第166話 連合学園祭2-7


「僕も行きます」


 丁度いいので席を立とうとしたが、お前まで行かなくていいとゴクドゥー先生に軽く叱られる。


 ああ、言わないで行けばよかった。

 ゴクドゥー先生、今年はやけに僕を近くに置いときたがるんだよな。


 しかたない、もう少し待ってからにするか。


(ありゃ、今日は続くな……)


 そんな時であっても、遠慮なく僕の左手が消え失せていた。

 同時に頭に浮かぶ、古めかしい風景。


「しかし間に合いますかね……」


「そろそろ第二の大将、負けちゃいそうな気が……」


「 ………」


 みんながしきりに不安げにしている横で、僕は元通りになった左手を見つめ、首を傾げる。


 最近になって頻度が増してきているのも嫌だが、気になるのは頻度だけじゃない。


 消えかかる時に限って、とある記憶が蘇るのだ。

 そう、『時の旅』に入っていろいろ見聞きしたことばかり。


 最近はそれで、身体が消えていることに気づくくらいだ。


(……ん、ちょっと待て)


 これ、もしかして、『時の旅』の副作用か……?


 記憶が障害されるという話は聞いたことがあったが、もしかして体の異常もあるのかな……?


「……? サクヤン、どうかしたの」


 様子がおかしかったのだろう。

 斜め前に座っているスシャーナが振り返って声をかけてくる。


「いんや、大丈夫」


「――中堅の生徒、そろそろ準備しておいてください」


 その時、第三学園のエントランスを管理する審判の先生が、待機スペースを振り返って促した。

 見れば、第二学園のひとりがすでに倒されてしまっていた。


 第一の時間計算通りになっているようだ。


「……ふむ? どうかしました、ゴクドゥー先生?」


 審判の先生が第三学園の不穏な様子に気づく。


「いや、実はですね……」


 ゴクドゥー先生が強張った表情で、事情を話す。


「………」


 その様子を生徒たちは無言で、じっと眺めている。

 ヤスさんがいつも見ないほどの真剣な表情でそれを聞いているのが、すごく印象的だった。


「ふむふむ、そういうことでしたか」


「どうすればいいですかね。例えば待ってもらうことは……」


 言いかけたゴクドゥー先生を見て、審判の先生は首を横に振った。


「待つことはできません。規定時間の1分以内に出場できない場合は棄権とみなします」


「えー!?」


「そんな……」


 みんなが一斉に青ざめた。


「……ですが、まぁこれは公式記録がされるものでもないし、学生の大会ですしね。一年かけて準備してきて、腹痛で破れたら生徒たちも無念でしょう。私の一存ですが、『副将』を『中堅』として参加させてもいいですよ」


