第160話 連合学園祭2-1

(いや、ちがう)


 今、気にするべきはそこじゃない。

 気のせいか、あの女が今、聞き慣れた名前を呼んだような気がしたのだ。


 そう、サクヤンの名を。


「なお、前のペアが倒れた場合、1分後に交代できる。その際は待機スペースにいる係に従うこと」


「………」


 スシャーナの目が鋭く研ぎ澄まされる。

 もしかしてあの女も、サクヤンのことを……?


「………」


 スシャーナは俯いて、詰まっていた息を吐いた。

 そう考えた瞬間、急に切なさが心に溢れたのだ。


 アリアドネさんならまだ頑張って背伸びして、策を弄せば勝ち目はあるかもと考えていた。

 でも、もしあれほどに美しい、しかも王族の女がサクヤンを愛していたら。


「………」


 スシャーナは第三学園の待機スペースを振り返らずにはいられなかった。


 男ならどっちを隣に置いて、縁日に行きたいだろうか。


(……そんなの、考えるまでもない……)


 スシャーナは人知れず、唇を噛んだ。


「では定められた各学園の待機スペースで待機しなさい。先鋒の生徒は各エントランスで待つこと」


 審判役の教師の忠告が終わり、参加生徒たちは回れ右をして、各自自分の学園の待機スペースに向かった。


「よーし、いよいよだ」


「頑張るぞー」


「ヤスさん、そんな気張っても出番なく終わっちゃったりして」


 スシャーナの前を歩く次鋒のひとり、上級生のカールがふふん、と余裕の笑みを見せる。


「へぇぇ言ってくれるじゃんよ、カール」


「任せとけって」


 スシャーナの周囲では、増した緊張感を互いにほぐし合うように、皆が声を掛け合っている。

 だがスシャーナだけは、その会話に混ざる気にはなれなかった。


「ねぇサクヤン……」


「ん?」


 待機スペースに戻ったスシャーナは、真っ先にあの黒髪の女のことをサクヤに訊ねようとした。


 でも、本当に知り合いだったらどうしよう。

 まさか、もう付き合っていたりして……。


「どうかした?」


「……いえ、なんでもないわ」


 到底、訊けたものではなかった。


 これから学園全体が一丸となって戦う連合学園祭のメインイベントが始まろうとしているのである。


 自分はその大将。

 余計なことを考えている場合ではない。


 意識を集中しなければ、勝てるものも勝てなくなってしまうのだ。


「あたし、頑張るから」


「期待しているよ」


 サクヤンが笑いかけてくれた。

 スシャーナはその笑顔を見て、いつもより一際胸が熱くなった。


(サクヤン……)


