第119話 アシュタルテ生誕3
「こちらこそさせんぞ!」
今度はラインハルトが盾となって立ちはだかり、石塊に大剣を叩きつけるようにしてそれを阻んだ。
バガァァン、という破裂音とともに、石塊はおかしいほどにたやすくばらばらになって、床に落ちる。
「……むっ」
剣をふるい終えたラインハルトが、新たに漂い始めた気配に唸る。
魔王がただの石の塊を放つ訳がなかった。
石の破片はそれぞれがむくむくと成長し、翼を生やした奇怪な悪魔へと姿を変えていく。
それは体長2メートルほどになり、各々が奇声を発し始めた。
その数、14体。
「――うわ、湧いた!」
「……ど、どうするんだこれ!」
魔法剣士リッキーと勇者エドガーが同時に悲鳴を上げた。
リッキーの【集約拡散】は、後から侵入してきた魔物には効果がないのである。
「手伝え、トブラ、リタ。エドガーとリッキーはコモドーを守りながら魔王どもを牽制しろ!」
ラインハルトが険しい表情になって大剣を構え直しながら、指示を飛ばす。
「あやや、忙しくなりそうだね」
リタが舌打ちして古代語魔法の詠唱を始める。
「キィィ――!」
ラインハルトの姿が周りから完全に見えなくなり、鎧を掻きむしる金属音だけが盛んに聞こえ始めた。
そこへアリアドネが無言で駆けつける。
満身創痍にも関わらず、果敢にもその中に飛び込んだ。
「――かたじけない!」
ラインハルトが石の悪魔をさばきながら叫ぶと同時に、アリアドネがそこから転がり出るように飛び出す。
アリアドネはなんとひとりで
聖女となってから、彼女は剣技に関するスキルも数多習得しており、王宮での鍛錬の甲斐もあって、たった数ヶ月で【少尉】クラスの剣士と渡り合えるほどに腕を上げていた。
だが
アリアドネでなければ、一対四は到底無謀としかいいようのない戦いであった。
「ウガァァー!」
狂戦士の咆哮を上げて、トブラも
早々に一体を斧の一撃で仕留めたが、大振りゆえにそれ以降は当たらず、宙に逃げる
「喰らえ! ――【幻惑の百槍】!」
一方、勇者エドガーが魔王と
幻惑の百槍は、数えきれないほどの突きを正面から見舞う攻撃である。
この中には本物ではなく、ただの幻覚も混じっており、はたから見ると恐ろしいまでの連撃が繰り出されているように見える技である。
「うおぉー!」
さも強力な攻撃のような雄叫びが、魔王の間に響き渡る。
「うぬぅ」
魔王と
だが魔王は早々に気づき、声を上げて笑い出した。
「……確かに幻惑。二度は通じぬくだらぬ技だ」
「今ここで役立てばいいんだ。お前に二度目はないしね」
エドガーがにへら、と笑い返すと、魔王がぎろり、とエドガーを睨んだ。
◇◇◇
勇者エドガーたちが魔王の行動を制限している間に、早々にアリアドネが
その身を最低限しか守らない、本能を無視したアリアドネの戦い方には、
言うまでもなくアリアドネの黒銀のチュニックはずたずたに引き裂かれ、随所で赤く濡れた白い肌を覗かせている。
「――
ラインハルトが風切り音を立てて大剣をふるい、二体の
裂かれた
それと同時に、魔法を詠唱していたリタが樫の杖を前に突き出した。
「待たせたね。――〈
リタの魔法が完成し、放たれる。
宙に出現した白い蜘蛛の巣のようなものが、ラインハルトの周囲にたむろする
魔法の蜘蛛網である。
「キィィ――」
絡め取られた
白い煙と異臭が漂う中、
「ナイスだ、リタ」
「この魔法は得意なんだよ――あっ」
リタがウィンクしてみせたところで、 はっと頭上を見上げた。
「キィィ――!」
上から降ってくる。
そのうちの一体が、無防備なラインハルトの頭部に飛びついた。
「――ぬぅ!」
ラインハルトの顔から血が吹く。
が、動じずにラインハルトは剣の柄でその
「――うあぁ!」
刹那、リタも悲鳴を上げていた。
もう一体の
「くそっ、リタ!」
いつもは全く動じないラインハルトが前線を捨ててリタを助けに走る。
真一文字に振られた大剣が、その
「大丈夫か」
顔を押さえ、苦悶するリタを守るように屈みながら、ラインハルトが血濡れた顔のまま言う。
