第89話 合流す

 


 その後、レジーナたちは一旦レイシーヴァ王国との国境まで飛んだ。


 目的は二つある。


 国境を少し超えたところにある、「知識の神ニマ」の聖地の聖木をピョコの懐に入れること。

 もうひとつは、そこで待つ兵士たちと合流するためである。


 そう、レイシーヴァ王国兵士である。

 先日、同行することになったフィネスたち3人から、浄化作業破綻時に支援してくれる部隊が必要と、第一学園学園長イザイ・リドニルーズに再三の申し入れがあったのである。


 万が一フィネスたちが破綻すれば、湧き出た不死者アンデッドの軍勢はそのまま国境を越えてレイシーヴァ王国に侵入しかねず、同国はかつてないほどの脅威に曝される。


 それゆえ、浄化依頼元のレイシーヴァ王国から支援の兵が出ることになり、精鋭の兵士30人ほどが彼らに付き添うこととなった。


 彼らは有事に国境へ伝令に走るのと、危機的状況でレジーナを拾い上げる役割を担っている。


「はじめまして、ですな。大地の聖女レジーナ殿」


 中肉中背、太い眉に、顎という顎に真っ黒な髭をたくわえた壮年の男が、空騎獣の手綱を引きながら兵士たちを代表して挨拶をした。


 レイシーヴァ王国近衛騎士隊長、ヘルデン・リヴェルディである。


「この度は我らの願いを聞き届けてくださり、感謝の言葉もない」


「いいのよ。今日はよろしくお願いしますね。ヘルデン隊長」


 髭男が命に代えましても、と力強い返答をする。


 レイシーヴァ王国はセントイーリカ市国から支援を受けて財政再建中であり、二年前に王が病で床に伏した後は、十五にも満たない王女が国政を仕切っている。


 ヘルデンはその王女が幼少の頃から傍で支えてきた男であり、王が倒れた現在も、近衛騎士隊長でありながら王女の参謀として国政に貢献している。


「撤退の際には全力でお守り申し上げます。どうぞご安心を」


「世話にならずに済むことを祈ってるわ」


 ヘルデンたちはその後、ゲ=リとピョコに挨拶をする。


「これはみんな衍紀えんぎですか」


 ゲ=リがまじまじと緑色の羽毛に包まれた騎獣を眺めながら言う。

 支援に来たレイシーヴァ王国の兵は、一様に同じ空騎獣を従えていた。


「よくご存じですな、息子殿」


 ヘルデンがにやっと笑う。


 衍紀えんぎはグリフォン亜種のひとつで、瞳、嘴にいたるまで緑一色をしている。

 飛翔力に抜きん出ている訳ではないが、多くから好まれ、空騎獣としてもっとも多く採用されている。


 河辺を好み、生息数が多いことから捕らえやすいということもある。

 しかし、衍紀えんぎが一番に好まれる理由は、それだけではない。


 主に忠実だからである。

 たとえ飛龍ドラゴンと相対しようとも、衍紀えんぎは忠実さを忘れない。


 主を深く慕い、淡々とその命令に従い、最後まで添い遂げようとする。


 それゆえ、衍紀えんぎは主の交代ができないことで有名である。

 そんな騎獣であるからこそ、軍で用いられるのである。


「では行きましょう」


「承知いたした。おい、いくぞっ!」


「はっ!」


 威勢のいい男たちの声が追随して、レジーナたちは再びミザリィ上空へと飛んだ。




 ◇◇◇




 ゲ=リが跨がる、夢を喰うという雑獏ざつばくはその気性を表すようにゆっくり飛ぶのが好きな魔物で、ふわり、ふわりと飛びながら、無駄に上下に行ったり来たりもする。


 逆に『雲竜うんりゅう』は、ゆっくりを強制されるのが退屈である。

 暇をもて余して雑獏のまわりを何度も回ったりしながら、一緒に進んだ。


 その後ろを、衍紀えんぎの集団が淡々とした様子で続く。


「ゲ=リくん降りるわよ」


「わかった母さん」


 やがて木々の開けた場所に、雲竜と雑獏が舞い降りる。

 そこは空から見て、ひと目でわかるように赤い布でマーキングされた盆地であり、蛾尾がびたちの間では着陸場としてよく使われている場所であった。