 そうだ。

 これで十分なのだ。


 今、誰よりもサクヤンの近くにいるのは、自分なのだから。




 ◇◇◇




「各チーム、準備はよろしいですか」


 拡声された声で、闘技場内に確認がなされる。

 それが合図になったように、盛り上がっていた闘技場がしーん、と静まり返った。


「いよいよね……」


「うん」


 僕の隣に来たスシャーナが、少し震えた声で言った。

 雰囲気に呑まれているのか、その顔はさっき以上に強張っている。


 緊張の張り詰める瞬間。

 先生たちも固唾を呑んで見守る。


 マチコ先生とテレサ先生は、祈りのポーズから微動だにしない。


 直後、銅鑼のようなゴォォン、という音とともに、空気を揺らす太鼓の音がドドドド……と響き始めた。


 ボルテージが上がり始め、太鼓に合わせて観客が足踏みを始め、闘技場全体が震撼する。


「みんなの出番はない」


 エントランスに立つテルマがこちらに振り返り、盾を突き上げながら力強く言った。

 僕は親指を立てて、その意気込みを応援する。


「――では『バトルアトランダムセッション』、開始!」


 盛大な拍手が送られる中で、各チーム先鋒の入場が許可された。


「いこうルイーズ」


「うん、兄さん」


 二人が木製の盾を突き合わせて気合を入れると、勢いよく駆けていく。


 そしていち早く中央に到達した二人は、背中を合わせ、自身の前に盾を構えた。

『ガンダルーヴァ盾剣術』が推奨する、『鉄の二人構えアイロン・ザ・ダブル』だ。


 本来、防衛を第一に考えるならば、壁ぎわにおいて亀のように盾の陰にこもる方法が最良とされ、多くの『ガンダルーヴァ盾剣術』の戦士たちがそうしてきた。


 しかし、テルマとルイーズはそれを「自身の行動までもを制限する悪手」と考えるのだそうだ。


 防御に圧倒的な自信を持つ彼らは、それゆえ広い位置――闘技場の中央――に陣取り、互いを信じて背中を預け合う。

 まさに第一第二、まとめてかかってこいと言わんばかりに。


「うおぉ!」


「カッコいいぞー!」


 その勇敢な姿を目にして、観客席から見下ろす第三学園の生徒たちが熱狂する。


 一方、第二学園エントランスから現れた参加者二人は、動かずにその場で様子を窺っていた。


「あれは……」


「ありゃ、被ったな」


 ゴクドゥー先生が苦笑いしている。


 どうやら第二学園も同じ盾戦士二人を起用したようだ。


 第一学園の監督が、昨年と同じ手を使いたがらないことは第二学園も知っていたのだろう。

 魔術師が一番手に来ないとなると、やはり盾戦士による粘りのある戦いが一番と判断したか。


 なにせ第二は3ペアしかないからね。


 と、そこで第一学園の観客席から、わあぁ、と歓声が上がった。


「なんだ」


「第一の先鋒が登場したんだね」


 小柄な中年のミザル先生が、かけている丸眼鏡を持ち上げながら指をさす。

 聞けばミザル先生の眼鏡は魔法の品で、通常よりも遠くを見通せるんだとか。


「ほう、どれどれ……」


 エルフのリベル先生、マチコ先生、ゴクドゥー先生たちが次々と目を向ける。


 先鋒の分析は重要だ。

 もちろん配置した順番は変更できないけれど、第一学園の先鋒次第で、今後の戦い方が大きく変わってくる。


「あれは……えっ?」


 ミザル先生が硬直した。


 エントランスから歩み出てきた一番手。


「……なんだと!?」


 ゴクドゥー先生も目をひん剥いて驚いていた。


 その視線の先には、ブロンドの髪を肩に下ろす、見慣れた美少女が立っていたのだ。


「……ふ、フユナ……」


「フユナだ」


 観客席からも、大きなどよめきが上がる。


「……おいおい、先鋒にあいつを起用するってか」


「どんだけ層が厚いんだよ」


 いまだに信じがたい様子を見せている先生たち。


 先鋒は他の二学園全員の目に触れ、戦う対象も必然的に多くなる。

 それゆえ、その戦い方や癖を多角的に分析されてしまい、攻略されやすい対象でもある。


 つまり、攻略されて痛手となる者を先鋒には配置しないのが、『バトルアトランダム』のセオリーなのだ。

 それだけに、フユナ先輩を配置してきたことが彼らには信じられなかった。


 フユナ先輩を倒されたところで別に困らない、というのが第一学園の示してきた態度なのだ。


「待て、フユナのパートナーは誰だ」


「まさかフィネスか、カルディエを……」


 皆が目を凝らして第一学園のエントランスを見る。

 確かにそれ次第で相手の強さは大きく変化する。


 フユナ先輩の隣にいたのは、第一学園の制服を着た、黄色い髪を三編みにした少女だった。


「誰、あれ……?」


「知らないな……一年生か」


 皆がはて、と思っている中で、やはり来たか、と僕は人知れず思う。


「あれはたぶん、『ヴェネット』って奴ですね」


 僕は言った。


「……ヴェネット?」


「知ってるのかね、サクヤくん」


 先生たちがいっせいに振り返って、僕を見る。

 そんな中、ゴクドゥー先生だけは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


 先生は昔、第一学園にいたらしいし、名前ぐらいは知っていたのかもしれない。


 僕は皆に、確かイザイ学園長の愛娘ですと告げた。


「そうか、停学が解除されて……」


 噴き出した額の汗を拭うゴクドゥー先生。


「でしょうね」


『ユラル亜流剣術』道場を破門になったヴェネットは学園も停学になり、昨年は連合学園祭に参加することができなかったため、今年、晴れて初参加ということになる。


 ヴェネットは不敵な笑みはあの時のままに、上流階級の娘らしい淑やかな仕草でフユナの隣に立っている。

 ちょっと見た感じだと、停学が彼女に良い効果を生んだようには見えなかった。


「……イジンめ、こんなに手駒を持ってやがるとは」


 ゴクドゥー先生は、すっかり渋面になっている。


「ゴクドゥー先生、あの黄色髪の子、強いんですか?」


 マチコ先生が訊ねる。


「実力はフユナと同等ぐらいに考えていいだろう。『ユラル亜流剣術』の使い手だ」


 ゴクドゥー先生が血を吐くようにして言った。


「ふ、フユナちゃんと……!?」


「4人目がいたんですか」


 マチコ先生は両手を口に当てて言葉を失い、エルフのリベル先生は驚きの声を上げる。


「じゃ、じゃあ最強剣の四人が、すべて第一学園に揃っていることになるじゃないですか……」


 マチコ先生が青ざめた顔で言う。

 とたんに第三学園の待機スペースが騒然となった。


「まあ見てみましょう。相対するのは『ガンダルーヴァ盾剣術』ですし」


 僕は不穏になった空気をなだめるように言った。


『ガンダルーヴァ盾剣術』は『ユラル源流剣術』および『ユラル亜流剣術』に対してもっとも相性の良い盾剣術と言われている。


 そう言うと、スシャーナが突然駆け寄ってきて、ぐいっと僕の腕を組んだ。


「そうよ。なんてことないわ! ヴェネットだかなんだか知らないけど、あたしたちだって鍛練してきたんだから。ねぇみんな!」


「おお、そうだ!」


「我ら第三学園が負けるはずがないっ!」


「なんだか知らないけど、四人とも返り討ちにしてやろうよ!」


 大将スシャーナの言葉に、仲間たちが士気を上げる。


 そんな盛り上がりの只中に居ながら、僕はわずかばかり、笑顔が引き攣ってしまっていた。


 反対の腕が消えていたから。


(僕、どうしたんだろうな……)


 こうやって身体の一部が消えることは、最近頻繁に起きていた。

 しかもどういうわけなのか、頻度が右肩上がりになってしまっている。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る