第137話 改変・魔王戦1

 

 その後もラモチャーは何かにつけて、自分の失敗した話などを付け加えるものだから、アリアドネは息ができなくなるほどに笑い、最後はおなかがよじれたままになってしまうのでは、と心配してしまうほどだった。


「さて、アリアドネ」


 陽の位置もすっかり変わったところで、ラモチャーが急に声のトーンを変えた。


「これから魔王のところに乗り込むわけだが」


 真面目な話だと知り、自分は居住まいを正して耳を澄ます。


「これを付けていてもらいたい」


 ラモチャーが取り出したのは2つ。

 碧色の宝石がついた繊細な造りのネックレスと、黒ダイヤが埋め込まれた、美しいブレスレットだった。

 

 ラモチャーは手渡しながら、魔法の装備品だと告げた。


 両手で受け取った貴金属が、チャラリ、と音を立てた。

 ふたつとも、女性なら一目惚れしてしまうほどの一級品に違いなかった。


「こ……」


 こんな高価なものを、と言おうとしたところで、ラモチャーは理解してくれたらしく、頷いた。


「確かに高いんだけどな。ブレスレットの方はつけている限り、半分程度には痛みを緩和してくれる。あんたにふさわしいだろ?」


 ラモチャーは事も無げに言った。


「えっ……」


 う、うそ……痛みを……?


「ネックレスの方はすぐに効果のある品ではないんだが、遠い未来で必ず役に立つ」


 ブレスレットの説明があまりに衝撃的だったので、アリアドネは続いたネックレスの方をよく聞き取れていなかった。


「………」


 アリアドネは両手にある魔法の品を見つめる。

 そういえば、と思う。


 戦闘での痛みが激減したのは、ラモチャーが姿を見せるようになった辺りからだ。


 しかし、戦の神の神殿司祭に筆談で聞いたところによると「そんな神聖魔法ホーリープレイは存在しない」と一笑に付されたのも確かである。

 

 それでもアリアドネはラモチャーの言葉が嘘だとは思わなかった。

 実際に何度も体験していたからである。


「………」


 アリアドネがラモチャーの仮面をじっと見る。

 

「い……いた……」

 

 最近、自分の痛みが軽減していたのは、あなたのおかげですか。

 ジェスチャーも交えて必死に訊ねたが、これはラモチャーには通じなかったようだ。


「そう。痛みを軽くする。完全に無くなりはしないのが申し訳ないんだが」


 付与魔術エンチャントではこれが限界だった、と続けるラモチャーは、誤解したままだった。

 

 アリアドネは懐をまさぐる。


 こんな大事な時に、筆記用具がない。

 いらないと思って、先程宿に戻った時に置いてきてしまった。

 

「身につけていてもらえないだろうか」

 

 ラモチャーが真剣な様子で言う。

 自分のことを大事に考えてくれている様子が、手に取るようにわかる。


「………」


 だが、疑問が湧かなくもない。

 この人は、どうしてここまで自分に親身に関わろうとしてくれるのだろうと。


 誤解かもしれないが、この人は現れた当初から、自分を見てくれている気がした。


 もちろんアリアドネも、異性から告白された経験が少なからずある。

 聖女となった途端、手のひらを返して作り笑いを浮かべ、アリアドネに近づこうとしてきた男が少なくなかったからである。


 だが今回は話しぶりからして、そういう類いの感情が絡んでいるようには見えない。

 それよりもなにか別の……。


「ど……ど、どう……」


「どうしてこんなことをするのかと?」


 これは伝わった。

 アリアドネが頷く。


「あんたが命の恩人だからだ」


「………」


 アリアドネは目を瞬かせた。


 命の恩人……?


 さっぱりだった。

 自分は人を助けたことなど一度もないはずだが……。


 鍛錬時に身を挺していることを言っているのだろうか。


 しかし続きを問おうとすると、ラモチャーは頭を掻き、珍しく困った様子を見せた。

 その様子がなんだか可笑しくて、くすっと笑ってしまう。


「今はこれ以上は説明できないが、いつかわかる。それより、魔界に入ったら何があっても外さないと約束してくれないか」


 ラモチャーは強い口調で言った。

 回復効果の増加とか、そのようなものだろうか。


「………」


 わずかの間思案したアリアドネだったが、身につけることにした。

 自分の痛みを緩和しようとまで考えてくれる人が、悪巧みするとは思えなかったからである。




 ◇◇◇




 魔界、魔王城内五階。


「この先が魔王の間か。いよいよ運命の戦いって感じがしてきたぁー」


 茶髪のぼさぼさとした髪をしている14歳の少年――勇者エドガー――が、誰に言うでもなく言う。

 彼らは魔王が居るとされる『魔王の間』前室に立っている。


 そう、彼らは、魔王討伐に向かう勇者パーティである。


 激しい戦いで三人を失いながらも、 勇者エドガーに聖女アリアドネ、魔術師リタに狂戦士トブラ、光の神の神官コモドー、盾剣士のラインハルト、魔法剣士のリッキー、そして第四の僧戦士クルセイダーのラモチャーの八名がここまで辿り着いていた。


