第161話 連合学園祭2-2


「来たぞ」


 第二学園のエントランス側に向いている兄のテルマが、妹のルイーズに告げる。


「第二はどんな奴?」


「……ガンダルーヴァの先輩みたいだ」


 テルマには見覚えのある顔だった。

 彼らは『ガンダルーヴァ盾剣術』の集会で何度も顔を合わせている。


「レオとシンバだ。覚えてるだろ」


「うん。それなら」


 ルイーズの緊張していた声が、緩んだ。


 レオとシンバは2つ年上だが、ふたりとも動きに単調なところがあり、集会での手合わせでは一度も負けたことはない。


『ガンダルーヴァ盾剣術』同士の戦いでは、防御を打ち破るのに時間がかかり、勝敗がつかないことも多々ある。


 それゆえ、テルマかルイーズのどちらか一人でも、時間を稼ぐくらいならできそうな相手であった。


「よかった……」


 ルイーズがほっとする。


「な? 案外大丈夫だろ」


「うん」


 過剰に怯えていたことに気付き、二人は多少なりとも冷静さを取り戻していた。


 テルマも妹の手前、毅然としていたが、内心の動揺は少なくなかったのだ。


 最悪勝てずとも、第一の先鋒と第二の先鋒を道連れにすれば、第三学園の優勢は変わらない。

 自分たちは魔物討伐戦でペアが多く配置できているからである。


 そして頑強な防御を有する自分達は、それが得意である。


「第一は出てきたか」


 テルマに問われ、今度はそちら向きに構えているルイーズが盾の横から目を凝らした。


「第一は……あっ」


 ちょうどその時、観客席から歓声とどよめきが上がった。


「どうかしたか、ルイーズ」


「に、兄さん、どうしよう……」


 ルイーズが目を逸らすことができないまま、挙動不審になる。

 彼女はここで、第一学園の大歓声の意味を理解していた。


「フユナ先輩が」


「なっ」


 さすがの兄テルマも動揺した声を発し、振り返ってそちらを見る。


 そうしながらも、嘘であって欲しいとテルマは願っていた。

 だが、妹の言葉は現実だった。


 疑いようのない存在が、こちらに向かってやってくる。


「フユナ先輩なんて……無理だよ……」


「大丈夫だ」


「怖いよ、兄さん」


 ルイーズの構える盾が、小刻みに震え始めた。


「兄ちゃんに任せろ。ルイーズはレオとシンバの相手だけしてくれ」


「……に、兄さんは?」


 瞳を揺らしながら、不安げな視線を向けるルイーズ。


「大丈夫だ、それだけを考えろ。それで兄ちゃんたちは凌げる」


 二人はそれとなく位置取りを変え、敵との相対を変える。


 そうしながら、テルマの中では戦いの方針が決まっていた。


『ガンダルーヴァ盾剣術』の使い手の中でも、自分たち二人は攻撃系スキルを持っている方ではある。

 しかし、相手があのフユナであれば、到底打ち破ることなどできるはずがない。


 ならば、選択肢は1つに絞られる。

 盾で凌ぎ続けて、時間切れによる共倒れを狙うのだ。


「……相手が俺たちだったのは不運だった。道連れにしてやるさ」


 テルマはフユナを睨むようにしながら、呟いていた。


 もし、ルイーズが先にやられてしまったとしても、自分は絶対に時間まで立ち続けてやる――。


「ん? あれは誰か知っているか、ルイーズ」


 テルマはフユナのパートナーの女を見定める。


「……知らない人だよ。兄さんも?」


「知らないな」


 昨年はいなかったから、一年生だろうか。


 仮にも、あのフユナのパートナーなのだから侮ることはできないだろうが……。

 ここまできたら、大したことのない人物であることを祈るしかない。


「ルイーズ、少しでも長く耐えてくれればいい」


「わ、わかったよ……でも兄さんは」


 テルマは首を横に振る。


「自分のことだけを考えていろ」


「に、兄さん……」


「いいか、ルイーズの相手となる第二学園の先輩は兄ちゃんより弱い。二人がかりでもルイーズの盾を越えられない」


 テルマはいつもするように断定的に言った。

 ルイーズは曖昧な言い方を敏感に感じ取って、怯えてしまうからである。


「う、うん……」


「いつも通りやるんだ。フユナ先輩たちは兄ちゃんが凌いでみせる」


「うん……」


「我らは気高きスケレタブルムの森の自然崇拝者ドルイド。父の剣は『ユラル亜流剣術』には負けない」


「うん」


 ルイーズがやっとその声に力を取り戻した。


 やがて第一、第二の先鋒が中央に陣取るテルマとルイーズに気づくと、ゆっくりと近づいてくる。

 立っている位置取りから、予想通り第一学園の二人はテルマの方に、第二学園の二人はルイーズの方に動いた。


 よし、これなら、とテルマは思う。


 ――『ガンダルーヴァ盾剣術』。


 洗練された防御の中に戦いの美は存在し、すべての勝利は確固たる防御があってこそ、手にすることができると説く流派。


 それゆえ、彼らは常に多対一の戦闘を念頭に置き、そういった鍛錬を積んでいる。


 本当の戦いにおいては、彼らは魔法一切を防ぐ強力な盾を装備し、物理防御を上げる防御系スキルをも駆使して、最強の魔物たるドラゴンとすらも対峙してみせる頑強な存在となる。


