第129話 最終選抜試験1
「次、職業を言え」
ラインハルトが新たな試験希望の者と向き合う。
エドガーが『合格』に金貨一枚、リッキーが不合格に二枚を賭けた対象である。
「はっ。……だ、『大地の盾剣士』であります。『ガンダルーヴァ盾剣術』の准師範であります」
そういって男は凧型の盾を取り出した。
「二次選抜の成績は」
「【良】であります」
「推薦者は」
「レイシーヴァ王国王都、光の神の第四司祭、イーストウッド様の推薦を」
それを聞いたラインハルトがふん、と鼻を鳴らした。
「『格』は」
格とは、のちの世界でいう「冒険者ランク」を指している。
「はっ。同国において【准尉】であります」
ふたりのやり取りを聞いたリッキーとエドガーが顔を見合わせた。
リッキーはニンマリとして。
エドガーは悲哀に満ちた表情になって。
理由は簡単、【准尉】は今日の参加者の中で最低ランクであったからである。
「ふん。貴様は真剣で構わぬからそのままかかって来い」
ラインハルトが男の腰にぶら下がる鞘を顎で指し示しながら、 大剣に模した木の剣を構える。
「はっ。偉大なる『御仁』の胸をお借りする。てやぁー! あぶぅ!?」
盾が宙を舞った。
男は魔法剣を振り下ろすまでもなく、鼻血を撒き散らしながら吹き飛び、規定とされている円内からあっさりと転がり出てしまう。
「おおぉ!?」
「一撃か」
「こりゃだめだな」
観衆が唸った。
「――場外! ラインハルト様の勝ちとなります」
審判役の兵士が大声で叫んだ。
「失格だ。つまみ出しておけ。言い忘れていたが、盾役はそもそも勇者パーティには要らん」
吐き捨てるように言ったラインハルトは、もうその男を見ていなかった。
◇◇◇
「はい、もーらい」
失望するエドガーの手から、リッキーが金貨を奪い去る。
「……そもそもさ、『御仁』に敵う奴なんかいないだろ」
エドガーが寂しくなった手を仕舞うように腕を組みながらぼやく。
この選抜試験において、『御仁』と呼ばれるラインハルトに勝った者はひとりもいなかった。
「そうさ。だから勝てなくても合格できんだろ。さっきの3人、見てただろ」
100人以上の選抜試験参加者を経て、今のところ、ラインハルトが合格と認めた者はたったの三人。
いずれもラインハルトの前に突っ伏し、敗北している。
一人目はエルポーリア魔法帝国の古代語魔術師ジョン。
リンダーホーフの宮廷魔術師リタには敵わないが、氷撃に優れ、行動制限能力を買われて合格となった。
ちなみに氷撃はラインハルトにすべて
二人目はイザヴェル連合王国の獣人、フレッド。
ラインハルトに一撃も与えられなかったが、俊敏さを含む総合戦闘力の高さが撹乱に向いており、買われて合格となった。
3人目はミザリィ王国の
討伐ランク【准尉】の
「負けても合格とか、いまいちその基準がな―」
「いや、次はエドガーでもわかるかもな。見てみ」
お兄さんぶったリッキーが、次の巨漢の参加者を指さした。
「お」
エドガーが、目を見開いた。
「あれ、あいつもしかして……」
「そう、そのもしかしてだ」
リッキーがまたニンマリして頷く。
「トブラか。よし、合格に金貨三枚だ!」
エドガーが喜々として叫ぶ。
「俺は金貨五枚賭けるぞ。誰か不合格に賭けない?」
「合格ってわかってるのに、反対に賭けるわけないだろ」
仲間を振り返るリッキーだったが、リタにため息まじりに返された。
「アリアドネは」
訊ねられたアリアドネは、当然のように小さく首を横にふった。
リッキーがちっ、と舌を鳴らす。
「じゃあエドガーが不合格に賭ける形だな」
「な、なんでだよ!?」
「合格に賭けるって俺の方が先に決めてたし。賭博はそういうルールなんだって」
リッキーは平然と言ってのけた。
◇◇◇
「――さて。次で最後か……最後くらい、まともな奴だろうな」
ラインハルトがライオンのたてがみのようになった白髪を掻き上げると、最後の男に目を向ける。
「俺の出番である」
人垣から歩み出てきたのは、坊主頭の巨漢の男であった。
ラインハルトと並ぶほどの背丈だが、この男は若々しさに溢れていた。
「ほう、貴様はなかなか腕が立ちそうだ。何者だ」
「トブラ。十八になる。職業は『狂戦士』」
男はぶっきらぼうに答えた。
しかし、ラインハルトがハッとする。
「……貴様があの」
驚いたラインハルトを見て、トブラがにやり、とする。
そう、トブラは自身の名声がここにも及んでいるであろうことは織り込み済みであった。
トブラは昨年のミザリィ王国武闘大会で一位、さらに今年行われた三カ国合同近接武闘大会で名高きリンダーホーフ王国の代表を破り、一位となった男であり、今回、勇者パーティからも最有力候補と目されていたのである。
「二次選抜の成績は」
「【秀】だ」
各地で行われる勇者パーティ選抜の二次選考試験では、良以上の者を通過させ、最終選考に入れることになっている。
合格ライン以上には【良】、【優】、【秀】があり、なかでも【秀】はほとんど合格が決まったようなものであることを意味していた。
「推薦者は」