 しかしそれ以上はよほど空騎獣に自信がない限り、飛んではならない。


 ハイエナ大鴉が棲む森が混じり始め、上空を飛ぶとその集団に襲われるからである。


 いや、大鴉くらいならまだいいと、蛾尾たちは言うに違いない。


 到底太刀打ちできぬような魔物が襲ってきてからでは遅い。


 それゆえ、めいに向かう蛾尾たちは木々がまだ深く生い茂らぬ場で空騎獣の着陸場所を定め、そこから徒歩で移動するのである。


「あ……」


 ゲ=リとピョコが雑獏から降りると、太い木のそばで空騎獣を休ませている先客が目に入った。


 重金属鎧フルプレートと呼ばれる、二の腕と脚だけを出す鎧を纏った先客の女性たちであった。

 ひとりは白いミニスカート、残る二人は赤と白のチェックのミニスカートを穿いている。


 彼らは上品な仕草で立ち上がると、空騎獣の手綱を持って、こちらにやってくる。


「ご無沙汰しております。見事な竜ですね」


「雲竜とは恐れ入りましたわ、そしてレジーナ様は相変わらずお美しい」


「なんとお若い……はじめまして『大地の聖女』様。フィネス様の王族護衛特殊兵ロイヤルガードになりましたフユナと申します」


『ユラル亜流剣術』の継承者として名高い3人の乙女がレジーナを見て、深々と頭を下げる。


「おぉ……」


「すごいですっ……!」


 ゲ=リとピョコは、そんな三人が従える空騎獣に目を奪われていた。


 フィネスの空騎獣は純白のペガサスである。


 幻獣に分類される希少な空騎獣で、天駆ける白馬の名の通り、ペガサスは宙を歩く能力を持っている。

 それゆえ、翼を使わずとも宙に留まり続けることが可能である。


 高度は雲竜ほどには高くは飛べないが、飛行中に【ダッシュ】をすることができ、飛ぶ速度は速い。


 フユナとカルディエは108種存在するグリフォン亜種に乗っている。

 フユナは白と茶色のまだら色をした「累武るいぶ」、カルディエは緑とオレンジが混じった、目の大きい「四方しほう」という種である。


「ご無沙汰ね。それからはじめまして。聞いてるわ。あなたがフユナちゃんね」


「……ち、ちゃん? はう」


 レジーナが握手の後にぎゅっとフユナを抱きしめたので、フユナはあからさまに戸惑っていた。


「息子のゲ=リよ。それから運び屋ポーターのピョコちゃん」


 紹介された二人が挨拶をする。


「……え? この小さな子が、あの聖木を?」


 フィネスが目を丸くする。


「そうです。びっくりでしょう?」


 レジーナがクスクスと笑う。

 あっという間にピョコが取り囲まれる。


 言うまでもなく、ゲ=リはスルーされている。


「あ、あのっ、自分は……!」


 ピョコが挙動不審になった。


「あれを……ひとりで?」


運び屋ポーターってすごいのだな」


王族護衛特殊兵ロイヤルガードにもひとり欲しいですわね、フィネス様」


 カルディエが冗談とも本気ともつかないことを言う。


「剣姫様。それからカルディエもお久しゅう」


 ヘルデンが言葉が途切れたタイミングを見計らって、フィネスに声をかけ、騎士の礼をする。


 振り向いたフィネスたちは、その見知った髭面を見て微笑んだ。


「ヘルデンがわざわざ来てくれたのですね」


「我らの願いを聞き入れていただいたのですぞ。この私めが馳せ参じぬはずがありませぬ」


「名指ししてきたと聞いて、すぐにあなただろうな、と思いました」


 フィネスとカルディエは口元を押さえて上品に、ヘルデンは、がっはっはと笑って見せた。


「今回の件も引き受けていただき、心から感謝する次第。剣姫殿、そしてカルディエ殿、フユナ殿。国を代表して、御礼申し上げる」

 

 ヘルデンが頭を垂れると、周囲にいた精鋭兵士たちが一斉に膝をついて同じように倣った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る