第四部
第88話 怖くない!?
「終了だとさ~! みんなありがとうね。これ、持ってっておくれ」
村の年配女性が学園の生徒たちに声をかけてまわり、手渡しで梨を配っていた。
奉仕活動三日目にて、学年末実技試験、終了である。
パチパチ……。
生徒たちからは、やりきった思いからか自然と拍手が湧き、それに村人たちも同じように大きな拍手で応えた。
キャビラ村の中で、一番早く次に意識を向けていたのはスシャーナだった。
(噂通りだったわね)
そろそろだろうと思っていた。
だからスシャーナは、つかず離れずの位置にいた。
スシャーナは意を決して、ずっと見つめていた人に近づく。
「サクヤン、お疲れ様」
「おつかれー」
「渡された帰還水晶、持ってる?」
「あ、あぁ……これかな」
スシャーナはそうそうと言いながら、自身の帰還水晶と、サクヤのを突き合わせるようにしてみせた。
「じゃあさ……あ、あたしと一緒に帰ろうよ」
スシャーナはそんな事を言ってみた。
スシャーナは最初から抜け駆けするつもりだった。
ぼんやりしていたら、今回の試験でサクヤを気に入った女生徒たちが押し寄せるに決まっている。
うざったくつきまとっていたフユナ先輩も、転校前に一晩のアバンチュールを求めて、サクヤの元にやって来るかもしれない。
今がチャンス。
ここで誰にも言い寄られないうちに、サクヤを掴んでしまうのだ。
(やっと訊ける……)
そして、その中でずっと訊ねたかったあの事を訊くのである。
「久しぶりに美味しいご飯食べたくない?」
ピョコには悪いけど、知られないうちに実家に連れ込むつもりだった。
そして、にんにくどっさりのトマトソースの海鮮パスタ、ペスカトーレをごちそうする。
あれなら作れるもの。
その後は……。
「あ、ごめん。先に帰っていてくれないかな……」
しかしサクヤはちょっと困った表情になりながら、頭を深々と下げ、スシャーナに謝罪してきた。
「え!? どうして」
「この後、少し寄りたい場所があってさ」
「寄るってどこへ」
「――ごめん! 先に帰ってて!」
そう言ってサクヤは後ろ向きに跳躍し、近くの茂みへと消えた。
どうやら聞かないでほしいらしかった。
「…………あ」
その言いづらそうにする様子から、はたと気づく。
「そ、そっか」
スシャーナはサクヤの二つ名を思い出していた。
サクヤン、おなか弱いから。
ここで数日、村で少し変わったものを食べたから、おなかがやられてしまってるのだわ。
かわいそうに。
でもそんな状態で実家に連れ込んだら、あたしたちは良くてもサクヤンがつらいだけかも。
「……数日あけたほうが良さそうね」
仕方ないっか。
急いてはことを仕損じる、だわ。
あの事を早く訊ねたいけど、今は我慢した方が無難。
あの様子ならきっと誰も、サクヤンのこと誘えないだろうし。
「あーあ」
サクヤンのことを理解してあげていたら、もっと早くに気づけていたのに。
スシャーナはそっとため息をつくと、ひとり帰還水晶を発動させ、第三学園へと帰還した。
◇◇◇
ピョコは戸惑っていた。
「急にごめんね。誘ったりして」
さわやかゲ=リスマイル。
「い、いえ、良いんですっ。自分でお役に立てることがありましたらっ!」
「【
「そ、それで! 自分はこれからどうすれば!?」
ゲ=リ先輩に握られている手が、どうしようもなく汗ばむ。
こんな男性の接近、かつてないのですっ。
「すごく重要なお仕事なんだ。みんなにとって」
ゲ=リ先輩が顔を寄せて、見つめてくる。
「………」
……先輩、もしかして自分のことを?
そう言えば、さっきゲ=リ先輩が自分の体を舐め回すように見ていた気もする。
……まさか自分の身体を?
もしかして最近出てきた胸のせい?
でも、まだなくはないけど、あるとも言えないし。
「じ、自分、これからどこかに?」
連れていかれてしまうのでしょうか?
どうしよう!? これがママの言っていた乙女の危機?
「あぁ、母さんが迎えに来てくれるんだ……あ、ほら、言ってるそばから来たよ」
「……え? か、かあさん……?」
ピョコがきょとん、とする。
見上げると、ゲ=リ先輩が指差す空の先には、亜竜種の騎獣に乗った女性がこちらに手を振り、空から舞い降りようとしていた。
「り、竜……!」
「うん。あれは『
『雲竜』とは、48種類確認されている竜亜種のひとつであり、タツノオトシゴに似た顔をし、細長い胴体をした4メートルほどの魔物である。
コウモリのような翼を生やし、悠々と空を舞う姿が美しく、性格も穏やかで騎獣としての人気は高い。
が、なにせ貴重である。
竜種は概して高いところを好んで飛ぶため、そうそう出会うことがない。
捉えて馴らすために、まずその高さまで行くことができる騎獣を手に入れ、乗りこなすところから始まるのである。
なお、竜を馴らすのは『
彼らの多くはミザリィに潜る「
「ゲ=リくん!」
竜を着地させ、地に降り立った女性が、両手を広げて駆けてくる。
「――母さん!」
ゲ=リ先輩がピョコの手をぼい、と離して、走り出す。
「あ」
リリースされた。
そして、母と子、しっかと抱擁。
まさか抱き合わないですよね、と思っていたけれど、すごい……抱き合ってる。
あ、お母さんが先輩のほっぺにちゅっ、てした。
「あーもう、ゲ=リくんたら、本当に心配だったわ……!」
「母さん。5日離れて寝るくらいでなんだよ」
「5日よ、5日。お母さん、一日でも辛くて涙が出るのに」
「心配ないって言ったろ。俺は聖女の息子なんだから」
その言葉に、ピョコが硬化する。
……せ、聖女?
