第130話 最終選抜試験2

 

「……飛び入り参加したい者がいる、だと?」


 話を聞いたラインハルトが、訝しげな表情になる。


「はい。そういったことはしていないと再三伝えているのですが、腕には自信があるから上に取り次げとの一点張りで」


 その言葉を聞いたラインハルトが、ぴくりと眉を揺らした。


「……本当に『腕に自信がある』と言ったのか」


「はい」


 言葉が間違いではないことを確認したラインハルトは、その顔に堪えきれない笑みを覗かせた。


「お前も一緒に来い」


 そう言ってラインハルトは受付の者を連れ、脇で見ていた勇者たちのそばへと向かった。


「どうかしたのかい、御仁」


 エドガーが慣れ親しんだ様子で声をかける。


 それも当然、エドガーは生まれがこのリンダーホーフ王国であり、10歳の頃に勇者となってからは、ずっとこのラインハルトを師と仰ぎ、武の指導を受けてきていたのである。


「飛び入りで試験を受けたいと言っている奴が」


 ラインハルトが受付小屋の方に目を向けながら言った。


「……飛び入り?」


「腕に相当自信があるらしい」


「へぇぇ」


「それは頼もしいね」


 皆が受付の方に期待のこもったまなざしを向けた。

 当然、人垣が邪魔してそれらしい人物が見えるわけではなかったが。


「聞き忘れていた。そいつはどこで予備選抜を受けている」


 すっかり高揚していたラインハルトが、受付の者に訊ねた。


 一次、二次選抜はこのリンダーホーフ王国だけではなく、各地の冒険者ギルドで行われている。


 地域によって選抜に合格しやすい、しにくいは当然あり、強豪のひしめく厳しい枠を抜けてきたのか、志願者の少ない地域をすんなり抜けてきたのかを知りたかったのである。


「いえ、それが……」


 受付の男が口ごもった。


「最近まで旅に出ていたせいで、全く参加していないと」


 ラインハルトはふむ、と声を漏らす。


「確かに過去には、そう言った例がなくもないねぇ」


 魔術師リタがラインハルトを横目に見ながら意味深長に笑い、ラインハルトは目を合わせないように少し上を見上げる。


 当のラインハルトがそうであった。


 ラインハルトがエドガーくらいの年齢の頃に第二代勇者パーティ選抜があり、若い頃から酒豪だった彼は大寝坊をして一次を受けられず、二次選抜から参加したのである。


 ラインハルトの他にもいる。


 初代勇者の付添をし、縦横無尽の活躍をしたとされる『偉大なる炎の戦士』エブランテル。


 彼も酒に飲まれて選抜に遅れ、最終試験でぎりぎり割り込んだらしく「エブランテルを無碍に扱わなくてよかった」と高笑いした当時の勇者の談話が残されている。


「それだけで否定することはないよ。こうやって二回も生還者サヴァイバーになるかもしれないしね」


 ししし、と忍び笑いを漏らしながら皮肉を言うリタを無視して、ラインハルトが受付の者に問いかける。


「その飛び入りの名は」


「ラモチャーと名乗っています」


「……ラモチャー……」


 皆の言葉が途絶える。

 一斉に思案顔になった。


「……聞いたことある、リッキー?」


「いや、全然」


 エドガーに訊ねられた魔法剣士は肩をすくめた。


 ラインハルトも記憶をたどるようにしながら、こういう時に一番頼れる、無視したばかりの相手へと目を向ける。


「リタは」


「存じ上げないねぇ」


 冒険者ギルドに入り浸っている魔法剣士リッキーはもちろん、ラインハルトやリタくらいの存在になると、ハイクラスの冒険者の名くらいは、他国であれど認知している。


 でありながら、彼らはそんな名を耳にしたことすらなかった。


「……アリアドネも知らないよね?」


 エドガーに訊ねられた聖女アリアドネも、無言のまま首を横に振った。


「そいつの職業は訊いたか」


 ラインハルトが受付の男に訊ねる。


「第四の僧戦士クルセイダーのようです」


 それを聞いた途端、皆がうわ、と声を漏らした。


「また中途半端な……」


 僧戦士クルセイダーという職業は前衛に立てる回復職ヒーラーと言えば聞こえはいい。


 が、「神の声が聞こえなくなる」といった理由でフルプレートと呼ばれる全身を金属で覆う装備をつけない者が多い上に、回復力も回復専門の司教ビショップには遠く及ばない。


 それゆえ、実際はどっちつかずの中途半端ものという認識が一般的であった。


「しかも、第四か……」


 勇者の声が、あからさまにトーンダウンしている。

『光の神ラーズ』を第一神、『大地母神エリエル』を第二神、『戦の神ヴィネガー』を第三神と呼ぶのがこの頃の習わしであった。


 それゆえ、それ以外の神に仕える者はひっくるめて『第四の信徒』と呼ばれる。


「……第四は回復魔法ヒールも期待できん……」


 一気に渋面になったラインハルトが言う。


 実際、第四の神に分類される「知識の神ニマ」や「富の神シルベスター」の司祭は知識や富を祝福し、それを授けることに長けており、 回復職ヒーラーとしての能力は低かった。


 この時、当然のように皆の頭にはなかった。

 第四に『異端の神々ジ・ヘレティックス』というマイナーな、しかし主神級の力を持つ一角が含まれていることを。


「内定している回復職ヒーラーは誰だっけか」


 魔法剣士リッキーが空を見上げるようにして言った。

 リタが誰だっけねぇ、と記憶をたどっていると、受付の者が代わりに口を開く。


「あの……光の神の大神官コモドー様が……」


「あぁ、あの気取った、いけ好かない野郎だね」


 リタがぽん、と手を鳴らす。


 今回、聖女が戦の神の信徒であるために、魔王の封じ込めは一切できない。

 それゆえ、魔王に対して強い対抗力を持つ光の神の神官をパーティに加えている。


 コモドーは百人にひとりとされる職業、大司教アークビショップであり、リンダーホーフ王国の光の神神殿で次期司祭長、行く末は光の神の神殿をすべる教皇の地位を目されている前途明るい男であった。


 今回魔王討伐に参加することになったのは、『その地位を確固たるものにするために箔をつける』というコモドー派閥の意図が隠されている。


回復職ヒーラーは光の次期司祭長みたいだし、一応アリアドネもいるんだから、そんな中途半端野郎を加えなくても回復魔法ヒールに関しては心配ないんじゃ?」


 このエドガーの言い方はともかくとして、発言の内容はそれほど常識を欠いたものではない。


 パーティに回復職ヒーラーが多ければ多いほどに安全度が増すように考えられるが、実際はそうではない。

 守らねばならない後衛職が増えることでパーティの足並みが乱れ、崩されることもあるのである。


「……腕に自信があると言っている。リーファのような使い手かもしれん。回復職ヒーラーとしてではなく、そちらを見てみてもよいだろう」


 ラインハルトが自分にも言い聞かせるように言うと、アリアドネを含めた皆が同意する。

 僧戦士クルセイダーでは前例がなかったが、魔法剣士には魔法よりも剣が大きく上回る存在がまれにいることを彼らは知っていた。


 そういった存在は通常の剣使いよりも卓越した戦闘力を見せることが多く、強者として知られる。

 過去の勇者パーティにおいても、第二代に参加した女魔法剣士リーファがそうであり、ラインハルト自身、彼女に何度も命を救われていた。


「では決まりだな」


 皆の考えがまとまったのを見て、ラインハルトが受付の男を振り返る。


「よい。通せ」


「追い返してよろしいですよね……って、え?」


 半ばまで言いかけた係の男が、耳を疑う。


「通せ。このラインハルトが直接腕のほどを見る」


「はっ! ではただいま!」


 男が慌てた様子で受付に去っていった。




 ◇◇◇




「どいつだ」


 リッキーが右手を日よけにし、興味津々といった様子で、飛び込みの参加者を探す。


「あ、こっちにやってくるあの黒い……男かな?」


 エドガーがぼさぼさした茶髪を掻きながら指をさすと、皆が視線を向ける。


 その者の背は170cmほど。

 般若と呼ばれる鬼の顔の仮面をつけ、顔を隠していた。


 その身には鎧ではなく、物珍しい黒神官服を身に着け、上に外套を羽織っている。


「……もしかして、あの変な仮面の奴?」


「そうみたいだねぇ……」


 リタが苦笑いする。


「うわー、なんか嫌な予感がしてきた……」


 エドガーも早々に頭を抱えた。

 今まで外見で奇をてらう者に、ろくな人材がいなかったからである。


「………」


 一方のアリアドネは、じっとその仮面の者を観察していた。

 たたずまいは確かに男に見える。


「………」


 アリアドネは目を凝らし、放つ気配から力量を推し測ろうとする。

 どうかひとりでも多く、仲間に加わって欲しい、と祈りながら。


 能力が解放され、アリアドネの銀色の瞳が淡く蒼を帯びて輝く。

 しかしすぐに、アリアドネは小さく首を傾げた。


(【常識外】……? どういうこと……?)


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