第103話 第三相浄化3


「見てわかるな、大地の聖女。俺がお前の身を守った。この事実をお前は世間に広める義務がある」


 そんな勇者らしくない言葉をアラービスが吐いた時だった。


「……あ、あれ?」


 ゲ=リが目を疑いながら、湿地を指さした。


 皆がその方向を見る。

 魔物たちの亡骸が折り重なる中、何の変哲もない屍喰死体グールが一体、立っていた。


「グアァァ……」


 屍喰死体グールはよたよたと見慣れた動きで、アラービスに近づいていく。


「……生き残った?」


「あの攻撃の中を?」


 フィネスとカルディエが首を捻った。


「ちっ、倒しそこねか」


 アラービスは舌打ちすると、面倒くさそうに屍喰死体グールの方へと迎えに行く。


 のそのそとやってきた屍喰死体グールは、湿地から出るか出ないかのところで、アラービスの紅蓮の両手剣グレートソードで、あっさりと切り捨てられた。


 袈裟斬りで左肩から右腰に斜めに両断され、どさり、と音を立てて崩れ落ちる。


「くだらん」


 アラービスが剣の血を振り払い、その屍喰死体グールに背を向ける。

 しかし。


「グアァァ……!」


 しばらくすると、また屍喰死体グールの呻き声が背後から聞こえた。


「……なんだと?」


 アラービスが、眉間にシワを寄せながら振り返る。


 立っている屍喰死体グールが身につけている襤褸の衣服は、斜めに両断されたままである。

 そう、たった今斬り殺したはずの屍喰死体グールが、普通に起き上がってきたのであった。


「何だお前は……?」


 アラービスが首を傾げながら、紅蓮の両手剣グレートソードを横薙ぎにして、今度はその首を跳ねる。


 屍喰死体グールの亡骸は、そのまま糸が切れたように脱力して湿地の中に崩れ落ちた。


「………」


 アラービスは茶髪を掻き上げると、倒れた屍喰死体グールに視線を向け続ける。


 すると、その屍喰死体グールはもそもそと動き、転がった頭を両手で掴むと、それを首の上に接着させ、立ち上がってきた。


「死なないだと……?」


 アラービスは、頭が斜めに接着された屍喰死体グールを睨む。

 そして今度は唐竹割りにして、左右に両断、さらに胴体を袈裟にも切り裂いた。


「……同じ屍喰死体グールが復活しているように見えます」


「いや、あのポイントで屍喰死体グールが湧き続けているのかもしれない」


 少し離れた位置から、フィネスたちが目を凝らしている。


「第三相……もう終わったのではなかったのか」


 ヘルデンとその配下たる兵士たちも、訝しげに目を向けている。


「……おかしいよ」


 そんな中、ゲ=リがぽつり、と呟いた。


 ゲ=リの呟きにいつも応じるレジーナが浄化の詠唱中のため、フユナが振り返った。


「どうしたのだ」


「あの屍喰死体グール、アラービス様を襲ってる」


「それのなにがおかしいのだ」


 フユナはわからないと言った様子だった。


「だってあいつ、普通なら母さんを狙うはずなんだろ。なのに現れた途端、アラービス様に向かっていったよ」


「………」


 フユナが、言葉に詰まる。

 言われてみれば、たしかにそうだった。


「次々と湧いて、リンクしているのではないかな」


 近くで聞いていたヘルデンが言葉を挟む。


「あれは同じ屍喰死体グールだよ。俺、昔から目だけは良いんだ」


「……同じ屍喰死体グールが?」


 カルディエが目を細めた。


「そうだよ。しかもそれだけじゃない。俺の目には倒した屍喰死体グールの体つきがだんだん成長しているように見えるよ」


「………」


 それを耳にしたヘルデンたちが、眉をひそめる。


「何を馬鹿な」


「そんな魔物はいないですわ」


 フユナやカルディエが一笑に付した。

 倒すたびに成長する魔物など、古代王国期でさえ存在しなかったのである。


 しかし――。




 ◇◇◇




 声高に行われるレジーナの詠唱は、最終段階に入っている。


「おかしい……どういうことだ」


 ヘルデンは目を細めた。

 あれから数分が経っている。


 状況は変わらない。

 アラービスは延々と同じ屍喰死体グールを倒し続けていた。


「本当に、成長している……」


 呟いたフユナの目は、大きく見開かれている。


 もはや誰もが認めざるを得なくなっていた。

 屍喰死体グールが起き上がる度に、逞しくなっていることを。


「アラービス!」


「アラービス様! 戦い方を変えませんか。このまま繰り返しても……」


 フィネスたちが背後からアラ―ビスに近づき、必死に叫ぶ。


 彼らはアラ―ビスに別の倒し方を提案したかっただけである。


 レジーナの傍で戦えば、聖火もある。


 不死者アンデッドに有効とされるフィネスの聖剣もある。

 光の聖女ほどではないものの、レジーナの聖属性魔法もあるのである。


「――うるさい! なぜだ、なぜこいつだけ死なん!」


 だが頑として聞かない。

 アラービスの頭の中は、すでに冷静な思考とはかけ離れたものになっていた。


 アラービスはあれから、幾度となく斬撃を繰り返していた。

 世界最強の勇者の一撃を受けて、屍喰死体グールごときが死なないのが許せなかった。


 しかし屍喰死体グールは首を刎ねても、胴をどんなふうに切り裂いても、一分もすれば元に戻って立ち上がってくるのであった。


 そして、起き上がってくるたびに屍喰死体グールはその体つきを強壮なものへと変えていく。


「おのれっ! なんなんだこいつは!」


 アラービスは両手剣グレートソードを怒りに任せて振り回している。

 もはやそれは勇者の剣技というより、ただの暴力という表現に近かった。


「アラービス様、なにか変です! 屍喰死体グールが……」


「――そんなことはとうにわかっている!」


 ゲ=リの言葉を跳ね返すと、アラービスは茶色のロングヘアーを雑に掻き上げ、剣を横に構える特徴的な姿勢になる。


「危ない!」


 それを見たフィネスたちが、はっとして後ずさった。


「離れろ! 巻き込まれるぞ」


 フユナがアラービスに近づいていたゲ=リの襟首を掴んで、後ろに引っ張る。


「――【勇者の一閃ブレイブ・ストライク】」


 次の瞬間、横薙ぎにした紅蓮の両手剣グレートソードから赤い刃が放たれた。


 近づいていた兵士たちが、ぎょっとして後ずさる。


 死なない屍喰死体グールは、体を見事に上下真っ二つにされる。

 だが20秒もすると、屍喰死体グールの上半身が地を這い、その離断された体を接着させ、立ち上がった。


「こいつ、絶対におかしいですわ」


「見て、ひょ、表情が……!」


 フィネスが指をさす。

 屍喰死体グールが笑っているかのように見えたのだ。


 それはアラービスも感じ取っていた。


「何を笑っている、貴様!」


「グェッグェッ!」


「――いいだろう。これを受けてからもう一度笑ってみせろ!」


 今の笑いで、アラ―ビスの中で何かが切れた。

 アラービスは、両手剣グレートソードを突きつけ、念じ始める。


「……嫌な予感がします」


「わたくしも」


 フィネスとカルディエが険しい表情で言う。


 すでに皆が同じ疑問を感じ始めていた。

 このまま攻撃を続けていていいのだろうか、と。


 だが口に出してもアラービスは聞かない。

 だからこの攻撃が繰り出されたのは、当然の成り行きと言えた。


「――【魔の破滅イービル・コラプス】」


 屍喰死体グールの真下から、赤く輝いた魔法の大剣が空へと突き出した。


「アガガガガ……」


 屍喰死体グールは完全に貫かれた。

 崩れ落ちた後は今までと違い、地に倒れ伏してのたうっている。


「思い知ったか、このゴミが!」


 アラービスが、立てずにいる屍喰死体グールにつばを吐きかける。


 しかし。


「……グアァァ!」


 一分も経つと、屍喰死体グールが一気に筋骨隆々とした体つきになって、立ち上がっていた。


 すでに体長は2メートル強まで伸びていた。


 丸太のような二の腕。

 胸では大胸筋が盛り上がり、すでにはちきれんばかりになっている。


「ひゃっ!?」


 レジーナのそばにいたピョコが、そのあからさまな変化に悲鳴を上げて、尻餅をついた。


「やっぱり、なんかおかしいぞ!」


 ゲ=リが叫び、フィネスたちが剣を構え直す。


「おのれ、いい加減にしろ!」


 アラービスが屍喰死体グールを見上げ、何度目か知れずに剣を振り下ろす。


 その時初めて、屍喰死体グールが動いた。


「………!」


 アラービスが目を見開く。

 なんと屍喰死体グールはアラービスの両手剣グレートソードの刀身を、右手でがっしりと掴んでいたのだった。


「――グハハハハ!」


 その右手からダラダラと血が流れるが、屍喰死体グールは全く気にした様子もなく、高笑いを始めた。


 そして、屍喰死体グールが口を開いた。


「……何者か知らぬが、感謝しよう。まさか人間で我が復活を手助けする者がいようとは」


 アラービスの顔がみるみる蒼白になる。

 アラービスは、その声を聞いたことがあった。


「しゃ……喋っている!?」


 フィネスたちがぎょっとする。


「なにか変だ。おい、準備しろ」


 背後にいたヘルデンが兵士たちに、鋭い声を掛けた。


「……あ……」


 アラービスの顎が、がくがくと震え始めた。

 声を発せられなくなり、下半身が濡れ始める。


 次の瞬間。


「――へぶっ!?」


 屍喰死体グールだった者がアラービスの頬を横殴りにした。


 アラービスは人形のように大きく吹き飛んで、レジーナの足元にまで転がり込んだ。

 アラービスの手にあった紅蓮の両手剣グレートソードは、いともたやすく奪われていた。


「……ほう、これはまた随分と血を吸わせてもらったな、我が魔剣よ。これほどなら……」


 屍喰死体グールだった者は嬉しそうに紅蓮の両手剣グレートソードを眺めると、片手でやすやすと掲げた。


 そして。


「なに!」


 皆が目を奪われていた。


 屍喰死体グールだった者は自分の胸に紅蓮の両手剣グレートソードを突き立て、詠唱を始めたのである。


 血が噴水のように吹き出す中、魔物の体は紫のオーラに包まれ、ゆっくりと膨張し始めた。




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