「おぉ、ホントですか!」


 ゴクドゥー先生が管理の先生に抱きついて喜んだ。

 苦笑いしている管理の先生は、ちなみに白髪の男だ。


「あとで管理委員会には話しておきますが、まぁ前例もありますし、大丈夫だと思います」


「ありがとうございます!」


 先生方がひれ伏さんばかりに頭を下げている。


 本来、事前に登録した順番の変更は許可されていない。

 相手を見て、好ましい味方を選び、出場させることができるからである。


「戻ってきた時点で知らせてください。順番を考慮します」


「ありがとうございます! おい、ヤス! 体は温まってるな!?」


 感謝の言葉を繰り返しながら、ゴクドゥー先生が後ろの坊主頭の生徒を振り返る。


「もちろんですとも!」


 ヤスさんがその場で屈伸をしながら答える。

 さすがというべきか、そこにまるで緊張している様子はない。


「いい加減フユナを止めてくれよ」


「当然です。そして今年も先生に優勝旗を握らせてみせますよ」


「ほう? 言うじゃないか」


「俺、実はそのために留年したんス」


 ヤスさんの言葉に、鬼教師と呼ばれるゴクドゥー先生も、さすがに相好を崩した。


「嬉しいことを言ってくれる。今年も優勝は俺たちのものだ」


「ええ」


 先生がヤスさんの頭を荒っぽく撫でる。

 そんな様子をみて、皆がつい笑顔になる。


 場の雰囲気が変わった。

 さすが、ヤス先輩だ。


「先生」


 そんなヤスさんがふいに真顔になって、ゴクドゥー先生に訊ねた。


「オスカーたちはまだトイレから……?」


「ああ。まだ戻らん」


 ゴクドゥー先生が頷く。


「もしオスカーたちが出られなければ、前みたいになりますか」


 ヤスさんがちらりと僕を見ながら言った。

 僕は、その『前みたい』の意味がわからなかった。


「……いや、あの特例は期待できんだろう。今回はすでに開始してしまってからのトラブルだ」


 ゴクドゥー先生の言葉に、ヤスさんはそうですか、と呟いた。

 瞬きほどの間に、 ヤスさんの顔は決意に満ちたものに変わる。


「……よぉし。みんな、第三学園の連覇だ。俺が第一学園をごぼう抜きしてやるから見てろ!」


 ヤスさんはそう言ってくわを担ぐと、エントランスに立った。


 ヤスさんは【追跡者トレーサー】という、非常に変わった職業を手にしている。


 物理攻撃しか攻撃手段を持たないものの、敏捷度が非常に高い職で、相手を翻弄にするのに優れ、移動に関してだけでも2つの強力なスキルを持っている。


 が、武器はなぜか鍬しか使えず、そういうわけで今回は特注の木製の鍬を手に持っている。


「私がしっかりサポートするからねっ」


「もちろん期待してるさ」


 ヤスさんのパートナーは前にも言った、三年生の【停止師ストッパー】マリリンさんだ。


 ショートカットの彼女は誰よりもほっそりしていて心配になるほどだけれど、武術に優れる上に、【集約】という非常に頼れる特殊スキルがある。


 ある観点から言えば、チートともとれるスキルだ。


 びりびりと電気を放つ魔法の玉を放つもので、地面や壁に着弾した玉の半径七メートル以内にいると、相手は磁石のようにぐいと玉に引き寄せられて、6秒もの間、移動不能になってしまうのだ。


 これにより、ヤスさんの鍬の少なくとも3撃が必中となるくらいは相手を拘束できるそうだ。


 その間、相手は手足は動かすことくらいはできるが、横や後ろを振り向くことはできないため、無防備と言っていい状態になる。


 事実、スシャーナとゲ=リ先輩が特訓に出ている間は、この【集約】が強すぎて、第三学園でヤスさんペアに勝てる者はいなかった。

 一方、スシャーナがいると全く勝てないことからもわかる通り、 ヤスさんとマリリンさんの弱点は魔法だ。


 今回は魔法のない戦いになるだろうから、二人にとってはかなり好条件といえるだろう。


「ヤス―!」


「やったれー!」


 ヤスさんがエントランスに立つと、すぐ上の観客席から歓声が上がった。


 ヤスさんは生徒会長をしていたから、認知度も高く、その人柄から人気もある。

 それだけに第三学園の期待も大きいのは当然だろう。


「頑張って欲しいところですね」


「ああ、去年は参加させてやれなかったからな」


 マチコ先生とゴクドゥー先生が、向き合って頷き合っている。


 僕も同感だった。

 二人にはぜひ勝ってほしい。


 勝負はマリリンさんの【集約】にかかっていると言っても過言ではないだろう。

 2分に1回しか使えないだけに使いどころが難しい。


 使えたとしても、フユナ先輩たちなら二回目を完全に見切ってくるに違いない。

 おそらくこの戦闘で有効なのは、奇をてらうことができる初回のみ。


「――中堅、エントランスでスタンバイ。あと5秒」


 審判の先生がもう一度、ヤスさんに声をかける。


 そこでヤスさんはふいに、僕を振り返った。


「………」


 ヤスさんがじっと僕を見ている。


「ヤスさん……」


 そこでヤスさんはクチパクで、何かを言った。


「中堅、闘技場へ入場を許可する」


 それは審判の先生の言葉と重なり、皆は気づかない。


 ――サクヤ。俺がもし負けたら――。


 だけど、それから先の言葉は読み取ることができなかった。

 ヤスさんが闘技場に向き直る。


 そして木製の鍬を空へと突き上げた。


「――おっしゃあ、いくぞ!」


「みんな期待しててっ!」


 エントランス係の先生の許可後に、二人が力強く飛び出した。


「――ヤスさん、横!」


 即座に僕は声を張り上げた。

 今回、戦いには絶対に口を出すまいと決めていたが、できなかった。


 はっとしたヤスさんとマリリンさんが身構える。

 ふたりとも気配が察知できていなかったらしく、右か左かもわかっていなかった。


「甘いわねぇ」


 飛び出したすぐ左横に、木剣を持ったまま腕を組んだヴェネットが立っていたのだ。


 ヴェネットが腕を解き、研ぎ澄まされた表情になると、一気にヤスさんに斬りかかる。


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