第164話 連合学園祭2-5 




「ストーンゴーレムと……あれは光属性の雲煙か」


「両方とも倒せなくはないけど」


 フユナの横では、ヴェネットが目を細め、現れた魔物を見定めている。


「わざわざリスクをとる必要はないだろう。真っ直ぐに親を狙う」


「承知よ、お姉様」


 フユナとヴェネットは木剣から持ち変えず、近寄ってくる二体の魔物を睨む。


「コォォォ……!」


「フシュ―!」


 重量感のある足音を立てるストーンゴーレムと、ふわふわと浮いた幻光スモッグがフユナたちに迫る。


「そろそろ時間だわねぇ」


「よし。――いくぞ」


 フユナとヴェネットが体勢を低くすると、その魔物のすぐ脇を勢いよく駆け抜けた。

 ターゲットしていた敵を見失い、ストーンゴーレムとスモッグが足を止めて周囲を見回している。


 そう、この二体は防御に特性があるのみで、敏捷や動体視力はそれほど高くないのである。


「――ねぇ、元気?」


 突如、マイケルとカールの目前に現れ、ウィンクしてみせるヴェネット。

 その隣には、フユナもいた。


「……うわっ!?」


 マイケルとカールはこの動きを全く予想していなかった。


 仰け反り、慌ててワンドを構える。

 が、フユナたちに近接されてからでは、もはやなんの意味もなかった。


「ふぎゃっ」


 マイケルがヴェネットに鳩尾付近を突かれて、崩れ落ちる。

 マイケルはそのまま白目をむいた。


「こなくそっ」


 余裕をなくしたカールが、ワンドをがむしゃらに振る。


「悪いがこれも勝負」


「うっ」


 フユナはそれを見極めて丁寧にかいくぐり、 剣を持たぬ左手を手刀にすると、 それでカールの後頭部を軽く打った。

 カールは計算されたかのように意識を失い、どさり、とその場に崩れ落ちる。


 第三学園次鋒両名、ダウン。


「あぁ!?」


「そんな……」


 歓喜から一転、信じがたい目の前の現実に、第三学園の観客席から悲鳴が上がる。


 それとは対照的に、向かい側の第一学園の席からは、わぁぁ、と歓声が上がった。


「ほんとバカね。アレを倒さなきゃ進めないわけじゃないのに」


 ヴェネットが倒れた二人を見下ろしながら、笑いをこらえきれない様子で言う。


 そう。


 召喚師が倒された場合、召喚獣が残っていようといまいと、話は終わりである。

 この後にやることがあるとすれば、それはカウントが終わるまでの間、召喚獣から逃げ回るくらいのことである。


「あらあら、こんなに先生たちが詰めかけているのに、肝心の生徒は弱くて残念ねぇ」


 言いながら、ヴェネットはすぐそばにあった第三学園待機スペースを悠々と見下ろした。


「……くそっ!」


「アハハ」


 顔を真赤にして怒っているゴクドゥーの神経を逆なでして満足したのか、ヴェネットは楽しげな様子で去っていく。


「………」


 フユナもそんなゴクドゥーにちらりと目をやると、表情を動かさずに背を向けた。


「1,2……」


 審判役の教師が駆け寄り、二人にカウントを始める。

 その間、フユナとヴェネットはストーンゴーレムと幻光スモッグから円を描くようにして距離を取り、悠々と時間を稼いでいる。


 二体とも近接攻撃しか持たないことを、二人は知っている。


「ほんとつまらないわ。まぁ発想自体は面白かったけど、ね」


 黄色の三編みをなびかせながら、ヴェネットは口元を押さえて、貴婦人のごとく笑ってみせた。





 ◇◇◇





「今年はフユナのお陰で安心して見ていられる」


 ここは闘技場の第一学園指定観客席、最上段。

 円形の観客席を見渡しても、そこだけに設けられている、光輝く魔法の壁で他の席とは隔絶された高級座席、通称『VIP席』である。


 ここに秘書とともに座っているのは昨年同様、白髪混じりの髪をした壮年の男、第一学園学園長イザイ・リドニルーズである。


 眼下の闘技場ではまだ第一学園の先鋒が勝ち抜いており、すでに魔物討伐戦のペナルティを覆していた。


「……それにしても」


 その二人に目をやると、イザイはどうしても右と左とで比較してしまう。


「いつから育て方間違ったんかなぁ……」 

 

「ご令嬢様でございますか」


 傍にあった秋桜コスモスの鉢に顔を寄せながら答えたのは、秘書の白髪の老女、モーガンである。


 例年、闘技場周囲に配置されている秋桜は彼女の案で、モーガン自身がひとつひとつ鉢に移し、闘技場周囲に並べ飾っているこだわりようである。


「そう。あいつな」


 すんすん、と匂いを嗅いでいるモーガンには目を向けず、イザイはただ顎をさすっていた。


 ヴェネットが愛娘であることに変わりはない。

 が、同時にイザイの悩みの種でもあった。


 普通に貴族令嬢として育ててきたつもりだった。

 取り立てて変わった教育を施したつもりはない。


 もちろんヴェネットに一番傍に居た妻はごくごく淑やかな女性だし、人間性に問題のあった教育者を傍に置いたわけでもない。


 なのに、あんなである。

 誰をどう見習ったのか、まったくもって不明であった。


「――やっておるようだな」


 その時、後方から聞き慣れた野太い声がした。

 イザイはすぐに椅子から立ち上がると、跪いて最上位の礼を為す。


「陛下、おいでくださりありがとうございます」


「昔同様、エイディーと呼ぶが良い」


「だから呼べね―って言ってんだろボケ」


「……ぇ……」


 そのやり取りに、王の背後にいた来客の二人が全力で引いていた。

 例によって、国王の巨体に隠れてイザイから見えなかったのである。


 イザイの頬を、汗がすっと流れ落ちた。


「なっ、客人を連れているならそうと仰ってください……嫌だなぁ、陛下ったら」


 イザイがとっさに誤魔化そうとハハハ、と笑ったが、『ボケ』まで言い放った後なだけに、もはや訂正のしようがなかった。

 その証拠に、見知らぬ二人は完全に固まってしまっている。


 ひとりは美しい少女であった。


 アッシュグレーの髪をして、ヴェネットよりも幾分ほっそりとしており、年齢は同じ、もしくは少し上か。

 目を閉じているせいか、花のように物静かな少女という印象である。


 もうひとりは隆々とし、顎という顎をすべて覆う黒いひげをたくわえた男。

 歴戦の強者といった豪胆な印象で、少女の護衛といったところか。


 イザイはともに初対面である。


「紹介しよう、イザイ。レイシーヴァ王国のフローレンス殿下に軍部司令官の……」


「ヘルデンにございます」


「そう、ヘルデンだ」


 国王エイドリアンは、人の名前を覚えるのが苦手である。


「――れ、れれれれ、レイシーヴァ王国の!?」


 悲鳴をあげたイザイは真顔に戻り、再びひざまずいて最上位の礼をする。

 その隣で、モーガンも曲がった腰をさらに曲げてそれに倣う。


「この度は無理を言って申し訳ない、イザイ第一国防学園学園長殿」


 フローレンスはヘルデンにエスコートされながら、アッシュグレーの髪を揺らして優雅に挨拶をする。


 続けてヘルデンが直立不動になり、お初にお目にかかる、と堂にいった挨拶をした。


「いえいえ。そうとは存じ上げず……」


 イザイは身分の高い二人に引き攣った笑顔で返しながらも。


「……なんで来てんだよ。聞いてね―ぞボケ」


 小声で隣の自国王に訊ねる。


「フッ」


「フッじゃねぇ!」


 小声ながらも、イザイが激烈になじる。


「いやはや、我が国の教育に興味を持っていただけるなど、実に光栄よ。お好きにご覧あれ」


 何事もなかったかのように、国王エイドリアンが顎髭をさすりながら、礼を返す。


 それは巧妙にも、イザイへの説明も兼ねていた。


 イザイの歯が、ぎりっと音を立てる。


「……さ、左様でございましたか。ならばどうぞこちらにお掛けください」


 いつかシメる、という狂気の顔を強引に崩して笑顔となると、イザイは国王の隣に二人を案内し、席へと促す。


 フローレンスたちは今回、『自国の学園の参考にするため』という表向きの理由でこの連合学園祭を観戦しに来ている。

 人口の多い国ゆえに、学園祭なるものは剣の国リラシスが一番大々的に行っているためである。


 だが本当の理由はほかでもない。

 レイシーヴァ王国の救世主となるであろう男『サクヤ』が、どうやらリラシスのどこかの学園に生徒として居ることをすでに突き止めていたのである。


 事の次第では今日の登用となるかもしれず、そのために二人は懐に大量の金銀財宝を忍ばせるなど、周到な準備をしていた。

 もちろんそんな内心は、おくびにも出していない。





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