろは居ないと思って戦ってくれ」
ゴクドゥー先生が頷き、申し訳無さそうに言葉を返す。
スシャーナは静かに首を横に振って大丈夫です、と頷いた。
「任せてください」
一方のゲ=リ先輩もいつもとは違う、真剣な声音。
表情も硬く、険しいものに変わっている。
「よし、行くぞ!」
二人がエントランスに向かう。
だが、すぐに一人が振り返った。
ゲ=リ先輩だ。
先輩は、ヤスさんと同じように僕を見ている。
「……サクヤくん」
ゲ=リ先輩が、僕の前に戻ってくる。
「はい」
「俺がみんなの仇をとってくる」
「はい」
「でもね。もしだめだったら――」
ゲ=リ先輩が寂しそうに笑った。
まるでそうなることがわかっているかのように。
「――後は頼むよ」
◇◇◇
現在、第一学園の観客席が他よりも一層大きな盛り上がりを見せている。
言うまでもない。
ゆうに6つものペアを、先鋒ペアが破り続けているのである。
第一学園はさらに3つ、無傷のペアを保持している。
もはや『魔物討伐戦』の結果など、跡形もなくなっていた。
「あら、本物っぽい魔術師ちゃんが来たわねぇ?」
その先鋒のひとり、黄色髪のヴェネットが目を細めるようにして、第三学園のエントランスを眺める。
「もっと早い段階で魔術師が出てくると思っていたが」
隣に立つフユナが独り言のように呟いた。
フユナは魔術師をもっとも警戒していた。
あれから随分とステータスは伸びているものの、昨年眠らされたことが彼女の心にトラウマになって残っていたのだ。
フユナはちらりと隣で不敵な笑みを浮かべる女生徒に目を向ける。
すんなりと最後の相手まで来たが、油断は禁物だった。
今年のパートナーは、昨年とは比較にならない。
さきほど眠らされたのを見ても分かる通り、 ヴェネットは魔法には強くないのだ。
自分が眠ったら終わり。
そう思うと、昨年がいかに頼もしいパートナーであったかを痛感させられるのだった。
そう。
なにせ、あれはラモチャー様だったのかもしれないのだから。
(……いや、まだだ)
フユナは左手を胸に当て、小さく息を吐いた。
そう決めていいのは、本人にもう一度確認してからだ。
(焦らなくていい……)
大丈夫だ。
さっき見た時、サクヤは第三学園の待機スペースに居たのだ。
この『バトルアトランダム』で戦えなくても、閉会式後にすぐ行けば、話し掛ける時間くらいはあるはずだ。
「……フユナお姉様、知ってる人?」
第三学園の相手に目を向けながら、ヴェネットが言った。
「男子は開会式で宣誓をされたゲ=リ先輩だ。女の方は……記憶にないな」
「ふうん。じゃあ先にあの女魔術師を潰す?」
「そうしたいところだが、させてくれなさそうだ」
フユナは、木刀の切っ先を下げたまま言った。
その女生徒が、猛烈な気迫とともに自分を睨んでいたことに気づいたからであった。
「何言ってるの、隙だらけだわよ、あのそばかす女」
しかしヴェネットはその顔に薄ら笑いを浮かべた。
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