第87話 学年末実技試験11
ふと、ポエロはおもむろに後ろを振り返った。
どうやら後ろでサクヤが寝ていることを確認したようだった。
「……あいつ、すげーよ」
ポエロは小声で呟いた。
「そんなこと、いつもあたしが言ってるじゃない」
「………」
ポエロは再び、押し黙った。
ただじっと、焚き火の炎を見つめている。
スシャーナはそのまま待ったが、ポエロは口を開かなかった。
「なんで話しといて黙るのよ」
「………」
しかしポエロは、口を閉ざし続ける。
スシャーナはため息をついて立ち上がると、近くに積まれた枯れ枝の中から湿っていないものを身繕って、焚き火に足し始める。
選び方はサクヤに教えてもらっていた。
火が猛っていない時は、細めの枝からだ。
2本目を足したところで、またぽつりと、ポエロが呟いた。
「……今の時代ってさ」
「うん」
「
「治せるわけないでしょう。聖女様でも無理よ」
スシャーナは即答した。
どこの神殿においても、
「光の神ラーズ」を国教とし、敬虔な神官たちを集めて研究を怠らない
せめて進行を遅らせることができればと各信徒たちは四苦八苦しているが、それすらも不可能。
そんな現状なのだから、もし
「………」
ポエロはまた、何かを考える素振りをする。
そして、口を開いた。
「もし癒せるとしたら、それは
「一応、間違ってないと思うわ」
「………」
「なに、夢でもみて心配になったの? あたしが保証してあげるわ。今のあんたは、
「………」
ポエロは聞こえたのかわからない表情のまま、スシャーナと目を合わせない。
「……俺、この世界で最高峰の
「それも間違ってないわね。聖女様だもの」
「………」
一言、言葉を発しては、ポエロは押し黙るを繰り返す。
「ねぇ、さっきから何が言いたいの」
「………」
「ねぇ、ポエ――」
口を開こうとした時、ふいにポエロがスシャーナを振り返った。
暖色に照らされたのは、有り得ないほどの真剣な表情。
スシャーナがはっとする。
「口が滑った。秘密にする約束だったのに」
「………えっ?」
スシャーナはふと、ポエロがなにか重大な事を自分に告げていたことに気づいた。
「……ポエロ……?」
「お前、サクヤが好きなんだろ?」
「えっ!?」
唐突に図星なことを言われ、スシャーナが言葉に窮した。
「……や、やめてよ。聞こえたらどうするの」
ちらり、と寝ているサクヤに視線を走らせながら、顔がかぁぁ、と熱くなってくるのを、スシャーナは感じる。
「い、今はそんなこと全然関係――」
「――今までお前を傷つけてきたことは謝る。これはその詫びだと思ってくれ」
叫ぶように言ったスシャーナの言葉を、ポエロが冷静な言い方で遮った。
「なっ? ち、ちょっと待ってよ。頭が混乱してきたわ」
スシャーナがどうにもならなくなって、立ち上がる。
たて続けに発せられた動揺を誘う言葉に、スシャーナは頭が真っ白になっていた。
「あ……謝るってどういう風の吹き回しよ」
「いろいろ思うところがあったんだよ」
ポエロは焚き火に向かって言う。
「なにがどうなったら、あんたがあたしに謝るってのよ」
「俺はお前が思う以上に馬鹿だったんだ」
「はぁ?」
しかし、それからのポエロは何を訊ねても、地蔵のようにピクリともせず、一切言葉を発しなかった。
いつものように、自分に浸った様子で金髪を撫でることさえしない。
(なんなのよこの男、もう)
スシャーナは口を尖らせると、ポエロに背を向けて座り直した。
なによ、勝手に謝って。
しかも、自分で自分のこと馬鹿って言われたら、こっちはもうそれ以上言えないじゃない。
いつもみたいに天才って言ってなさいよ。
ホント拍子抜けだわ。
不完全燃焼に終わったスシャーナは、大きく息を吐いて空に視線を移した。