「なぁ。運命の戦いにふさわしい場所だよな?」


 エドガーは少し離れた位置に立つ銀髪の少女に目を向け、言葉を繰り返した。

 が、少女は無言だったため、エドガーの言葉は独り言になった。


「……いや、もう慣れたからいいんだけどさ」


 エドガーが言いながら、清楚な印象を与える整った顔立ちの少女に向けて、これみよがしなため息をついてみせる。


「……あっ……」


 聖剣アントワネットを持つ少女は声らしきものを発すると、そのまま口ごもった。

 失語症の彼女は、当代の聖女アリアドネである。


「もったいないくらいの立派な広間だねぇ。うちの王宮にも、こんくらいの一室が欲しいくらいだよ。とりあえずこんなコメントでいいのかい」


 その少女をかばうように、白髪の魔術師リタが言葉を挟んだ。


「これでいいっていうかさ、この日この場所のために俺とアリアドネは神様たちに遣わされたんだからさ、感慨深くならない方が……」


「そういうのは他人に強制するもんじゃないだろ」


「……はいはい、そうですね」


 エドガーはやれやれとばかりに肩をすくめた。


「……あーあ。なんで俺の時だけ舌足らずな聖女なんだろ……せっかく顔はいいのにこれじゃあ……」


「エドガー!」


 いいかけた言葉をラインハルトの大声が遮る。


「14にもなって子供みたいなことを言うな」


 毎度の光景である叱責に、周りが忍び笑いを漏らし始める。


「アリアドネは仕事はきちんとなしている。それにパーティではお前がよく喋る。無口なくらいのほうがバランスがよいとは思わんのか。少しはラモチャーの話し方を見習え」


「あ、はい。すいません」


「くく……黙っていればいいのによ」


 リッキーの忍び笑いが止まらない。


「気にするんじゃないよ、アリアちゃん」


 リタが白髪を後ろに払いながら気遣った言葉を掛けると、アリアドネはただ無言で頷き、目を向ける場所に困ったのか、目の前の重そうな扉を見つめた。


「バランスといえば、確かに世界は常にバランスで成り立っています。ならばこのパーティでも、世界の縮図を見るようなものと考えればよろしいでしょう」


 光の神の神官の男コモドーが神に祈りを捧げるように目を閉じ、笑顔で少々的はずれな返答をすると、大剣を担ぐ巨漢の戦士トブラが足を止めていることにイライラした様子で、待つのは苦手である、と言う。


「確かにこの廊下、気味が悪いからさっさと抜けてぇなぁ。本物の目みたいだ」


 一方の魔法剣士リッキーが、蒼穹のフルフェイスの兜の奥から呟いた。

 彼はさっきから壁に埋め込まれている目のような構造物が気になって仕方がない様子である。


「――その指摘は正しい。もう遅いが」


 皆が驚いた様子で振り返る。


 いつも無口な男が、珍しく口を開いていた。

 僧戦士クルセイダーのラモチャーである。


 彼は『宗教上の理由』で般若と呼ばれる奇妙な仮面を顔につけており、一度たりとも外したことはない。


「正しい? どういうことだ、ラモチャー」


 リッキーが眉をひそめて訊ね返す。


「魔王はこの【壁の目】で通路にいる我々を観察できる。ちなみに今のこの会話も魔王に筒抜けだ」


 ラモチャーは驚きの事実を淡々と告げた。


「……なんでそんなことを知っている?」


 リッキーがぎょっとして訊ねた。


「魔王に不意打ちはできない。むしろされる覚悟で入ったほうがいい」


 しかしラモチャーは問いかけを無視した言葉を発する。


「なんでそんなことを知っているの?」


 エドガーがラモチャーにもう一度同じことを訊ねるが、ラモチャーは無言に戻った。


 エドガーとリッキーが顔を見合わせ、やれやれとため息をついた。

 ラモチャーはこうやって、時に言いたいことだけを言い、それ以上は関わりを避けるように、続く会話を拒絶するのである。


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