第162話 連合学園祭2-3



「1……」


 しかし教師はすぐにカウントをやめて両手を交差し、担架を呼んだ。


 ほかでもない。

 重症ですぐに処置必要という判断であった。


 観客たちの新たなどよめき。


「――急いでくれ! 障害が残る可能性がある!」


 ルイーズを腕に抱えた審判役の教師が、駆けつけた担架を持つ兵士に叫ぶ。


「る、ルイーズ……?」


 テルマは戦いを忘れ、その様子を呆然と眺める。

 あまりの衝撃に、『障害が残る』という意味がすっと頭に入ってこなかった。


「急げ! 運ぶぞ」


 人形のようになったルイーズが、担架に乗せられる。


 そのまま運び去られるまで、テルマは呼吸すらも忘れていた。




 ◇◇◇




「ワハハハハハー!」


 イジンの際限のない笑い声が、第一学園の待機スペースに響き渡る。


 イジンは昨年の連合学園祭の初惨敗を受け、責任を取り、監督の座を追われるところまで追い込まれた。

 が、生徒たちの父母会からの大反対があり、幸いにも首の皮一枚で繋がっていた。


 イジンは連合学園祭においては常勝だった過去があり、愛する我が子の禁軍入隊を目指す学園生徒の親からは、絶大な人気があったためである。


 そんなイジンがとった行動は想像の通りである。

 学園祭が終わるやいなや、イジンは有力な貴族たちの家に出向いて、吹いて回ったのだ。


 ――昨年度の敗北が『イザイ学園長の娘、ヴェネットの停学があったせいである』と。


 偉大なるイザイ学園長の愛娘ヴェネットは、王国第二王女フィネスや王族護衛特殊兵ロイヤルガードカルディエを超える剣技の持ち主なのだ、と。


 そうして、絶大な力を持つ父母会を味方につけた。


 その力を使い、イジンはヴェネットを停学から復学させ、連合学園祭参加を第一学園に認めさせたのである。


 イザイ学園長は、娘の曲がった人格がそう簡単には直らないことは十分理解していた。


 だが資金援助の件を引き合いに出されると、ヴェネットを復学させ、学園祭に参加させる程度のことは小さすぎて比較にならなかったのである。


 そして、イジンの思惑通りに運んだ結果が、これであった。


「たまらん……最高だな、我が采配!」


 だが、同席する生徒たちの誰一人として、その笑いに追随する者はいない。


「ヴェネット、なんてことを……」


「……開始早々、困ったことになりましたわね」


 後部にいたフィネスとカルディエは立ち上がり、担架で運ばれていく少女に視線を向けていた。

 二人は、ヴェネットの一撃が明らかに危険な急所を突いたものであることに気づいていた。


 急所の中でも致命的になりかねない危険な部位を打つ、いわゆる『殺打』というものは行わないというのは当然のルールであり、学園祭の規定にも盛り込まれている。


 しかしそれを実際に咎めるとなると、なかなか難しい。

 狙っていない、相手が勝手に動いてそうなった、などと言われたら、それまでなのである。


 今回もヴェネットが狙ってそうしたものかは判別できない。


 だが二人はヴェネットとは長年の付き合いである。

 それが意図したものかどうかくらいは感覚でわかっていた。




 ◇◇◇




「謝罪する、テルマとやら。連れがやり過ぎた」


 フユナが背を向けているテルマに深々と頭を下げる横で、当のヴェネットは再び笑い出した。


「……ねぇ? 時代遅れの盾剣術で私達に敵うわけがないでしょ? ばっかじゃないの」


「………」


 テルマの右肩が、ピクリと揺れた。


「ヴェネット、やめろ」


「だってお姉様、馬鹿の一つ覚えみたいに盾を構えちゃって。ちゃんちゃらおかしいわ、こいつら」


 ヴェネットは両手を広げ、肩をすくめた。


「貴様ら……」


 直後、テルマが怒りの形相でゆっくりと振り返る。

 闘牛のような、荒れた息を吐きながら。


「――よくもっ、よくも妹をぉ――!」


 テルマは涙声になりながら、ヴェネットへと突進する。


「………」


 その動きはフユナから見れば、実に隙だらけのものだった。

 しかもすぐそばに立つ自分を狙わず、横を素通りしている。


 簡単に首筋に一撃を入れて、止められる動きであった。


「………」


 だがその激情がありありと伝わって、フユナはたたらを踏んでしまった。


「おあぁぁぁ――!」


 テルマが右手の木剣を振り下ろしながら、怒声の中でスキルを発動させる。


 相手を撃ち、吹き飛ばす効果のある【剛打】である。

【剛打】はテルマがいくつか持ち合わせる攻撃系スキルの中で、もっとも破壊力のあるものであった。


 剣を振り下ろしなから、テルマの視界は涙で滲んでいた。


 ルイーズがどれほど今日という日を恐れていたか、テルマは痛いほどに知っている。


 最悪の形にしてしまった。

 

 止められなかった兄としての不甲斐なさに怒りを感じると共に、目の前の敵に殺意が湧いた。


 お前も鼻血を流して倒れろ。

 同じ目に、いや、もはや殺してやってもいい。


 そんなことを考えていたテルマは、すでに冷静ではなかった。


「なっ、なに」


 木剣を振り下ろすも、今まで目の前にいたはずのヴェネットが忽然といなくなっていた。


「……ど、どこだ」


 言いながら、その姿勢に硬直が入る。

 スキル使用後特有の弱点、スキル後硬直である。


 その冷たい危機感の中で初めて、テルマは熱くなっていた頭が冷えた。

 激情の中で自分が冷静さを失い、隙だらけの行動に出ていたことに気づく。


 こんな発動の遅い攻撃が、躱されないはずがない。


「――鈍いわねぇ、亀ちゃん」


 真上から声が聞こえた。

 テルマがはっとして見上げる。


 そこには、木剣を振りかぶったヴェネットがいた。


「ちゃんちゃらおかしいって言ってるのっ!」


 それが、テルマが気を失う前に聞いた最後の言葉になった。




 ◇◇◇




「1、2……」


 審判によるカウントが始まっている。


「テルマくん! 立ち上がってぇぇ!」


「テルマぁぁ!」


 先生たちが絶叫している中で、僕は無言で腕を組んだ。


 仮に相手がフユナ先輩ひとりでも、テルマとルイーズは勝てたか疑問だった。

 そんな状況で、相方があれではどうにもならない。


 その相方のやり方は、到底許容できたものではなかったが。


(……やってくれる)


 思い出すだけで、僕の右手に自然と力がこもる。

 ルイーズの倒れ方は、危険なにおいがするものだった。


 あれは、十中八九偶然ではない。


 そうなるとわかっていて放たれた一撃。

 それが理解できるから、自分はなおさら気に食わないのだ。


(……いけないな、つい)


 頭に血が登った自分に気づき、僕は両手の力を緩めた。


 確信に満ちた一撃だったと決めつけてしまうのは、早計だろう。

 僕がヴェネットという人間を知っているから、そう結びつけてしまうだけか。


(やれやれ)


 今年は熱くなりすぎないようにするつもりだったのに、さっそくこれだもんな。

 雰囲気に一番呑まれているのは、僕かもしれない。


 ともかく、ルイーズの様子を見てこよう。



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