(そ、そうだ……)
小さい頃に見たことがある。
白にピンクの花柄が入った、足首までが隠れる神官服を身にまとった女の人。
この服、噂通りすぎて見間違えようがない。
この人『大地の聖女』レジーナ様だ……。
ではあなた様が、実の息子にそんな名前を……?
「……あら、この子がもしかして?」
抱擁を終えて、レジーナが振り向いて呆けたピョコを見る。
ピョコが、はっとして一歩後ずさる。
「ああ、そう。
いや、誰にも呼ばれてない。
が、ピョコは背筋を正し、元気よく挨拶する。
「は、はいっ! 自分、あのっ――」
「可愛いわねー。娘にしたいくらい」
そう言って母は近寄って屈むと、ピョコの頭をナデナデする。
「自分、あのっ――」
「
レジーナママさんが感激している。
「自分、あのっ――」
「ピョコちゃん、聖木は結構な量だけど大丈夫かしら」
聞けば、レイシーヴァ王国の選ばれた方々が「知識の神エマ」の聖地に積んで待ってくれているという。
「も、もちろんです! あのっ、これからそこへ?」
「ゲ=リくんとピョコちゃんが良ければいつでも行けるわ。聖木を持ったら現地に向かっちゃうのよ」
レジーナママさんがにっこり笑う。
ピョコはその澄んだ笑みに見惚れた。
母性の宿る微笑み。
さすが大地母神の聖女様だ……。
「見て見て。お母さんの神官服、可愛いでしょう? 花柄なのよ」
「は、はいっ! とっても、とっても素敵ですっ!」
「お母さんね、ブラもショーツもお揃いで花柄なのよ」
「は、はいっ!」
いや、その情報、割といらないです。
「さあ乗っていいよ。ぴょこたんくらいは大丈夫さ」
そう言ってゲ=リ先輩は騎獣スフィアと呼ばれる水晶から騎獣を呼び出した。
「ギュルル……」
ピョコが目を瞠る。
これもまた、空騎獣であった。
『
体長1.5メートルほどの、灰色のざらざらした肌をしたアリクイのような魔物で、その背にはとってつけたような鳥の翼がついている。
一時期、グリフォン亜類として分類されたこともあったが、あまりに外見が異なるため、獏類として新たに独立した。
ゲ=リが呼び出したそれは8種類確認されている獏類の一つで、最もありふれた種であることから「
「
「い、いえ……」
「説明しよう。3つ欠点がある」
ゲ=リは得意げに唇をなめた。
「飛ぶ速度が遅く、飛んでいる間になぜ飛んでいるかを忘れ、鈍重ゆえに高度も高くとれず、外見も醜いことから取引価値は低い」
ピョコの瞬きが止まらない。
待って。
四つあったような……。
「ほらゲ=リくん、人を乗せることになるだろうから、お母さんが言った通りもっとマシなのにしておけばよかったじゃない」
レジーナが苦笑いしている。
「獏類」は空騎獣としては最底辺と言って良いものである。
当然『大地の聖女』ともなると実入りは悪くない。
いや、聖女の中ではもっとも実入りが良いと言っていいであろう。
その存在だけで大地の育みを増やすという母レジーナは、各地から引っ張りだこだからである。
それだけに最高級たる「竜亜種」まで行かずとも、それなりの空騎獣なら、手に入れることができた。
「いや、自分で稼ぐまではこいつで十分さ。さ、ぴょこたん、乗って」
「すごい……でもあのっ、自分、空騎獣は初めてで……!」
ピョコがたじたじしている。
ピョコはピョコで貧困家庭に育っていたので、空騎獣を近くで見たことがなかった。
「大丈夫さ。俺の後ろに乗って掴まっていればいいんだよ。さ、乗って」
「………!」
しかしピョコは一歩も動けない。
魔物に乗って空を飛ぶと言うことが、ピョコはどうしても受け入れられないのである。
「大丈夫、怖くない」
ゲ=リが微笑みながら言う。
それでもピョコは唇を噛んだまま、微動だにしない。
「怖くない」
ゲ=リが獏に跨がりながら、笑顔を絶やさず、獏の口元に自分の左腕を差し出した。
「………!」
ピョコがはっとして目をやる。
獏がアリクイ鼻の下にある口を、あんぐりと開けた。
そして、ゲ=リの左腕を噛んだ。
血が吹き出る。
「うっ」
ゲ=リが顔をしかめた。
だが小さく笑みを浮かべる。
「ほら、怖くない――」
――バキャ、バキャキャ!
獏は骨をも砕く。
「――うがぁぁ!?」
ゲ=リが血相を変えた。
「――ゲ=リくん!」
慌てて駆け寄ったレジーナママさんが、最大級の
癒えたゲ=リが微笑む。
「ね? 怖くない」
いや、十分過ぎるほどに怖いですよ!
ていうかそれ、まだ続いてたんですかっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます