第165話 連合学園祭2-6
フローレンスたちは今回、『自国の学園の参考にするため』という表向きの理由でこの連合学園祭を観戦しに来ている。
人口の多い国ゆえに、学園祭なるものは剣の国リラシスが一番大々的に行っているためである。
だが本当の理由はほかでもない。
レイシーヴァ王国の救世主となるであろう男『サクヤ』が、どうやらリラシスのどこかの学園に生徒として居ることをすでに突き止めていたのである。
事の次第では今日の登用となるかもしれず、そのために二人は懐に大量の金銀財宝を忍ばせるなど、周到な準備をしていた。
もちろんそんな内心は、おくびにも出していない。
「イザイ殿、これが『バトルアトランダム』というものでございますな」
「そうです」
「いやはや、なかなか血気盛んな生徒たちでございますな。我が国とは大違いです」
立ち上がったヘルデンが目を細めながら笑みを浮かべると、目の見えないフローレンスに眼下の状況を小声で説明し始めた。
今、噂の通り生徒たちが戦っております。
そこにサクヤらしき者はおりません、と。
フローレンスは無言で頷いた。
「しかし、もう始まって少々経っておるようですな……」
ヘルデンが反対隣に座る秘書モーガンに訊ねると、モーガンは笑みを浮かべ、頷いた。
「今は第一学園の先鋒と第二学園の大将が戦っているところでございます」
「大将……?」
「はい」
モーガンは第二学園の2つのペアと第三学園の2つのペアが負けた成り行きを説明した。
「あぁ、もうそんなに進んでしまっているのか……」
王女フローレンスが随分と失望したような声を発したので、イザイとモーガンは逆に驚いていた。
他国の王がそこまで楽しみにしていたことだとは、思いもしなかったのである。
「ご期待であったにもかかわらず、本当に申し訳ないことをした」
さらに国王エイドリアンが頭を下げたので、イザイとモーガンは仰け反っていた。
「……え? なんかしちゃったの」
イザイが問うと、頭を上げた国王が実はな、と厳かに口を開いた。
本来、フローレンスたちは昨晩、このリラシスに到着している予定であった。
だが彼らが国境を通過しようとした際に、異変が起きたのだ。
非常時用に配置されているリラシス国境警備隊の騎獣が数体、暴れて上空に飛び上がってしまったのである。
本来、従えた騎獣が命令に背いて行動するということはあり得ないはずであった。
それゆえ、それが自分達の騎獣であることに気づかず、『襲撃』という誤報を発し、リラシス国境警備隊は大きく混乱することになる。
夜闇も手伝って、その誤解は簡単には解けなかった。
当然、入国手続きは差し止めとなった。
そうなると、目の前にフローレンスたちがいることなど、もはや気づくはずもない。
始まった、自分達の騎獣VS国境警備隊。
その誤解が解けるまでに時間を要し、結局その日は入国手続きが行われなかった。
結果、フローレンスたちの到着は大幅に遅れることになる。
なお、明るくなってから、騎獣たちが暴れた原因は判明している。
その足元に毒サソリが現れていたのである。
「そういうことでしたか……」
国王の説明を聞いたイザイとモーガンが、納得した顔になる。
予想もしない出来事であったが、混乱を制御できなかった国境警備隊側にも非があるのは否めない。
「というわけだ。イザイ、なんとかしてみせい」
「いや、無茶振り過ぎるだろ」
今訊いたばかりの俺が代わりに全責任をとれってのか、このM字ハゲが、と口元まで出かかった。
それに、『バトルアトランダム』をもう一回やり直せなどとは、さすがのイザイでも言えたものではない。
「……あ、また負けましたねぇ」
前かがみになったモーガンが言うとほぼ同時に、第一学園の観客席が沸いた。
フローレンスとヘルデンがはっとして、視線を(フローレンスは耳を)闘技場に戻す。
「1,2……」
第二学園の大将がふたりともうつ伏せに倒れ、カウントが進んでいく。
◇◇◇
「ワーッハッハッハ!」
