第103話 第三相浄化3
「見てわかるな、大地の聖女。俺がお前の身を守った。この事実をお前は世間に広める義務がある」
そんな勇者らしくない言葉をアラービスが吐いた時だった。
「……あ、あれ?」
ゲ=リが目を疑いながら、湿地を指さした。
皆がその方向を見る。
魔物たちの亡骸が折り重なる中、何の変哲もない
「グアァァ……」
「……生き残った?」
「あの攻撃の中を?」
フィネスとカルディエが首を捻った。
「ちっ、倒しそこねか」
アラービスは舌打ちすると、面倒くさそうに
のそのそとやってきた
袈裟斬りで左肩から右腰に斜めに両断され、どさり、と音を立てて崩れ落ちる。
「くだらん」
アラービスが剣の血を振り払い、その
しかし。
「グアァァ……!」
しばらくすると、また
「……なんだと?」
アラービスが、眉間にシワを寄せながら振り返る。
立っている
そう、たった今斬り殺したはずの
「何だお前は……?」
アラービスが首を傾げながら、紅蓮の
「………」
アラービスは茶髪を掻き上げると、倒れた
すると、その
「死なないだと……?」
アラービスは、頭が斜めに接着された
そして今度は唐竹割りにして、左右に両断、さらに胴体を袈裟にも切り裂いた。
「……同じ
「いや、あのポイントで
少し離れた位置から、フィネスたちが目を凝らしている。
「第三相……もう終わったのではなかったのか」
ヘルデンとその配下たる兵士たちも、訝しげに目を向けている。
「……おかしいよ」
そんな中、ゲ=リがぽつり、と呟いた。
ゲ=リの呟きにいつも応じるレジーナが浄化の詠唱中のため、フユナが振り返った。
「どうしたのだ」
「あの
「それのなにがおかしいのだ」
フユナはわからないと言った様子だった。
「だってあいつ、普通なら母さんを狙うはずなんだろ。なのに現れた途端、アラービス様に向かっていったよ」
「………」
フユナが、言葉に詰まる。
言われてみれば、たしかにそうだった。
「次々と湧いて、リンクしているのではないかな」
近くで聞いていたヘルデンが言葉を挟む。
「あれは同じ
「……同じ
カルディエが目を細めた。
「そうだよ。しかもそれだけじゃない。俺の目には倒した
「………」
それを耳にしたヘルデンたちが、眉をひそめる。
「何を馬鹿な」
「そんな魔物はいないですわ」
フユナやカルディエが一笑に付した。
倒すたびに成長する魔物など、古代王国期でさえ存在しなかったのである。
しかし――。
◇◇◇
声高に行われるレジーナの詠唱は、最終段階に入っている。
「おかしい……どういうことだ」
ヘルデンは目を細めた。
あれから数分が経っている。
状況は変わらない。
アラービスは延々と同じ
「本当に、成長している……」
呟いたフユナの目は、大きく見開かれている。
もはや誰もが認めざるを得なくなっていた。
「アラービス!」
「アラービス様! 戦い方を変えませんか。このまま繰り返しても……」
フィネスたちが背後からアラ―ビスに近づき、必死に叫ぶ。
彼らはアラ―ビスに別の倒し方を提案したかっただけである。
レジーナの傍で戦えば、聖火もある。
光の聖女ほどではないものの、レジーナの聖属性魔法もあるのである。
「――うるさい! なぜだ、なぜこいつだけ死なん!」
だが頑として聞かない。
アラービスの頭の中は、すでに冷静な思考とはかけ離れたものになっていた。
アラービスはあれから、幾度となく斬撃を繰り返していた。
世界最強の勇者の一撃を受けて、
しかし
そして、起き上がってくるたびに
「おのれっ! なんなんだこいつは!」
アラービスは
もはやそれは勇者の剣技というより、ただの暴力という表現に近かった。
「アラービス様、なにか変です!
「――そんなことはとうにわかっている!」
ゲ=リの言葉を跳ね返すと、アラービスは茶色のロングヘアーを雑に掻き上げ、剣を横に構える特徴的な姿勢になる。
「危ない!」
それを見たフィネスたちが、はっとして後ずさった。
「離れろ! 巻き込まれるぞ」
フユナがアラービスに近づいていたゲ=リの襟首を掴んで、後ろに引っ張る。
「――【
次の瞬間、横薙ぎにした紅蓮の
近づいていた兵士たちが、ぎょっとして後ずさる。
死なない
だが20秒もすると、
「こいつ、絶対におかしいですわ」
「見て、ひょ、表情が……!」
フィネスが指をさす。
それはアラービスも感じ取っていた。
「何を笑っている、貴様!」
「グェッグェッ!」
「――いいだろう。これを受けてからもう一度笑ってみせろ!」
今の笑いで、アラ―ビスの中で何かが切れた。
アラービスは、
「……嫌な予感がします」
「わたくしも」
フィネスとカルディエが険しい表情で言う。
すでに皆が同じ疑問を感じ始めていた。
このまま攻撃を続けていていいのだろうか、と。
だが口に出してもアラービスは聞かない。
だからこの攻撃が繰り出されたのは、当然の成り行きと言えた。
「――【
「アガガガガ……」
崩れ落ちた後は今までと違い、地に倒れ伏してのたうっている。
「思い知ったか、このゴミが!」
アラービスが、立てずにいる
しかし。
「……グアァァ!」
一分も経つと、
すでに体長は2メートル強まで伸びていた。
丸太のような二の腕。
胸では大胸筋が盛り上がり、すでにはちきれんばかりになっている。
「ひゃっ!?」
レジーナのそばにいたピョコが、そのあからさまな変化に悲鳴を上げて、尻餅をついた。
「やっぱり、なんかおかしいぞ!」
ゲ=リが叫び、フィネスたちが剣を構え直す。
「おのれ、いい加減にしろ!」
アラービスが
その時初めて、
「………!」
アラービスが目を見開く。
なんと
「――グハハハハ!」
その右手からダラダラと血が流れるが、
そして、
「……何者か知らぬが、感謝しよう。まさか人間で我が復活を手助けする者がいようとは」
アラービスの顔がみるみる蒼白になる。
アラービスは、その声を聞いたことがあった。
「しゃ……喋っている!?」
フィネスたちがぎょっとする。
「なにか変だ。おい、準備しろ」
背後にいたヘルデンが兵士たちに、鋭い声を掛けた。
「……あ……」
アラービスの顎が、がくがくと震え始めた。
声を発せられなくなり、下半身が濡れ始める。
次の瞬間。
「――へぶっ!?」
アラービスは人形のように大きく吹き飛んで、レジーナの足元にまで転がり込んだ。
アラービスの手にあった紅蓮の
「……ほう、これはまた随分と血を吸わせてもらったな、我が魔剣よ。これほどなら……」
そして。
「なに!」
皆が目を奪われていた。
血が噴水のように吹き出す中、魔物の体は紫のオーラに包まれ、ゆっくりと膨張し始めた。
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