第163話 連合学園祭2-4


「……9,10!」


 カウント10を過ぎても、テルマの意識は戻らなかった。


 警備を任されている兵士たちが駆け寄り、テルマを担架に乗せると、足早に運び去った。


 学園祭担当の回復職ヒーラーたちが、回復室で重症のルイーズの治療に当たっているため、ここでは治癒できないのである。


「わ、私も行ってきます!」


 回復学の教師テレサが神官服を翻しながら走り去ると、それを最後にして第三学園の待機スペースにいいようのない沈黙が支配した。


 第一学園は無傷なだけではない。

 一番調子づかせてはならない連中をそうさせてしまったかもしれないと、皆が感じ取っていた。


「まあ……去年よりはましか。去年は3ペアしかなかったしな……」


 そう言って、ゴクドゥーが去年の大将だった黒髪の少年に目を向けようとする。

 そこでゴクドゥーが周囲をきょろきょろとした。


「……サクヤは?」


「あれ?」


 言われて皆が、不在に気づく。


「あ、トイレに行くって言ってました」


 担任でもあるマチコが答えると、ゴクドゥーは、あぁそういう奴だったな、と特に疑うこともなく納得した。


「――ぐふっ!?」


「へあぁ!?」


 一方の闘技場内。

 そこでは、第二学園の副将二人が敗れ去ろうとしている。


 もちろん相手は第一学園の先鋒である。


 副将には魔術師を起用し、高い魔力を生かしてダブル〈眠りの闇雲スリープクラウド〉を放った第二学園。

 だがヴェネットは眠ったものの、フユナには完全に抵抗された。


 その後の展開は言うまでもない。

 フユナの舞うような見事な動きを一切捉えられず、魔術師は二人ともなすすべなく追い込まれている。


「おおぉー!」


「フユナぁぁー!」


 闘技場は第一学園の観客席から発せられる大歓声で一杯になっている。


「眠りもダメか」


「くそ、どうすれば」


「あいつ、絶対に強くなってやがるな……」


 第三学園の待機スペースでは、ゴクドゥーをはじめとした教師たちが思案に暮れていた。


 良い手が浮かばないのである。


 そんな時。


「嫌ですねぇ先生方。先鋒が負けたくらいで」


 どんよりとした空気を打ち破って口を開いたのは、教師のミザルであった。


 ミザルは穏やかな笑みを浮かべて生徒の方に歩くと「さ、行きなさい」と次鋒の二人の背中をそっと押した。


 二人は頷き、力強く立ち上がる。


「なぁに、先生方。もう一ミリも心配はありません!」


「そうさ。どんなに剣術が優れていても、僕のセニョリータを倒せる奴はいなかった」


 第三学園のエントランスに立つのは次鋒の二人、モヒカン頭をしたマイケルと、茶髪を無造作に肩まで伸ばした美男子カールであった。


 二人は四年生のプラチナクラスに在籍し、貴重な召喚職ゆえに入学時には随分と騒がれていた。


 しかもカールの方は顔立ちも良く、13歳ながら背も170センチと高かったため、入学して一週間でファンクラブが形成されるほどであった。


「おまえら……」


 力強い言葉に、ゴクドゥーが胸を打たれる。

 そして自分が弱気になっていたことに気づかされ、その頬を自ら張った。


「そうだな! 召喚なら勝てる! 行ってぶちのめしてきてくれ!」


「はいっ!」


「では第三学園の次鋒、中に進みなさい。健闘を祈る」


 エントランスを管理する白髪の教師が、闘技場内を手で示すようにしながら告げた。


「勝って、お願い」


 物静かな教師ヒドゥ―までもが、懇願するように二人の背中に声をかけた。


「おまかせあれ! ――さぁ、いでよ」


 期待を一心に背負ったマイケルが呼び出したのは、生徒たちには定番の難敵であるストーンゴーレムであった。

 灰色一色の石でできた体長2m超の角張った種であり、動きは遅いものの、鋭的攻撃に90%耐性を示し、さらに魔法攻撃のほとんどを無効化する。