「ミザリィ王国国王、アイゼンヴァルド十二世」
ラインハルトが嬉しさのあまり、頬を緩めた。
位の高い者が推薦していればいるほどに、参加者の実力が保証されるのは疑いがない。
しかもミザリィ王国現国王はラインハルトともに魔王討伐に出向いた
ラインハルトの顔がほころぶのも、至極当然のことであった。
「『格』は」
「【大尉】だ。
ラインハルトがほう、と唸った。
「最後に最高の奴が来た」
ラインハルトが観戦している勇者たちを振り返ると、気分の高揚を表すようにガッハッハ、と笑う。
試験員たちがトブラに好みの木剣を選ばせると、トブラはラインハルトが持つ大剣と同じものを手にする。
「どれ、実力のほどを見せてもらおう」
「伝説の
トブラが剣を担ぐように構える。
「若いのに言うではないか。こい」
「むぉぉ――!」
トブラがラインハルトに打ち込んだ。
数回切り結ぶと、互いの剛力に耐えられず、木剣はすぐに音を立てて折れた。
それゆえ二人は頷き合い、自身の鋭利な武器を取り出して再び打ち合い始める。
キィン、キィン、キィン――。
「素晴らしいぞ、トブラとやら」
「さすがは【
二人は笑みを浮かべながら、剣を重ね合う。
職業【狂戦士】は、大木をたやすくへし折るほどの並々ならぬ破壊力を持つとされる。
古代王国期に大陸の北方を支配していた蛮族の王がこの【狂戦士】であったと言われ、現代で現れると間違いなく当たりの職業とされる。
そうやって打ち合うこと、5分。
今までラインハルトに30秒と持たずに倒されてきたことを考えると、トブラは異例の長さであった。
だがやがて、ラインハルトの本気の攻撃でトブラが剣の腹で左脇と首元を打ち据えられる。
「ぐぅ」
とうとうトブラが膝をつく。
立ち上がろうとするが立てず、膝を震わせるのみだった。
「――カウント10! ラインハルト様の勝ちとなります」
審判の男が大声で叫んだ。
それでも、周囲から一斉に拍手が送られた。
「……この俺とこれだけ渡り合えるならば、十分な腕前と認めよう。お前は合格だ」
乱れた息を整えながら、ラインハルトが倒れたトブラに手を差し伸べる。
「さすがは憧れてきた御仁」
トブラが笑い、ラインハルトの手を握るが、その顔は痛みに歪んでいた。
光の神の女司祭の癒やしを受けるまで、トブラは立ち上がることができなかった。
ラインハルトに、見事に急所を打たれていたのである。
最強の参加者と言われたトブラであっても、力量の差は慣れた者の目からは明らかであった。
◇◇◇
「あーあ」
気のない拍手をしながら、勇者エドガーはやさぐれていた。
当然、賭けた金貨はリッキーに巻き上げられている。
「最終試験を抜けたのが5名足らずって、過去最低だよね?」
「うちらで選ぶ余地がなさそうだねぇ。もう全員連れて行こうかね」
エドガーの言葉に、リタが苦笑いをしながら答えた。
前回の勇者パーティ編成の際は、この時点で15人は居たとラインハルトから聞いていたために、彼らは失望を隠せないのである。
特に前回はラインハルトに並ぶほどの力量の猛者が居て、勇者の前でふたりで張り合ったくらいだという。
「絶対にたりねー……でも足手まといを連れていっても、ろくなことにならねーしなぁ……」
リッキーが鼻をほじりながら、不満げに言う。
「………」
アリアドネは皆の顔を見ることができなかった。
仲間から「今回は光の聖女ではない分、いつもより多く付き添いがほしい」と、公言されているためである。
それはつまり、自分が『頼れない』ということにほかならない。
今、仲間が足りずに不安に感じさせている原因はまぎれもない、自分なのである。
「………」
アリアドネは視線のやり場に困り、空を見上げた。
考えずにはいられなかった。
どうして今回は光の神ではなく、戦の神が聖女を選んだのだろう、と。
今まで、そんなことは一度もなかったのに。
もし光の神ラーズが選んでいれば、決して自分などが聖女となることはなかっただろう。
「魔王を封じる力のない聖女」と揶揄され、世界の人々を不安にさせることもなかったはずなのに……。
「こうなりゃ、ラインハルトの御仁にもう一度付添を願うか、だねぇ」
リタが冗談とも本気ともつかぬような言い方をする。
「おいおい、そうなりゃ三度目だろ」
「でも御仁がいたら、絶対に頼もしいなぁ。僕も勇者の力をいかんなく発揮できそうだ」
リッキーが驚いた表情を浮かべる中で、エドガーはその案に強く賛成した。
「三度も生きて帰ったら、勇者のあんたより付添が有名になっちまうよ」
「そんなことはぜんぜん構わないよ。僕も死にたくないしさ」
リタが茶化すも、エドガーは大真面目で答える。
そんな話をよそに、人垣の中心では受付を担当していた男がひとり、申し訳無さそうな顔でラインハルトに駆け寄っていた。
その男に耳打ちされたラインハルトが、訝しげな表情になる。
「……飛び入り参加したい者がいる、だと?」
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