第80話 学年末実技試験4
「嫌でも見慣れてきたわ」
「いいことだよ」
サクヤがスシャーナに笑いかける。
あれから
しかし所詮は多勢に無勢で、やってきた
スシャーナは、サクヤが団体から離れず、時間をかけて行動しようとする意味がなんとなく掴めていた。
このミザリィという土地にまず慣れることを一番に考えているのだ。
例えば、
今、こうして団体でいれば、襲撃を客観視できる。
それだけに冷静に戦い方を分析できる。
他の生徒たちが戦う様子を見て、こうすれば良いのだと参考にすることもできる。
味方の数が多いので、自分が戦うとなっても、それほど恐怖を感じない。
戦いを重ねるたびに、その都度上級生からの説明もあって、だんだんスシャーナも
体の腐敗している部分によって、動きの緩慢さが違うが、概して遅い。
攻撃方法は多種多様だが、攻撃自体はシンプルで、かわすのも容易。
最後に重要なこと。
悪臭がひどいが、それでひるんではだめ。
(昨日までの恐れてばかりの自分とは大違いだわ)
たった二時間かそこらで、参加した意味が大いにあるというものだと、スシャーナは小さな感動を胸に抱いた。
あれから、一度だけ
具体的には重武装のタンカーが盾で防ぎつつ、背後から数人で攻撃を浴びせるというものだった。
一年生たちは青ざめた表情のまま、
実際、初見の
しかし、実際の
そうなると一気に一〇箇所、二〇箇所の傷を受けることもある。
例えば五回負傷して、感染しない確率は77%。
一〇回では60%、二〇回ではおおよそ36%にまで低下する。
それゆえ、学年末試験にむけての特別授業を担当したミザル先生は『常に周囲に気を配り、1、2回負傷しようとも、囲まれるのだけは絶対に避けなさい』と耳にタコができるほどに繰り返していた。
「まあ、今年はグールとは無理に戦わなくていいと思う。まだ僕たちは【二等兵】だしさ」
サクヤが退避的な言葉とは裏腹に、全く怯えた様子のない言い方だったのは不思議だったが、同時に頼もしくもあった。
「サクヤンなら倒せるんじゃないかしら。フユナ先輩に稽古をつけてもらったもの」
「自分もサクヤさんがいて、すごく安心ですっ!」
ピョコがスシャーナの言葉に便乗する。
サクヤは頭をかきながら、笑う。
(サクヤンは強いんだから。きっと3年生と同じくらいには)
スシャーナは、それだけは自信を持って言えた。
サクヤは『連合学園祭』で優勝してみせた実力の持ち主だった。
周りでは「全然働かなかった」だの、「自分が出た方がましだった」だの好き勝手なことを言っていたが、スシャーナはそうは思わなかった。
まず、ばたばたとやられた最初の眠り、〈
スシャーナは見ていた。
あれでフユナ先輩が崩れ落ちたのを。
そして、そのフユナ先輩を抱き起こすサクヤンが、白煙の中でうっすらと見えた気がした。
思い出すとハンカチを噛みちぎるくらい腹が立つが、今はひとまずいい。
ともかくサクヤンだけは抵抗していた。
第三学園の中で、抵抗したのは後にも先にもサクヤン一人だった。
あれがサクヤンじゃなかったら、第三学園は終わりだったのだ。
(それだけじゃないわ)
第一学園副将との一戦も息を呑んだ。
サクヤンはミーヤとかいう女の鋭い剣撃を防戦一方ながらも防ぎ続けて見せた。
あれはすごいと思った。
一年生のサクヤンが下がりながらとはいえ、四年生らしい人の猛攻を防ぎ続けるなど、もうそれだけで本当に胸が熱くなった。
あれで好きになるなとか、無理だと思った。
きっとピョコも、スゴイ、スゴイ!! と連発していたから、同じように魅せられていたんじゃないかと思う。
「スシャーナ、どうしたの。顔赤いよ」
「あ、ううん、なんでもない」
俯きながらもちらりと覗き見ると、サクヤが不思議そうな顔で自分を見ていた。
◇◇◇
街道が不意に途切れると、足場の悪いごつごつとした岩場になった。
スシャーナの背ほどもある岩を登って進むところもあった。