 なお、物理攻撃では鈍器による攻撃が唯一有効である。

 この場合は減衰なく100%のダメージを入れることができる。


「さぁセニョリータ、お待ちかねの出番だ。あいつらをやってしまおうね」


 続けてカールが呼び出した。

 白い煙の塊が、カールの前に出現する。


 現れたその頼もしい姿に、待機スペースからはおおぉ、と歓声が上がる。


 ミザルが眼鏡を上げながら、人知れずにやりとする。


 カールがセニョリータと呼ぶ召喚獣は「幻光スモッグ」という、一風変わった雲煙種の魔物であった。


 討伐ランクは【伍長】と低く、魔法攻撃を持たず、接触することで攻撃を行うだけである。

 が、煙でできているため、物理攻撃の一切が通じない上に、炎や水、雷など一般的な魔法にも比較的強い耐性がある。


 さらに「幻光」という、微弱な光属性ゆえに、弱点属性は【闇】となるのも好ましかった。


 なぜなら人間で闇属性を扱える存在は、極めて稀だからである。


 卒論を4月早々に終えた後、カールは時間の許す限り幻光スモッグの出現する湿地に出向き、繰り返す失敗にもめげず、使役を試みてきた。

 その甲斐あってとうとう使役に成功し、今回のメンバー入りとなったのである。


 学園の地下ダンジョンで戦わせてみても、地下第二層まででは、幻光スモッグにいっさい敵なし。

 第三層でも毒を与えてくる魔物が苦手なだけで、間違いなく学園一の召喚獣であった。


「いけーマイケル!」


「きゃー! カール様ー!」


「奴らを倒せぇぇー!」


 次鋒登場を見るや、第三学園の観客席からは、一層期待のこもった声が上がり始めた。

 当然、それはテルマとルイーズが無念なやられ方をしたからに他ならなかった。


「魔物を相手にする際は、武器はどちらを用いてもよい」


 フユナたちのそばにいた審判の教師が、召喚された魔物を見て告げる。


 魔物相手のため、フユナやヴェネットは鋭利な武器を使ってもよい。

 が、今回は木製の武器が鈍的武器に該当し、木剣の方がゴーレムにダメージが通りやすくなっているのである。


 フユナは頷くのみで、その場から動かない。

 それを動けないのだ、と見て取ったマイケルとカールは、勝利を確信した。


「さぁ、歴史的瞬間だ!」


「みんな、僕たちが勝つところをしっかり目に焼き付けてくれよ!」


 召喚獣を前に立てた二人は、第三学園の観客席を振り返り、親指を立ててみせる。


「うぉぉー!」


「やっつけろぉぉ!」


 第三学園からの声援は熱く、幾重にも重なっていった。




 ◇◇◇




「動かないな……」


 第三学園の待機スペースから、教師ゴクドゥーがじっとフユナたちを睨むように見ている。


「困っているみたいだ」


「よしよし、行けるぞこれは」


 第三学園の教師たちがフユナたちの挙動を見て、嬉々とする。

 そんな時だった。


「ちょ、トイレ行ってくる」


「俺も……なんか変だ……」


 中堅を任されていた魔術師ペアのオスカーとマンデルが立ち上がった。


「なんか悪いもの食ったっけ……」


「もしかしてあれかな……あのハニーチーズ……」


「え、ブルーチーズじゃなかったの、あれ……」


 オスカーとマンデルが、血色の悪い顔を見合わせる。


「ん? どうしたの? ふたりとも」


 教師マチコが不思議そうな顔で二人を見る。

 オスカーとマンデルはそれには答えず、そろって腹を押さえて駆け出した。


「おい、お前ら次なんだぞ。一応……」


「……す、すいませんっ!」


 教師ゴクドゥーが呼びかけるも、二人は振り返る余裕すらなく、一目散にトイレへと走っていった。






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