第102話 第三相浄化2
「………!」
男はまだ立っていた。
しかもまるで負傷した様子がない。
「〈
それでも
この魔法は、
男は目を細めながら
「キアァァ……!」
まず男の足元から奇声が始まり、大地から出た紫色の手が男の両足首を掴んだ。
いや、掴んだではなく、掴んだ状態で現れたと言った方が正確である。
「ヒヒヒ……!」
直後には、次の魔法効果が現れていた。
「へぇ。もしかして闇か」
男が感嘆したように言う。
「ククク――!」
一時は慄いていたものの、
男は微動だにせず、魔法が終わるまで、黙々とその効果を観察している。
球状の闇は男の右膝の皿の部分に張りついたと思うと、同じ部位に焼け付くような熱さを残して消え去っていた。
男の予想通り、これは上位属性【闇】による魔法であった。
言うまでもなく、男は上位属性耐性を持たないため【全般魔法抵抗】でしか抵抗ができない。
「なるほど。これがお前の
接触部位を消し去る魔法なのだろうと、男は体に与えられた違和感で気づいていた。
「ククク」
「クハハハハ!」
取り囲む
「……ハハ……ハ……?」
しかしまもなく、彼らの笑いにムラが出始める。
一目瞭然。
またもや、男に負傷が見当たらなかったためである。
対する男の顔には、笑みが浮かんだ。
実際、男はこの能力を使い、『死の
この程度の魔法で倒せるはずがなかった。
「しかしホールド時間が長いな……しばらく移動不可ってだけで十分な魔法だ」
男はいまだに続いている足の拘束を見ながら言った。
「クォォ……!」
無効化されたことを知り、
が、その刹那、そんな唸り声などかき消されてしまうほどの怨嗟の声が、男の着けた3つの石板から発せられることになる。
「ゴアァァ――!」
「………」
「アァァオオォォォ……!」
始まった、地獄から響くような唸り声。
「………!?」
もはや
〈【ソロモン七十二柱】
〈【ソロモン七十二柱】
〈【七つの大罪】
石板に現れた三つの顔が、別々に詠唱を開始する。
「κλήσηδαίμονας καθυστέρηση……」
「απόγευμα αιώναςέκρηξη ἔκρηξις……」
「Κρυστάλλινα νερά ακάθαρτος……」
始まる3つの、悪魔言語詠唱。
それが何かを早々に理解し、畏怖する
その周りで、
間もなくして、
ヒヤァァ、と悲鳴のような叫びを上げて、
「もう遅いかもな。こうなってからは止められない」
男の言う通りであった。
逃げるなら、男と対峙した時点でそうするべきだったのである。
――ブオォォォ!
憑いた3つの大悪魔の中で、最も発動が早い
やってきたのが炎の魔法と知り、
第二位階に存在する〈
普通なら、
しかし、
「へぇ」
獄炎が過ぎた場を眺めていた男は、また感嘆したようだった。
炎の嵐が過ぎ去った湿地で、一体だけに動きが見られていた。
その見事なローブは、燃えずに残っている。
「――ゴブッ!?」
しかし、やっと立ち上がった唯一の生き残りたる
無惨に切り裂かれる漆黒のローブ。
5つの光り輝く剣が雪の結晶を作るように、
「グゥゥ……!」
「あれ、おかしいな。効いたか」
見ていた男はなぜか、逆に驚いていた。
男は古代王国期の文献で、この
だから予想していたのである。
この魔物は魔法だけでなく、鋭的物理攻撃にも強い耐性があり、
しかし
「
男は首をひねり続ける。
「そういえば新月、もうそろそろだな……」
男がそう呟く間にも、あまたの羽音を立てて、あからさまに異質な黒い靄が現れた。
不自然に蠢くその靄は、虫の大群。
蠅たちは獲物と見るや、串刺しにされ息絶えた
一分と経たぬうちに骨と皮だけだった
蠅たちが去った後、男は人知れずため息を漏らした。
「泥だらけだけど拾っておくか……ん?」
男は目の前に落ちたドロップ品を見て、歩き出そうとする。
とりたてて少ないのは、古代王国期に作り出された石像系の魔物と、悪魔系の魔物くらいである。
しかし、一歩踏み出そうとしたところで、男はまだ両足が拘束されていることに気づいた。
がっちりと掴まれたままで、まだしばらく消失しない気配である。
「……なるほど、もう少し付き合えと」
そこで男は小さく笑った。
「アァァ………」
唸り声を上げて、再び目の前の湿地に現れ始める手足。
再び
しかも今度は、3体の
「いいだろう」
男は足首を拘束されたまま、片合掌して剣を構えてみせた。
◇◇◇
「なんと素晴らしい!」
「さすがアラービス様!」
アリザベール湿地に、勇者のボディーガード三人の大袈裟な拍手喝采が響き渡っている。
「……理解したか。勇者という存在の大きさを」
再び紅蓮の
「あのドロップ品はすべてお前たちにやろう。俺はすでに最強の品を揃えているからな」
「………」
驚き、未だに言葉を発せられないフィネス達を見たアラービスが満足そうに頷くと、ゆっくりとレジーナを振り返った。
そしてにやっと笑う。
「見てわかるな、大地の聖女。俺がお前の身を守った。この事実をお前は世間に広める義務がある」
そんな勇者らしくない言葉をアラービスが吐いた時だった。
「……あ、あれ?」
ゲ=リが目を疑いながら、湿地を指さした。
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