これくらい、お転婆で鳴らしてきた自分が怖がるはずがないでしょ、と奮い立たせて登るのだが、ずる、と苔に足を取られて滑り、ひっ、と色気のない悲鳴を上げてしまったのを、サクヤに聞かれてしまった。
く、ただでさえフユナ先輩に水を開けられているのに。
「――うおっとぉぉ!?」
しかし直後、自分のよりもヤバそうな悲鳴。
小高い岩の上で足をとられたらしいゲ=リ先輩が、転がって目の前にやってきた。
ごろごろごろ、びたーん。
倒れ伏している。
「……いやー、ハッハッハ、やっちゃったな」
立ち上がり、笑ってごまかそうとするゲ=リは軽症そうだが、額から血が流れ、肘や膝を擦りむき、割と血だらけである。
「せ、先輩、血が!」
しかし。
「…………え?」
スシャーナは呆然としていた。
「………」
光に包まれ、ゲ=リの傷が癒えていくのだ。
「おっと急用が」
近くで監視役をしていた他学園の先生が、見て見ぬふりをして足早に離れていく。
ピョコはただ、呆気にとられている。
サクヤと自分だけが、首を捻っている。
「先輩、今、傷が治りませんでした?」
スシャーナはどうにも疑問で訊ねた。
「うん。これはたぶん、うちの……」
ゲ=リは目を泳がせ、曖昧に笑って言葉を濁した。
◇◇◇
森の入り口に降り立つ。
特に名もない森だけれど、木々が鬱蒼と茂っていて、見上げても空が見えない。
「こんなに暗い森なんて初めて」
「はいっ、自分もですっ」
ピョコがスシャーナの言葉に同意すると、サクヤがへぇ、という顔をした。
「一年生には見るものが全て新鮮だよね。ここからは魔物が出やすくなるから注意してね」
ゲ=リがスシャーナたちにアドバイスする。
むっとする自然の香りとじっとりとした、湿度の高い空気。
確かにここまで濃いのは初めてかもしれない、とスシャーナは思う。
そしてそれに混じる、なにかが腐ったようなにおいは、恐らく
鼻が曲がりそうだけど、鼻で敵との距離感がつかめるのはありがたいと、スシャーナは自分に言い聞かせる。
「道があるね」
「うん」
森の中の道は、スシャーナが思っていたよりもきちんとしていた。
人が二人横に並んで通れる程度で「この先小川あり、飲める」などと、随所に案内のメッセージが残されている。
「四天の山」方面の支援に入る
「来たぞ、沢の方から3体だ!」
「よし、倒したぞ! そっちはどうだ」
森に入ってからは、コボルドもよく現れるようになっていた。
コボルドは狼のような頭部を持った人型の魔物で、
弱いながらも非常に好戦的な魔物で知られ、学園の授業でもスシャーナはそう習っている。
こっちには生徒がわんさかいるというのに、逃げる様子が皆無なのは、相当怨恨でもあるのかと勘ぐってしまうほどであった。
でもコボルドにも慣れてきた。
魔物相手に初めて、〈
そうしている間に、お腹がぐぅ、と鳴り始めて昼時になったらしいと気づく。
空は厚い雲に覆われているから、全く時間の感覚がなくなっているのだ。
初日の昼食は煮炊きをせず、持ってきたもので手早く済ませること、と学園側から指示があったので、皆が歩きながらサンドイッチなんかを頬張り始めた。
自分達もそれに習う。
「サクヤン、これ……余ったから食べる?」
スシャーナはタイミングを見計らい、実にそれとなく、大事にとっておいた厚切りベーコンエッグとレタスのサンドイッチを懐から差し出した。
「え、いいの」
「も、もちろん!」
「ありがとう」
サクヤンが大口で頬張ろうとする。
ドキドキしながら、ちらちら覗き見る。
「あ……」
食べた。
「ん?」
「……な、なんでもない!」
スシャーナは顔を見られないように俯いていた。
サクヤン、食べた……!
あたしがこっそりキスしておいたサンドイッチを……。
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