「【鋼鉄の防御アイアンディフェンス】」


 フユナと黄色髪が攻撃範囲に入ってきたのを見て、テルマがスキルを発動させる。

 移動速度と回避を犠牲にするが、45秒間防御力を2倍に上げるものである。


「――さぁ、かかってこい!」


 青白く輝きながら、テルマが力強く叫んだ。




 ◇◇◇





「あらあら、盾の後ろに隠れちゃって」


 ヴェネットがこちらを睨んでいるテルマを見て、くすくすと笑った。


【ガンダル―ヴァ盾剣術】は最強の盾と呼ばれる一方で、最古の剣であるだけに、対処法も多角的に研究されている。

 もちろんそれを、フユナたちが知らぬはずがなかった。


「使ってきたぞ」


 フユナが 【鋼鉄の防御アイアンディフェンス】の発動を見抜く。

 むしろ知っている者からすれば、光り方が特徴的で、 誤解しようがないくらいである。


「わかっていますわよ、フユナお姉様」


 ヴェネットはそう返してテルマに視線を戻すと、馬鹿の一つ覚えねぇ、と笑った。


「よろしい? フユナお姉様」


「よし、いくぞ」


 二人が真っ直ぐに、テルマへと近接していく。


「甘い――」


 その動きを読み切ったテルマが、地を蹴って距離を詰め、力強く盾を突き出す。


「【| 盾の衝撃(シールドスタン)】!」


『ガンダルーヴァ盾剣術』の習得者は独特なスキル派生を持つことが知られている。

 最も有名で、最も脅威となるものが敵の行動を一時的に封じる【 盾の衝撃シールドスタン】である。


 これをもらってしまうと数秒の行動不能に陥るため、どんなに優勢に進めていても、一気に形勢が逆転してしまう恐れがある。


 この、二人を一網打尽にする一撃。

 しかしテルマの手には何の手応えもなかった。


「亀ねぇ」


 そう嘲笑った声が、頭上から聞こえた気がした。


「………」


 技後硬直のテルマが唖然とする。

 なんとフユナとヴェネットが、自分の上を大きく飛び越えていったのである。


盾の衝撃シールドスタン】の効果範囲を的確に見抜き、上に飛んだのだ。


「――ぐわっ!」


「ふぬっ!?」


 直後、テルマの背後で起きる、2つの悲鳴。


「……えっ?」


 ルイーズが、視界の中で起きた出来事に目を見開く。


 向き合っていた第二学園の先鋒二人が背後を急襲され、盾を構える間もなく、あっさりと倒されていたのである。


 観客がざわめいた。


「1、2……!」


 審判役の教師が、駆け寄ってカウントを始める。


「ま……まずいっ、ルイーズ!」


 硬直が解けたテルマが、青ざめた顔で振り返る。


 最悪のシナリオが、テルマの脳裏を過ぎっていた。

 しかし【鋼鉄の防御アイアンディフェンス】効果中のため、その動作が著しく遅い。


「……え……?」


 ルイーズは状況がのみ込めず、カウントされる第二学園の倒れた二人を呆然と眺めている。

 その目前に、ふわりとヴェネットが現れた。


「ぼーっとしちゃって。ここがどういう場所か忘れちゃったの?」


 鏡と向き合って作り上げたような、上流階級らしい笑みを浮かべたヴェネットが、ルイーズに優しく笑いかけた。


「………」


 ルイーズの顔がさぁぁ、と青ざめた。

 そのまま一歩、二歩と後退る。


「……に、兄さ……」


「――悪いが勝ちはもらうぞ!」


 フユナが跳躍すると、横からルイーズに鋭く斬り込む。

 そう、ふたりはルイーズに狙いを定めていたのである。


 動揺していた彼女を、見抜いていたのであった。




 ◇◇◇




「ひっ……!」


 ルイーズが悲鳴を上げて、盾の陰に隠れる。


「――ルイーズ!」


 テルマが血相を変えて、ルイーズに庇いに入ろうとする。


 冗談じゃなかった。

 自分は妹を守ると約束したばかりだ。


 兄である自分が傍にいるから、ルイーズは恐怖を必死に抑え込んで、ここに立っているのである。


 が、【鋼鉄の防御アイアンディフェンス】ゆえに移動速度が低下しており、すぐそばのルイーズに割って入ることすらできない。


「受けてみろ――!」


 フユナの木剣が迫る。


「に、兄さん――!」


 ルイーズが悲鳴を上げて目を閉じる。


「ルイーズ!」


 刹那、ガンッ、という激しい音。


 長年鍛えてきた賜物といえるであろう。

 無意識にルイーズがさっと盾の向きを変え、フユナの剣を見事に防いでいた。


「ナイスだ、ルイーズ――」


 しかし。


「――かはっ」


 刹那、ルイーズの頭部だけが、ぐいと右側に動いた。


 コン、と音を立てて地に落ちる木の盾。


 ルイーズは焦点が合わなくなり、糸の切れた人形のように地面に倒れ込む。


 くふふふ、という笑い声が響き渡る。


「ねぇ、油断大敵って言葉、知ってる?」


 逆側面をついたヴェネットが、盾の間を縫うように木剣を突き出していた。

 その一撃がルイーズのこめかみを突き刺すようにヒットし、意識までも刈り取ったのである。


「どこを狙っている、ヴェネット!」


 フユナが怒声を発するが、ヴェネットはまるで聞こえていないかのように、大口を開けて笑い続ける。


 倒れたルイーズは四肢をだらりとし、気を失っていた。

 その両鼻からは血が流れ、褐色の頬を伝い落ちている。


 その右半身だけが小さく痙攣を始めていた。


 第二学園のダウンカウントを終えた審判役の教師が、慌てた様子でルイーズのもとへ駆け寄ってくる。


「1……」


 しかし教師はすぐにカウントをやめて両手を交差し、担架を呼んだ。


 ほかでもない。

 重症ですぐに処置必要という判断であった。



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