「……いいよ。それよりお揃いになっちまったね」
「そうだな」
顔を上げたリタとラインハルトが小さく笑い合う。
ふたりとも、左目を切り裂かれてその視力を失ってしまっていた。
そう、
この魔物のいるダンジョンが冒険者から敬遠され、高額報酬となるゆえんである。
なお、目などの感覚器は治癒すれば機能が回復するかというと、そうではない。
外見は元通りになってもそれは表面だけであり、感覚機能を治癒するには、『喪失部位回復』の魔法が必要である。
付け加えると、この『喪失部位回復』に関しては、この時期には解明されておらず、後世建国となった
アリアドネがすぐに二人に治癒魔法をかけ、ふたりの頭部の傷が癒えていく。
「あーあ。ただでさえ誰ももらってくれないのに、顔に傷で、おまけに片眼だなんて。もう完全に女として終わりだよ」
リタが出血の止まった傷口に触れながら、自嘲する。
「無事に帰れたら、俺がもらおう」
ラインハルトがすっくと立ち上がると、リタを背にかばうようにしながら、そんなことを言った。
「……えっ?」
リタが目を見開く。
「〈
ちょうどその時、待ちかねたコモドーの魔法の効果が発揮された。
実際、コモドーは詠唱失敗を二度経ての発動である。
「ぬっ!?」
〈
魔王は能力を制限されたのである。
封じられたのは【自己回復】、【自己防御結界】、そして【浮遊】である。
魔法剣士リッキーによる【集約拡散】が効果を発揮し、
なお、これが光の聖女であれば、魔王の十二の能力のうち、十一までもをたやすく封じることができる。
「こしゃくな真似を」
地に降ろされた魔王が、忌々しげに勇者たちを睨む。
魔王としては光の神官を早々に潰したかっただけに、この封印はことさらに苛立ちを募らせる結果となった。
「うまくいったぞ」
「これならいける!」
皆が士気を上げて、魔王に向き合う。
「この程度では我の有利はゆるがぬわ――!」
魔王が剣を振りかぶり、一行に襲いかかろうとする。
「頼むぞリタァァー!」
ラインハルトが吼えた。
「さぁやっちまうよー! 〈
右眼だけで魔王を睨んだリタが詠唱を完成させる。
人知れず、その声を震わせながら。
〈
この魔法の効果は5分と長く、決まればほぼ確実に勝利が確定すると言ってよい魔法であった。
過去の魔王討伐戦では、この魔法を軸に戦いを構築するのが常である。
現に、魔王討伐戦にかかる総時間はことのほか短い。
勇者アラービスの代まで調べあげても、長いもので十五分。
一番短いものでは二分程度という報告もある。
それはなぜか。
光の信徒が魔王を制御してしまえば、多くはこの 〈
もちろん、一撃必殺の攻撃を次々と繰り出す魔王に、そう長く時間をかけられるはずがないということもあるが。
「――滅びな、魔王!」
リタの前で白く輝く十字架が生成され、魔王へと向かう。
リンダーホーフの宮廷魔術師リタが今回、勇者パーティに選別されたのはほかでもない。
この〈
「いけぇー!」
「やっちまえー!」
エドガーとリッキーが武器を構えながら歓喜する。
すぐに〈
リッキーによる【集約拡散】の効果である。
「――毎度毎度、同じ手など食わぬ!」
魔王が紅蓮の
即座に勇者たち一行を【ターゲティング】した魔王は、
「――【
次の瞬間、魔王が持つ
「きゃっ」
身に受けた者が、激痛に仰け反る。
実際に突き立ったのは一本。
集約先の聖女アリアドネのみである。
「よっしゃあー!」
エドガーとリッキーが再び歓喜する。
「……かはっ……!」
背から胸に向かって大剣で貫かれたアリアドネは、視界が霞み、そのまま倒れ込みそうになる。
その目からは、涙がこぼれた。
「………!」
しかしアリアドネは思い出したように両脚に力を込め、剣を持たぬ左手で地面を押し返して立つと、苦悶の表情を浮かべながらも、自身への
声を震わせた詠唱はなんとか効果を発揮し、アリアドネの苦悶の表情がわずかに和らいだ。
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