第一学園の待機スペースでは、イジンの高笑いがやはり止まらない。
「どうだ、ゴクドゥー。自らが手塩にかけて育てた生徒に打ちのめされる気分は」
昨年フユナが転校してくると聞いた途端、イジンはひとり歓喜していた。
同時にイジンの頭の中で、フユナの配置は決まった。
ゴクドゥーの度肝を抜く、ヴェネットとの先鋒の布陣である。
「たまらんな……待ち望んだ甲斐があった」
それだけを楽しみに、この一年を過ごしてきたと言っても過言ではなかった。
そして先鋒の二人はイジンの期待通りに勝ち抜いている。
第三も第二も想像以上にゴミの集まりで、時間すら操作されていることに気づいていないようである。
この程度ならば、敵ではない。
二人は『魔物討伐戦』の結果を無価値にし、連合学園祭をつまらなくするほどに勝ち続け、第一学園に優勝をもたらすことだろう。
「今年は貴様を這いつくばらせてやるぞ。悔しさの中で震えるがいい!」
誰も笑わない第一学園の待機スペースで、イジンはひとり、ひたすらに高笑いを続けていた。
◇◇◇
待機していた魔術師数名により、召喚されていた魔物が眠らされ始めた。
カウントが終了し、第三学園次鋒の負けが確定したのである。
「なんだい!」
投げられた扇子がカァン、と床を鳴らし、その先端が割れた。
あの温厚なミザル先生が、手に持っていた扇子を床に叩きつけていたのだ。
「………」
同僚たる先生方も含め、皆が言葉を失う。
だけど、少なくとも僕にはその胸中が痛いほどに伝わってきた。
ミザル先生はマイケルとカールのクラスの担任だ。
カールに『幻光スモッグ』という、特殊な魔物の使役を勧めたのも、ミザル先生だったと聞いている。
先生は学園祭前の特訓中、無関係ながらも夜遅くまで残り、毎日のように差し入れをもって応援しに来てくれていたのも知っている。
どれほどに今日という日の活躍を楽しみにしていてくれたのだろう。
「ミザル」
近寄ったヒドゥー先生がその背中をさすると、ミザル先生はメガネを外して目元を拭った。
「負けるなー!」
「倒せ―!」
現在、闘技場では早くも第二学園の大将ふたりが登場し、フユナ先輩とヴェネットに挑んでおり、第二学園の観客席が沸いている。
フユナ先輩たちは第三学園が出場制限で出られない1分をうまく使い、第二学園と戦っている。
第三学園が出ていくまで生き残ってくれればいいが、その望みは薄そうだ。
第二学園の大将はうちの次鋒と同じく召喚を操る召喚師のようで、さきほどと全く同じ形で対処されてしまっている。
「やるな、フユナめ」
「動きが去年と違いすぎるんじゃないか」
「全く……なんで敵になっちゃったんだよ……」
否応なしに落ち続ける士気。
先生方の顔も、苦渋に満ちている。
「第二学園もやられそうですね。うまく時間を使っている」
ハモンド先生の言葉に、ゴクドゥー先生が舌打ちする。
「くそ……奴らの思い通りってわけか。……おい、 次そろそろ準備しとけよ」
ゴクドゥー先生が後ろを振り返らずに言う。
「来ないな……」
僕は中堅に当てられたオスカー先輩とマンデル先輩が座っていた席を振り返っていた。
「……なっ、あいつらまだ戻ってきてないのか!?」
僕の呟いた声に気づいたのか、ゴクドゥー先生が血相を変えて同じ場所を振り返る。
オスカー先輩とマンデル先輩は腹痛で席を立ってから、一度も戻ってきていない。
戻ってきてくれれば、それとなく治癒魔法もかけられるんだけど……。
「誰か見に行ってきてくれ」
「もうリベル先生が行ってくれてます」
マチコ先生が、そろそろ戻ってくるかと思いますよ、と付け加えた。
「僕も行きます」
丁度いいので席を立とうとしたが、お前まで行かなくていいとゴクドゥー先生に軽く叱られる。
ああ、言わないで行けばよかった。
ゴクドゥー先生、今年はやけに僕を近くに置いときたがるんだよな。
しかたない、もう少し待ってからにするか。
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