東の空は淡く明るく染まり始め、朝日が顔を出そうとしている。
だがそれを覆い隠すように、入道雲が同じ東で急速に発達していた。
今日もきっと、太陽は見えずに終わることだろう。
「…………」
口が滑った。
ポエロはそう言った。
そして、それが、自分への詫びと言った。
「………」
スシャーナは茶色の髪を揺らし、ポエロの背中をちらりと見る。
何を意図してのことか、スシャーナにはさっぱりだったが、ひとまずポエロの言葉を思い出してみる。
たしか、こう言った。
……今の時代って、
もし癒せるとしたら、それは
俺、この世界で最高峰の
その言葉を繋いでみる。
つまり、この世界で最高位の
(なにこれ)
こんなこと人前で言ったら、どれほど馬鹿にされるだろうか。
少なくとも、真顔でなんて言えない。
繋ぎかたが間違っているのかもしれないが、他を考えても、目ぼしい言葉にはならなかった。
(何が言いたかったのよ)
スシャーナはポエロの物言わぬ背中を睨んだ。
もっとちゃんと説明しなさいよ、馬鹿ポエロ。
「…………」
スシャーナは天を仰ぐと、そんな自分の頬を叩いた。
もう謝ってくれたんだから、こんな言い方はダメだわ。
ポエロは「お前が思う以上に馬鹿だったんだ」と言った。
自分の愚かさを認めるというのは、決して簡単にできることではない。
少なくとも、自分はそんなこと簡単には……。
「……えっ……」
……馬鹿だった?
そこでスシャーナは、はっとした。
待って。
………お前が思う以上に馬鹿だった?
「それって……」
それってもしかして、さっき、あたしが言った言葉を……?
――自信持っていいわよ。あんた、
スシャーナはさっき、確かこう言った。
もし、ポエロの言葉が……自分の言葉を踏まえてのことだったら?
「………」
ぞわり、と背筋が冷たくなった。
スシャーナの頭の中で、一つのストーリーが生まれる。
それは、さっきのポエロの言葉に一つも矛盾しないものだった。
無秩序に感じたポエロの話。
それも、実は同じ人物に終始していたことに気づく。
ポエロがその人物を急に見直したことにも、齟齬が生じなくなる。
すべての、辻褄が合う。
「……ポエロ、あんたまさか」
訊ねながらも、スシャーナは信じられない。
もし、ポエロの話が本当だとしたら、サクヤが異次元な存在になってしまうからである。
だが、サクヤンならできてしまうかもしれない、と考えるもうひとりの自分もいた。
「ねぇポエロ……」
ポエロはスシャーナに背を向けたまま、いつの間にかすすり泣きしている。
もう一度訊ねてみたが、ポエロはもう答えないと決め込んでいるようだった。
(……いけない、見張りの最中だった)
スシャーナは祖母の綿入れを羽織ると、腕を組んで辺りを見渡す。
ポエロの示したことを確かめたくて仕方なかったが、昨日のこともあったので、スシャーナは一旦頭を切り換えようとする。
(しっかりしてスシャーナ。魔物が来るかもしれないわ)
あたりに視線を走らせ続ける。
しかし、そんな緊張の中に自分を置いても、スシャーナはどうしてもポエロの言葉が頭から離れなかった。
◇◇◇
結局、魔物の襲撃は一度もなく、あっけなく朝を迎えた。
「おはよー」
「おはよう」
「おはようございますっ!」
その後、スシャーナたちはほどなくして目的の村に入り、数日のボランティア活動を始めることとなる。
活動に入ると、生徒たちは家々にひとりずつ配置され、バラバラで行動し、生徒同士は日中に時折顔を合わせるのみになった。
スシャーナは、サクヤとすれ違うたび、何事もなかったかのように接しつつ、機会を窺っていた。
しかし、落ち着いて話せるタイミングは、あるようでなかった。
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